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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第1章:Road of the Drop
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入国(予備知識なし)

「こんな所に……ようやく現れた」


 呟いたその者の右手に、緑に光る火の玉が浮かぶ。その中央に映し出されていたのは、美しい石を首に()げる一人の少女だった。見慣れない景色なのか視線をあちらこちらへ飛ばす様子に、嘲笑する。


「待つのですか」

「焦らなくとも、遅かれ早かれ近づいてくる。ただ……出迎えの準備は調(ととの)えておかなければ。それが客人への礼儀というもの」

「お任せを」


 紺の帽子を目深(まぶか)にかぶった男は、腰を折るように一礼して退室する。

 玉座にて火の玉を玩ぶ主は、待ち遠しさを抑えきれないというように、肩を震わせ笑い出した。愚かにも飛び回る籠の中の小鳥を(あわれ)れむような視線を、炎に映る少女に向けて。



  ***



『ようこそ キャメロット王国へ』


 全ての街灯を飾る弾幕には、そう書かれていた。

 マーチ・ヘアによると、門をくぐって最初に現れるこの通りがキャメロット随一の大通りらしい。


「相変わらず賑やかだねぇ」

「来たことあるの?」

「何度か。ココに来れば大抵の物は揃えられる。この世界の中心都市の一つって言ってもいいんじゃないかな」

「世界で? すごーい……」


 再びキョロキョロするアリス。本当はそこらの出店で何か買ってみたいところだが、生憎(あいにく)この世界の物の価値が基準から何から分からないため、財布の管理はマーチ・ヘアに一任してしまった。

 ところがそのマーチ・ヘアも、先ほどから何か後ろ髪引かれる商品があるようで、通ってきた道に度々視線を送っている。


「マーチさん、」

「何だ」

「欲しい物があるなら、買ってもいいんじゃないですか? あなたが必要と思う物なら無駄遣いにはならないだろうし……」

「あー……アリスちゃん! ちょっとこっち」

「えっ、ちょっ……」

「森番、僕たちには寄り道などしている時間は無いが」

「分かってるさ。けど、鋼の肉体を持つ軍司サマはともかく、アリスちゃんは朝から歩きっ放しで疲れただろ? 少し足を休めたってバチは当たらないよ。それに……俺も見ちゃったんだよね」


 チェシャ猫がお決まりの妖しい笑みを見せたところで、マーチ・ヘアの耳が片方だけぴくっと動いた。アリスは疑問符を浮かべながら二人の表情を交互に見る。また例の小競り合いが起きては面倒くさい。その都度(つど)間を取り持つ身にもなって欲しいものだ。


「もう……チェシャも欲しい物があるの?」

「キャメロット名物・王室のスフレ! 金払って食べても得しかない代物さ」

「はぁ、分かった。マーチさん、あの……」

「僕はいい。外で待つ」

「えっ」


 こんな風に突然微妙に気まずくなる現象を、アリスは向こうの世界で目の当たりにしたことがある。修学旅行の自由時間だ。6人班で5人が「この場所に行きたい」と言っているのに「じゃあその間に私は……」とか言い出すメンバーがいた。ああいう瞬間に気持ちが萎えていく速度は何とも言えない。


「でももしはぐれたら、」

「すまない、先ほどの君の懸念通りだ。必要なことがあるから少し戻らなければならない。この店は良い紅茶を仕入れている、時間を潰していてくれ。会計までには戻る」

「あ……行っちゃった」


 スタスタ迷いなく戻っていくマーチ・ヘアの姿は、一瞬にして見失われた。

 引き止めることも許されなかったアリスは、スフレが美味しいお店にチェシャ猫と二人で入るほかなかった。



「私、そんなに信用ないのかな……」

「ん?」


 ふわっとしたスフレを美味しそうに頬張り、チェシャ猫は目を丸くする。


「だって、お金1円も渡してもらえなかったでしょ」

「エン? あぁ、君の国の通貨単位か」

「うん。こっちでは何ていうの?」

「ピース」

「ふーん、ケーキみたいね」

「大元の意味としては『通貨は世界の一部だと考えられたから』とかいう説があるけど、どうだろうねぇ。物の価値は相手によって相対的に決まる。りんご一つ、水一杯、スフレ一皿だって、ここにいる全員が違う単価で請求したっておかしくないだろ?」

「チェシャは腹ペコだからたくさん払うってこと?」

「単純に考えればそうなるけど、そうさせないために人は様々な『要素』を掛け合わせるのさ」

「要素?」

「例えば俺の所持品から相手の欲しい物を見つけたり、行動や情報で対価を払ったり、腹ペコだと見抜かれないように演技することだって出来る。これはちょっと邪道だけど、貨幣の価値を錯覚させるのも場所によってはアリだよねぇ」

「それは犯罪でしょ」

「あはは、やっぱり? アリスちゃんって真面目だね」

「それ以前の問題。人としてのルール」


 チェシャ猫と話しながら食べた王室のスフレは、確かに絶品だった。思わずフォークを口にいれたまま固まってしまったぐらいだ。それがまた、マーチ・ヘアおすすめの紅茶ととても良く合う。ほろ苦い中に爽やかさを感じさせる紅茶が、甘さやや強めのスフレを活かしていた。

 単純に食べ終わってしまうのが勿体ない気持ちでゆっくりと食していたアリスだが、手持ち金ゼロの状態であるためか、そこはかとなく緊張感は高めに保っていた。そしてその緊張感は、次のチェシャ猫の行動によってアリスの人生における最大値まで引き上げられる。


「あっ」

「どしたの?」

「ごめんアリスちゃん、ちょっとココにいて。お会計終わってないから店出ちゃダメだよ」

「え? な、何で急に…どこ行くの? 何しに…」

「物品調達。軍司サマだけじゃ足りなかったみたいだ」

「チェシャ……!」


 アリスにひらりと手を振って、チェシャ猫は手慣れた食い逃げ犯のように店を出てしまった。

 いよいよ無一文でたった一人残されたアリスは、スフレと紅茶の引き立て合いどころではなくなる。

 とりあえず腰を下ろす。椅子に座っていないと不自然だからだ。とりあえずフォークを握る。飲食店で連れがいない場合、食べていなければ不自然だからだ。

 また、食べ終わってしまえば食器をさげられ、テーブルがきれいな状態で座り続けるというこれまた不自然な状況が出来上がる。ただし当分その状態にはなり得ないだろうとアリスは確信していた。緊張のあまり、スフレも紅茶も全く喉を通らなくなっていたのである。

 どうしよう、どうしよう、5文字の羅列が頭の中を駆け巡る。文字を並べるだけで、実際は対策を考えていなかった。考えることができなかった。いつものように「思考する」余裕など、とうに失われていた。

 

 そんなアリスに、更なる追い打ちがかけられる。


「おい、お前……見ない顔だな」



  ***



 悲鳴。悲鳴。また悲鳴。古びた通りにどれだけこだましようと、大通りに届くことはない。

 彼らの装備は何の役にも立たなかった。接近戦に持ち込む相手には短剣で応戦し、中距離戦闘に特化する相手ならば飛び道具を、遠方から仕掛けてくるのなら一撃受けて場所を特定する――それらのセオリーは所詮教科書の知識でしかなく、彼らを生かす知恵にはならなかった。

 彼らは6人一組のチームだった。いわばチーム対抗のゲームに参加し、楽しんでいる、そんな感覚だった。ライバルチームが獲物に勘付かれ、いよいよ自チームの勝率が跳ね上がったのである。その矢先、だった。


「ば、バケモノめ……!」

「ほぼ丸腰の一般人捕まえるのに完璧な対全距離戦闘装備と特殊訓練積んでやってきたそっちの方がよっぽど恐ろしい化け物的殺戮(さつりく)思考をお持ちだよ。そんな確実に殺す算段立てなくたって、今時はちょっと武器をチラつかせれば降伏したりするんだからさぁ。そんなワケで、そっちが平和的じゃないことを痛感してしまった俺は、自らの防衛本能のままに抵抗せざるを得なかったんだ」


 敵対している生命体を切り裂く音と感触が、久しぶりにチェシャ猫の五感を刺激していた。

 ほんの数日前まで、その爪は木の枝と熟れたリンゴを切り離すときぐらいしか使っていなかった。その牙は、より多くの甘い果汁を啜るためにしか立てられていなかった。まさか再び生きているものを傷つけることになろうとは、そう考えると、少し笑えた。


 切り裂いて、悲鳴。切り裂くたびに、悲鳴。相手の装備を見れば分かる。肉弾戦こそ得意としているものの、僅かながら魔法の心得があるようだ。というより……


「魔力のご加護でも受けてるのかな?」

「お、お助けをおおおお!」

「誰に言ってるんだろうねぇ。もし(すが)る相手が『神』だと言うなら……」


 爪と牙で対処できてはいるものの、魔法を使われる状況は好ましくない。どんな効力を持つ魔法か判断できない今、使用される前に、発動する前に、仕留める必要があった。

 魔力が宿っていると思わしきブレスレットが光を放たんとするコンマ数秒前、その手首ごとチェシャ猫の爪が切り離した。


「……あまりオススメはしないよ」

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