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篝火 ―夏―  作者: 日笠彰
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篝火 夏 -7-

前回のあらすじ

千歳乱舞



「いや、昨晩は留守にしていたのでよく知りませんが」

「でも子供がねえ、見たって言っているんだよねえ」

「はあ」

 明朝、事情聴取を受ける僕。

 朝から来訪者が来たかと思えば、青い服を着た警察官だった。

「まあ、あの子達も不法侵入というわけだし、あまり大げさにはしないらしいけど」

「はい」

「本当に留守だったの?」

「ええ」

「帰ってくるまで知らなかったの?」

「残業で、朝方帰ってきたもので」

「お宅、鳥とか飼ってます?」

「いえ、猫しか」

「見たって言っているんだよねえ、でっかい鳥を。どうしたものかねえ。火の玉もねえ」

 荒唐無稽な通報にお巡りさんもお困りのご様子。

「僕は住んでいて一度も見たことないですけど」

「子供の妄想かねえ。とりあえず、今日はここらで。休みの日の朝からすいませんね」悪びれもせず、彼は言う。「また話聞くこともあるかもしれないから」

 そう言って、警察官さんはパトカーに乗って帰っていった。

 扉を閉めて、ほっと一息をつく。

 やりすぎた。

「まさか警察沙汰になるとは。あの人絶対疑っているな、これ」

 居間には白露しかいなかった。

 芙蓉は堪能したからと言って昨日のうちに帰り、枯葉も同様に帰宅。ミコはあの後、布団に籠ってしまって出てこない。白露曰く、久々に力を使ったので疲れているらしい。筋肉痛のようなものか。

「ミコはまだ寝ているのか」

 こくり、と白露が頷く。

「妖力、足りてない」

「日ごろの鍛錬が足りてないんだ。朝飯、食ってくか?」

 白露が頭を横に振る。

「なんだ、いらないのか」

「違う」

「いるの?」

「そうじゃなくて」

 白露は何かを言い淀んでいた。

「……とりあえず魚焼いてくるわ」

 そう言い残し、僕は居間を離れた。

 背後から、小さな、本当に小さなため息が聞こえた。

 朝食用の魚を網に乗せ、火にかけながら考える。

 網がほんのりと赤くなっていく。ゆらゆらと揺らめく炎と、昨日のミコの狐火が重なって見えた。

 彼女たちが口にしたがらないこと。あまり話題に上がらないこと。隠しているわけでは無いが、それとなく避けられている事。彼女たちが躊躇うのは、いつも自分たちのことを話す時だ。

 妖怪の根幹、彼女たちの本質、触れたら壊れてしまいそうな、繊細で重大な、秘密めいたこと。胸の内に仕舞われたそれを、あえて僕も追及してこなかった。言いにくそうにしていたから、知らなくても楽しく過ごせたから。

 でも、心のどこかでは、僕も知りたいと思っているのかもしれない。相談役めいた仕事に、下心が無いわけでは無い。近づけたらいいなと、春先に思ったことも嘘ではない。

 触れたら壊れるかもしれない。

 でも、知れば共に守ることだってできよう。

 踏み込んでしまうのがいいのか、手を取るのを待った方がいいのか。

 白露の苦悶の顔が頭に浮かぶ。普段はあんな表情を浮かべない子だ。いつも無表情な奴だ。

 焦げ臭さに気付いて、換気扇を回す。ぶうん、と音を立ててファンが回りだす。建付けが悪い家だからかたかた、かたかたと不安定にファンは回転する。

 たとえどんな秘密があろうとも、僕が彼らから離れるわけないのに。

 そう思いながら、魚を裏返した。


 簡単な朝食のつもりが、考え込んでいるうちに手の込んだものとなってしまった。図らずも豪勢な食卓を二人で囲む。

 しばらくは、お互い言葉を交わさず、静かな食事が続いた。

「人間界と妖界。私達は、両方必要」

 出し抜けに、白露はそう言った。

 僕はそれに答えず、黙って彼女が続けるのを待つ。

「妖力は……千歳で言う、栄養」

「無きゃ死んじゃうのか」

「妖力は、一部の妖怪を除いて、妖界でしか補えない。人間界に来るのも、同じ。こっちでしか摂れないもの、摂りに来る」

 生きるため。

 楽しいから、でお茶を濁されてはいたが彼らにもちゃんとこっちに来る理由があったらしい。それを聞いて安心やら、寂しいやら、なんだかよくわからない気持ちになった。

「でもミコは滅多に帰らないな。ずっとここにいる」

「例外。自前で妖力を作れるのもいる。けれど……ミコは例外の例外。だからっ」

 急に、白露の声色が強くなる。何かを訴えかけるような視線。僕は生唾を呑んで、続きを待つ。

 それから白露は、逡巡していた。言いたいような、言いたくないような、彼女達のいつもの態度。その先に、何がある。知ってはいけないことなのか。それは触れてはならないものなのか。今の生活を揺るがしうるものが、すぐ目の前に控えているのだろうか。

 けれど。

 でも。

 伸ばしかけた手を、僕は引っ込めた。

 決めるのは彼女達であって、僕じゃない。手を取りやすいように、歩み寄るのは僕だ。でも、最後の決断は、僕じゃないほうがいい。その領域は、踏み込んではいけないのだから。

 ややあって、白露が告げた。

「ミコを、大事にしてあげて」

「……は?」

「それしか……言えない」

 言って、白露は席を立った。

「ごちそう、さま」

 去り際、彼女の目が光って見えたのは気のせいではないだろう。


 もやもやする。

 朝食を片付け、だらだらと持ち帰った仕事に専念していると、表でごめんくださいとの声がした。気がつけばもう十一時だった。相変わらずミコは眠っているらしい。

 ミコを大事にしてあげて。

 白露が残していった言葉が延々と頭の中で回り続ける。

 近寄って、離れて、その場でくるくると一人阿呆のように踊り続ける堂々巡り。春と同じことをしている気がする。一年の四分の一ぽっちでは、成長も何もないか。

 大事に。

 そういえば、最近は以前のように二人きりになることも少なかった。別にそれがどうというわけではないけれど。というか、働きもしないものを家に無償で置いているだけで大事にしてあげているのじゃないか?

 じゃあ、大事にしてあげるとはどういうことだ。

 そもそも、僕はミコを特別どうこうしたいのだろうか。

 自分の気持ちが、何をすればいいのか全くわからない。

「ごめんください!」

 さっきよりも大きな声がして僕は我に返った。

 そうだ、誰か来ていたんだった。

 慌てて玄関まで行く。気が焦りすぎて何度かなんでもない道で躓いた。やっとのことで玄関を開けると、しかし目線の高さに人影がない。

「どうも」

 視線を下げると、甘栗色の長い髪をした少女が悪戯っぽい笑みを浮かべて立っていた。

「昨夜はお世話になりました」

 宮野がにんまりと笑った。


今回はちょっと短めですね

近づきたいのか離れたいのか自分でもよくわからない彼の葛藤。そこに入ってくる新たなキャラはどんな旋風を起こしてくれるのか


お楽しみに

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