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篝火 ―夏―  作者: 日笠彰
5/29

夏 -5-

前回のあらすじ

夕闇のバスの中、子供達が肝試しを画策している。その前の席で、変態はとある計画を打ち出す。真の恐怖に、子供達は耐えられるのか


今、忘れられない夏の夜が始まる……

「肝試しをやるぞ」

 帰宅後開口一番、居間の面々にそう告げる。

 というかなんか数が少ない。

「好きなだけ見るがよい」

 ミコが茶を啜りながら答えた。

 ちゃぶ台を囲んでいるのはミコと白露、それから白露の友達の枯葉だった。(さとり)である枯葉は今日も茶色いワンピースに身を包んでにこにことこちらを見透かしているかのように笑っている。いや、覚だから見透かしているのだろうが。

「違う、僕じゃなくて」

「誰がやるんじゃ」

「僕だ」

「だから好きなだけうちらで納涼せい」

「だから!」

「なんじゃ!」

「千歳……お化け役?」

 畳で寝転がりながらゲームをしていた白露が言う。

「そう、それが言いたかったんだ」

「うちら本家を主が驚かせられるとでも?」

 ミコが不敵に笑う。なんだこいつ、話分かってないくせに偉そうだ。

「驚かすのはお前らだ」

「主が?」ミコが首を傾げる。

「何が?」こんがらがってきた。

「驚かすのは誰じゃ」

「お前らだ」

「だから主がかや?」

「は?」

「驚かせさせるのが、私達?」

「そう、その通り! 白露がいい事言った」

「誰を驚かせるんじゃ?」

「近所のガキだ」

「白露、一一〇番じゃ」

「なぜそうなる」

 深くため息をつく。ふと見ると、枯葉が理解していますよというような表情を浮かべて僕を見ている。さすが覚。無口だが一番話が早い。

「枯葉、説明してもらえるか」

 僕がそう尋ねると、さすがに恥ずかしいです、といわんばかりに顔を振った。

「今、八時十三分」

「お前はどこに電話した?」

 もうやだこのおとぼけトリオ。

 よよよ、と僕は目を覆う。

「で、つまるところなんなんじゃ。さっさと話せい」

「お前らの理解力が人並みだったらこんなことには。というかミコも読心使えるだろ」

「うちらは人でないし、読心は使ったら使ったで怒るくせに!」

 ミコの尻尾がぴんと逆立つ。

 枯葉がまあまあと言うようにミコにお茶のおかわりを注ぐ。本当にできた娘だよ、この子は。そう感心していると、枯葉はやっぱり恥ずかしそうに顔を振った。読心というのもなかなかにやっかいだ。

「要するにだな、今夜我が家に子供達がけしかけてきて肝試しをするそうだ」

「討ち入りかや」

「……赤穂浪士?」

「僕は何も悪くないんだが」

「どうせ変質者のように童を舐めまわして見ていたんじゃろう? ああ怖い怖い」

「それでだな。そういう悪行を黙って見ているわけにも行かない」ミコの軽口は拾わないことにした。「最近噂になっているらしいからな」

「噂?」

「そうらしい。何でもここはお化け屋敷なんだと。朝家の前が散らかっているのも多分、物見遊山でここに近づいている人間がいるんだろう」

「お化け屋敷というのは、あながち間違いではないの。語弊はあるかもしれんが」

 妖怪屋敷ではないか、とミコが得意そうに言う。

「……退治、する?」

「驚かしてな。だからお前らに協力してもらおうと思ったんだが、今夜はやけに少ないな」

 そういえば、今朝妖怪達を帰すことに成功してしまったのだった。網切りはともかく、手長足長はインパクトがあったろうに。間の悪いことだ。

「……道具、取ってくる。枯葉」

 白露はそういうと立ち上がった。呼びかけられた枯葉も白露に続く。

「道具?」

 白露はこくりと頷く。

 任してください、と言うように枯葉がほほ笑む。

「手伝ってくれるなら、ありがたい。用意は任せる」

 サムズアップと共に、白露と枯葉は闇夜に消えて行った。なんだかんだ言って、彼女達もなかなかにアクティブだ。

 それに比べて。

「なんじゃ?」

「別に。お前がものぐさ面倒くさがりの穀潰しだなんて思ってない」

「なんじゃとう」

「九時には来るんだ。さっさと準備するぞ」

 言ってミコを促す。すると、ミコは眉間に眉を寄せて難しそうな顔をした。

「どうした?」

「いや……来るのは、子供じゃったな?」

「そうだ」

「たくさんの、子供」

「五人の中学生男女」

「となると……」

 何となく、ミコの言わんとすることが読めた。

「さすがに来ないだろ。白露いたし、誰も奴に言ってないし」

 知り合いに、姑獲鳥という妖怪がいる。中国の言い伝えでは、子供を攫う鳥の妖怪として、日本では死んだ産婆の亡霊として知られてはいるが、僕達の知っている姑獲鳥は単に子供好きの鳥人間だ。そこだけ聞くと無害のように思えるが、彼女の子供に関する執念はやはり妖怪のそれで、まあ早い話が変態なのである。

「奴の嗅覚を甘く見てはならん。それが変態じゃ」

 ミコが言い終わらぬうちに、家屋全体に家鳴りが走った。

 おもむろに、鬼門と通じている古い引き戸が開かれる。

 そして、派手に着飾った奴が飛び出してきた。

「子供が大勢やってくるってぇぇぇぇぇええ?」

 姑獲鳥の芙蓉、極度の子供好き変態妖怪である。

「ほらの」

「まじか」

 ほとほと、変態の世間に後ろ向きな推進力には嫌気がさす。

「同族嫌悪かや」

「心を読むなや」


 ショートパンツからすらっと伸びた足。ふくよかな胸元は羽毛で覆われ、肩からは腕の代わりに大きな翼が生えている。赤や緑が混ざった派手な羽の色。ツンツンにはねた髪も同じ色をしている。リオのカーニバルにこのまま出ても遜色はないような風貌だ。

「いやあ、急いでくるとやっぱり辛いね。あちこち痛むわ」

 芙蓉が肩を回しながら言う。

「鬼門を通ってくるのは、辛いんだったか?」

「うちは最近通ってないから分からんが」

「針のむしろだねー。超痛い、ちくちく刺さる。ま、それをさしおいてでも私にはここに来る理由があった」

「お前は一体どこから嗅ぎ付けてくるんだ」

「姑獲鳥の嗅覚はすごいんだからー」

 そう言ってはにかむ芙蓉。変態とはいえ、その業には天晴である。

 思うに、動悸が不純でも結果が利益となるならば、変態でも罪にはならないのではないだろうか。結果的に社会に貢献するわけだし、どこぞの引きこもりとは雲泥の差のはずだ。

「変態は存在が犯罪じゃ」

「無駄に語感いいなそれ」

「それで? 子供達はいつ来るの? 何しに来るの? 私に会いに来るの?」

「肝試しに来る」

「もてなすんだー?」

「怖がらせる」

「楽しませるの?」

「真の恐怖を刻み込む」

「それ本気の奴じゃん……」

 芙蓉が呆れたように言う。やはり、子供に害が及ぶのは母性が嫌うのだろうか。

「恐怖に慄く表情……ふひひ」

 駄目な奴だった。

「ほらの、変態は百害あって一利なしじゃ」

 時計の針は八時三十分をさしている。彼らが予告していた時刻まであともう少し。それまでに大体の作戦はたてておかねばならない。

 白露がどんな道具を持ってきてくれるかは分からないから、とりあえず今のメンバーでできることを考えよう。どうせなら本場の妖怪の力というものを見せつけてやりたい。それも、恐怖のあまり二度とここに近づかくなるような。あわよくば噂が広まって、遊び気分でここを訪れる人も減るだろう。

 まさに完璧な計画。

「で、お前らって基本どんなことができるんだ?」

「空飛べる」芙蓉が手を上げる。

「炊事洗濯」ミコがしれっと言う。

「しないだろ」

 計画倒れだった。

「芙蓉はさ、その、無駄に派手な色の」

「極彩色!」

 芙蓉が鳥胸を張る。羽毛がふよふよと揺れた。

「その羽を空から降らせたりしたらどうよ」

「羽を毟れっていうの?」

「変態め」

「脱げといっているわけじゃ」

 話が一向に進まなかった。

「こうなったら白露任せかなあ」

 畳に仰向けになりながらそう呟くと、芙蓉が急に怯えだした。そうだ、こいつ白露が苦手なんだった。金糸雀と猫。食物連鎖の上下関係がそうさせるらしい。

「あの子来るの!」

「そうだ。ちなみに白露が初期メンバーだから。脱退するならお前がどうぞ」

「ううー」

 芙蓉は鳥頭を真剣に悩ませている。時間は刻一刻と過ぎていく。僕は背中で床を這いながら、縁側まで顔を出した。夏の夜空が綺麗だった。新都心よりも多い星々が頼りなさ気に瞬いては、いつの間にか見失っている。じっと目を凝らしていると、どんどんと星の数が増えてくる。庭先で虫が鳴く。潮騒が遠くで聞こえる。静かなのが一番だと僕は思う。

 海風が吹きこんで来た。

 明日風鈴を掛けよう。

「分かったわ。子供達のために、自分自身のために。私は私を越えてみせる!」

 居間では変態が更なる進化を遂げていた。


あらすじで調子に乗る私

さあ、そろそろフルメンバー揃ってきてお祭り騒ぎの始まりだ! 真骨頂!

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