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勇者アリスの異世界奮闘記  作者: 壱宮 なごみ
第1章:Road of the Drop
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プロローグ ―受験生―

「まだ見つからないのか!」


 激しい雨音、轟く雷鳴。そのどちらをも凌駕する怒号が、暗い城内に響き渡った。蛇と、カラスと、数匹のハイエナ、壁穴にひっそり暮らすネズミが、思わず体をはねさせる。場にいる全ての生き物が、畏怖を抱かずにいられない。そんな主の苛立ちは、収まることを知らない。


「役立たずは必要ない! 見つけよ! この世界を焼き払ってでも!!」


 城主は苛立ちをそのままに、しもべに背を向け玉座に戻る。黒いローブが大きく翻り、臙脂色の髪が少し乱れた。親指の爪に歯を立て、赤黒い瞳を苛立ちに燃やす。


「一体どこに隠した……必ず我が手に収める……」


 深く噛まれたその指から滴る血。運ばれてきたワイングラスに、その指で短く赤い弧を描き、


「勇者など、夢幻よ」


口をつけずに放り投げた。



 ***



「ねぇねぇ偏差値どーだった?」

「マジやばー……志望校判定とか親に見せらんないんだけどー」


 『人間社会って、割と単純』


 中学三年生にして、有澤鈴(ありさわ すず)はそう感じていた。要するに、テストで点数を取れる人間が人生で成功する。いい仕事に就けてお金持ちになる。楽しい人生を送れる。

 受験生になってからというもの、「勝ち組人生争奪戦」と銘打つDMが毎日のように届き、学力は金で買えるのだと悟った。それ以前に、「学校の勉強だけじゃ無理ですよ」という雰囲気を学校側が醸し出していることも滑稽に映っていた。だったら中学校の存在意義って? 塾に行かなければダメだという一般常識が、学校の教師にまで浸透しているのが、世間の矛盾に思えて仕方ない。

 ただしその思考は、鈴にとって声を大にして主張したいほどのものではなかった。その人間社会で生かされている自分がいる。その人間社会でしか生きていけない自分がいる。ならば流れに乗った上で、思い描ける限りの豊かな人生を送るしかない。

 中学三年生にして、有澤鈴は達観していた。結論、受験が上手くいけば一先ず他のことはどーでもいいのだと。


 本日も普通に塾に通い、可もなく不可もないまずまずの判定を受け取った。すれ違った学生たちとは違い、親に見せられないレベルではなかった。パッと見せれば「あら、もうちょっとなのね……復習とかできてる? 大丈夫?」という些かのほほんとし過ぎにも思えるコメントをされ、自室でとりあえず復習をする。


 あと、三ヶ月。あとたった90日で、ほぼ人生が決まる。鈴にはとても長く思えた。遠足前のそわそわした気持ち、運動会前の憂鬱な気持ち、それが入り乱れながら居座り続ける、酷く不安定で制御しづらい三ヶ月。

 でも良い高校に受かれば、良い大学への道が拓ける。良い大学に入れたら良い就職先に行きやすい。……あとは玉の輿か、あるいは年間一千万稼ぐキャリアウーマンでもどっちでもいい。親孝行はしておかないとバチが当たりそうなので、稼げるようになったら何かしようと心に決めておく。鈴にとって人生のイメージは、エスカレーターだった。いくつものフロアに渡って、エスカレーターを乗り継いでいくような流れ作業だった。



「鈴―、風呂―」

「おねーちゃんと呼べ」

「やだー」


 小学6年生の弟が、階段下から鈴を急かす。生意気で可愛くないと常日頃から思われつつも、リアクションだけは鈴に高く評価されている弟・恵太。


「いでっ、何だよ!」


 たとえばデコピンをすれば、額をさすりながら口を尖らせる。幼少期からのすりこみ教育の賜物か、仕返しはしない。「おねーちゃんの方が絶対に強い」からだ。


「アンタもう少し年上を敬いなさい」

「は? 肩もみでもしろってこと?」

「そんなに老けてない!」

「いでっ!」


 今度は恵太の脳天に拳をぶつけ、早足で浴室に向かう。途中、キッチンで洗い物をしていた母親に「恵太が後で肩もみしてくれるって」とウソ情報を流した。



 少し冷めた子供だと、親戚の人に言われてきた。その評価に対して鈴の両親は苦笑いもせず、だからこそ余計に、鈴自身は腑に落ちないと感じた。子供が全員頭ん中お花畑でテレビとゲームとお友達で世界ができてるなんて思うな、と。

 弟がどんなことを考えてるのかは分からない。しかし鈴は、とりあえず「何か」を考えながら生きるというのが好きだった。「お花がきれい」ではなく「どうしてここに咲いたのか、きれいだと感じるのは何故か」。「怖い夢をみた」ではなく「何でそれを怖いと思ったか、脳がそんな夢を作ったのは何故か」。


 目先のあれこれに釣られたようなものの見方が嫌いだった。よって、クリスマスプレゼントをねだるのは中学1年生で卒業した(とは言え両親は、可愛い洋服など何かしらを鈴に用意した)し、今必要なのは入試への追いこみ勉強だということも重々承知していた。



 部活が終わってからだいぶ経って、髪も伸びたと思う。シャワーに流されていく泡を見つめ、鈴はまた考えた。時々髪がごわごわになるのは何故だろう。合うシャンプーと合わないシャンプーのラベルを見比べたい。成分と頭皮の様子を分析すれば、傾向が掴めるはずだ。受験が終わってから試そうか。ひょっとしたら、その頃にはこの疑問を忘れているかもしれないが。

 疑問を解決し続ける人生を送れたら、鈴にとっては万々歳だ。しかし、人間社会は単純なもので、やはりテストの点数が取れないとそのような余裕は与えられない。勿論、承知していた。



 長風呂した。湯気でくもった時計の表面を指でこすり、時間の経過具合に驚く。可能な限り早く浴室を出て、母親を呼んだ。


「次、お母さん。遅くなってごめん」

「いいわよ、ドラマもうちょっとなの」

「……そうだった」

「あ、そうそう。恵太ってば肩もみちょっとだけしてくれたんだけど」

「え」

「あの子、まだまだ下手ねー」


 お父さんが一番上手い、と笑う母親に、鈴も少し笑う。まさか、本当に肩もみするとは。


「夜更かしするの?」

「復習だけ」

「そう、体冷やさないようにね。ストーブつけるのよ」

「ありがと」


 どうやら恵太はもう寝ているらしい。空手をやっている影響だろうか、早寝早起きが彼の得意技となっていた。


「私の特技はなんだろう……」


 きっといつか、面接か何かで聞かれる。けれど今この瞬間の鈴には、即座にベストな返答を用意できなかった。用意できないまま部屋に入り、机に向かう。先のことを色々考えることと、疑問点を見つけることが特技です。それでいいのだろうか。



 ***



 腕の痺れに、目を覚ました。復習だけしてベッドに入るつもりが、4教科目で力尽きたらしい。まずは大きく背伸びをして、時計を見た。2時を回っている。


「やばい……」


 ゆっくりと立ちあがり、目覚まし時計のスイッチを入れる。時間は固定されているから問題ないと、自分のルーティーンを確認しつつ、うつ伏せで倒れ込んだ。



「――――待ってるよ」



「……誰、が……?」


 疑問に思った鈴は、すぐに聞き返した。睡魔に勝てず、瞼は閉じたまま。

 ただ、ぼんやりと瞼越しに分かったのは、そこに美しい光があったということ。昨日の朝起きた時には確実に存在していなかった光る何かが、うつ伏せになった鈴の額に、触れた。


読破ありがとうございます。壱宮です。

いよいよ長編ファンタジーを始めました!

…とか言いながらこのプロローグではファンタジー要素ほとんど無くてすみません(笑) 主人公の置かれた現実世界の状況を表しておきました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 受験生の実情や心情が克明に描かれていて、共感しながら読み進められました。家庭での描写なども身近に感じられて良かったです。それだけに個性を出すのが難しい中、思索が特性のように感じられる描写も…
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