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篝火 ―夏―  作者: 日笠彰
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夏 -4-

前回のあらすじ

自宅にあるのとは違う、禍々しい陰の鬼門を見つけてしまった千歳。そこで偶然千葉と出会い、妖怪の影を垣間見る

 千葉はお馴染みの軽自動車に乗って去っていた。

 あとに残された僕は時計を確認して、昼休みがとっくに終わっていたことに気づき愕然とする。結局昼は食べられなかった。そう独りごちる。

 後ろを振り向くと小道はうっすらとであるが、依然近寄りがたい雰囲気を放っている。人々は無意識にそれを避け、小道に目もくれず大通りを歩いていく。世の中には気付かれずに存在している事が多数ある。それは、もしかしたら知らなくていい事なのかもしれない。

 頭にかかった靄を振り払い、僕は会社への道を急いだ。


 それとなく叱られて、終業時間。同僚達が飲みに行く計画を立てているのを横目に、そそくさと会社を出る。残業がないのはいいことだ。

 最寄りの停留所でバスを待つ。

 海面から立ち昇る蒸気と、街から発せられる明かりのせいで新都心の空は星が少ない。旧幕張町の方まで戻ればある程度の星空は戻ってくるが、それでもやはり昔よりは夜空が明るくなっている。夏の風物詩である天の川は、実の所見たことがない。町の奥の方まで行けば見られるだろうか。今度散歩でもしてみようと考える。

 妖界にも星空はあるのだろうか。そもそも、朝と夜はあるのか。思えば僕は彼女達のことをあまり知らない。

 天の川のように、実際は見たことなくてもそこにあるものとして受け取っている。

 世の中には知らなくていいこともある。しかし、知らなくちゃいけないこともある。

 もう少し歩み寄ってみたい。

 だからこそ、相談役なんて阿呆なことをしてみているのだ。

 僕の後ろに、遊びから帰る途中と思われる中学生の集団が並ぶ。こんな時間まで遊ぶなんて、最近の子供は活動時間が伸びたものだ。さりげなく、彼らのほうに目をやる。数は五人。男子三女子二の黄金比。

「だから、今夜は絶対だからな。絶対だぞ」

 集団の一人、短髪で日に焼けた活発そうな男子が言う。

「えーやめておこうよ。あたし怖いよ。ねえ?」

 女子の一人、肩より少し上の所で髪をカールさせた、大人っぽい雰囲気の子が隣の女子を突く。こちらの子は茶髪のセミロング。大人しそうな感じで、困ったような笑みを浮かべている。

 あれ、僕捕まったりしないよなこれ。大丈夫だよな。ただ並ばれただけだものな。

 一人勝手にドキドキしていると、今度は別の男子、坊主頭の見るからに野球部ですという子が口を開く。

「こんな時ばかり女子ぶってんじゃねえよ」

「何よ」

 ゆるふわカールの女子が坊主頭を睨む。

「おーこわ。そういうところが、宮野との女子力の差だよ」

「いやいや、私も対したことないからね? それに、私も律の意見に賛成」

 ゆるふわカールの子は律、セミロングの子は宮野というらしい。本格的に不審者じみてきた。

「翔はどうなんだよ」

 坊主頭が最後の一人、翔という少年に話題を振る。

 翔―――地味で気弱そうな、いかにもな中学生―――はおどおどと発言した。

「あそこ、人が住んでるって聞いたことあるし。……やめといた方がいいんじゃないかなあ」

「お前までへっぴり腰かよ! 見損なったぜ」

「翔は常識人。あんたは非常識。それだけよ」

 律がやれやれといった風に肩を竦める。そこで、バスが来た。

 僕と中学生チームはバスに乗り込む。彼らは後部座席に並んで座った。僕はその前の席に腰掛ける。あくまでも偶然だ。

「今夜は肝試しなんだ! それで決定だかんな!」

 車中だというのに坊主頭が声を上げる。それを短髪日焼け小僧が窘めた。こちらはある程度常識が備わっている模様。

 どうやら彼らは肝試しを画策しているらしい。シーズンもシーズンだ。やはり旧幕張町の方に来るのだろうか。ここで立ち聞きしたのも何かの縁だ。場所次第では、そこに犬神を派遣してやるのも一興だろう。夏の思い出に花を咲かすといい。どこに行くのだろう、史跡だろうか、それとも落ち武者の首塚だろうか。

「旧幕張町のお化け屋敷に特攻をかける」

 うちだった。

「だからあそこには人が住んでるって」

 翔が反論する。

 そうだ。僕という列記とした立派で偉大で尊大な人間が住んでいる。

「あんなぼろっちい屋敷に人が住んでいるわけないだろ? 幽霊か、どうせ変人だよ。どっちにしろ面白そうじゃん?」

 と坊主頭。

 そうか。変人か。巷ではそう噂になっているらしいな。

 場所によっては我が妖怪精鋭部隊を向かわせてひと夏の思い出を作ってやろうと思っていたが、その必要もなくなった。向こうから本部に出向いてくれるというのだ。ならばホストとして盛大に出迎えてやらねばなるまい。

 忘れられない夏のメモリアルにしてやろう。

「今夜九時半」坊主頭が指を指す。

「お化け屋敷」短髪が囁き声で言う。

「集合!」

 二人は肩を組んで声を合わせた。

 何事かと他の乗客が振り向くが、そんなことは気にならないらしい。常識人だと思っていたが、短髪も相応に馬鹿の模様。

「逃げた奴は始業式から臆病者呼びだからなー」

「えー」

 律が不満の声を出す。

 逃げるなら今のうちだぞ、と内心で呟いた。

 バスの停車ボタンが押される。

 ゆっくりと減速していくバス。完全に止まる前に、坊主頭と短髪、律が席を立つ。

 気の抜けるようなドアの開く音。

 じゃあ、そういうことで、と彼らはバスを降りて行った。

 あとに残されたのは翔と宮野、そして僕。いやもう、ここまで来たら当事者の一人に入るだろう。

「本当にいいのかな」

 いいわけがない。

 宮野の言葉に、翔が答える。

「本当に人が住んでいるらしいんだけどなあ」

「私も聞いたことあるよ」もはや伝説か民話の類にされている我が家、そして僕「あんなに古いけど、人は住んでいるんだって。お姉ちゃんが言ってた」

 古いは余計だ。

 ……今度大掃除でもしないとな。

「嫌だなあ」

「怖いの?」

 宮野が尋ねる。

 何となく、二人の仲は他より親密であるように思えた。

「怖くないよ。……嘘、少し怖い。怒られるのが」

「あー」

 間延びした声。

「大丈夫だよ。もしそうなったら、ちゃんと謝ろ。さ、降りよっ」

 バスがまた止まる。宮野が翔の手を引いて、二人一緒にバスを降りて行った。

 なんだか青春を突きつけられたような気分である。甘酸っぱさがこっちにまで伝わってきて、なんだかもどかしい。

 送れなかった青春に憧れながら、僕は頭を窓にあずける。

 ぼんやりと光る半月が空にぷかぷかと浮かんでいた。


減少するアクセス数にもめげず毎日更新!

サブタイトルつけたい病にかかってます。あとFF12はやっぱり面白いね。アーシェ様天使

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