篝火 夏 -29-(完)
前回のあらすじ
彼の絶体絶命の窮地を救うのはやはり彼女。そして彼女を救うのもやはり彼。知らぬ間にお互いを支え合っていた二人の間に交わされる、確かな約束―――。
長かった夏が終わりを迎えようとしていた。
いて欲しいときにいなくて、いなくていいときに必ずいる奴ら。
それが妖怪だと思う。
夜の帳が降りはじめたころ、なぜか皆が集合していた。
「聞いたぜ千歳!」
「とうとう、というか今更! って感じだけどね」
「あぁん、私の千歳さんがぁ~」
「千歳兄ちゃん!」
「おめでとうです」
「……犬神?」
「決して自分じゃないっす」
先輩の名誉にかけて、と犬神が首を振る。まあ、こいつずっと僕らと一緒にいたしな。芙蓉ではないが、今さら彼らの情報網に驚くことも無い。半ば諦めていたことだ。別段隠しているつもりも無かったが。
ふと見ると枯葉が大変ですねーというように笑っていた。
あの後、僕達は石川翔を送り届けた。宮野には礼と謝罪を貰い、そしてなぜか店員さんはにやけていた。他のことを考えていたつもりだったが、あの人もあの人で底知れない。その後枯葉が合流し大所帯で家に戻ることになったのだが、そこではなぜか屋根の上での大宴会が開かれていた。
やれやれ、と肩を竦める。なんだか日常に戻った気がした。
「まあ、今更じゃの」
ミコも呆れながら軒先に掛けられた梯子を昇る。
「覗くでないぞ?」
「だったら飛べよ」
気持ち下を向きながら屋根に上って、瓦の上に体を滑らす。こんなに人が乗って、屋根が落ちたりしないだろうか。
「そこは妖力でじゃな」
「だから勝手に読むな」
「主が駄々漏れなんじゃ!」
「何々、さっそく痴話喧嘩?」芙蓉がぐひひと下品に笑う。
「ああっ! 見せつけです! 当てつけですぅ!」とユキが嘆いている。
「……犬も食わない」白露がぽつりと呟いた。
「にしても、だ」鬼の親父さんが音頭を取る。
結婚おめでとう。
全員の声が重なった。
そうか、と改めて実感する。言っちゃったんだけ、僕。
法も倫理も段階も全く踏んではいないけれど、形の上では僕とミコは婚約を交わしたことになるのだろう。されとて、妖怪は形を重んじる者達だ。むしろこちらの方がいいのかもしれない。
主賓席、と称していろいろ揶揄されながら真ん中に通された。腰を下ろして前を向けば、絶景のオーシャンビューが広がっている。
海は東側に広がっている。少し紫色を帯びた深い藍色がちらちらと星を携えて海の上に陣を構えている。静かな大海原の上では赤や緑の光が明滅してのんびりと走っていた。後ろを仰げばまだ赤みを残す西の空が今にも夜の闇に場所を追われそうになっている。最後までその身を見せつけんとする残光が美しく町を照らしている。
雨が全てを洗い流したのだろうか、身も心も浄化されるような、清々しい夜だった。心地よい山風が後ろから吹き込んできて、ミコのさらさらした髪を靡かせる。小さな鼻をつんと立てたすまし顔。あどけなさの残る顔立ちと、それを隠すように纏う凛とした雰囲気。強がっていても、心根は優しい、女の子。
「なんじゃ」
と僕の視線に気づいたミコが問う。
「なんでも」
そっけなく、そう答えた。
「その、なんだ。今後とも、よろしく?」
「なんじゃ、それ」
くくっ、と彼女が笑う。それにつられて僕も笑いをこぼす。
「ところで今日はなんで屋根の上なんだ? 確かに気持ちいいが」
吹き付ける風に髪を押さえながら、恥ずかしまぎれに尋ねる。すると、鬼の親父さんが意外そうな顔で答えた。
「だって今日じゃねえか」
「何が?」
そう聞いた時だった。
突然、目の端が明るくなった。
何事かと前を向いたのに合わせて小気味よい破裂音する。
「ああ」
と一人膝を打つ。
そういえば、宮野が再来週とか言っていたな。それが今日だったのか。
海の上で綺麗な花火が咲いていた。
「こういうんだっけ? ま~たやー」
芙蓉が海に向かって叫ぶ。
「別れの挨拶か。たまやだたまや」
「たーまやー!」
「た、たまやあ」
子供妖怪達がはしゃいで落ちそうになるのを、鬼の親父さんたちが膝に抱えた。
「ああ、ずるい! 子供は私の物なのに!」
「はっはっは」
色とりどりの花火が煌めいては霞み、消えていく。乱発され咲き乱れるときなど、海に反射して満開の花畑を思わせるほどだった。次第にふざける間もなく、誰もが夏空のショーに心を奪われていく。海にも瞳にも花火はその姿を焼き付ける。発射地点が近いのか、注意を向ければ空気の抜けるような、玉の打ち上げられる音も聞こえてくる。
それは一晩の夢。
花見の時もそうだった。皆イベントごとが大好きだ。それをこの後も一緒に楽しめる。それだけで、幸せな気持ちになれる。いつの間にか、僕の中で妖怪はとても大きな存在になっていた。
隣に座るミコと、ずっと一緒に見られる。それだけで、今までのことが報われる気がした。
ずっと悩んでいただけだが、それでも大変な夏だったように思える。思えば気苦労に絶えない毎日だった。
「そうじゃの」
ミコが耳打ちをする。その吐息が、少しこそばゆい。
ぱちり、とまたポケットに電流が走った。指で触れると冷たい銀の質感が肌を通して伝わってくる。
横目で白露を見ると、ゴーサインを出していた。最近あの子、アグレッシブね。
分かっている。僕にはまだやり残したことがある。
必死で考え事を隠しながら、さりげなくポケットから指輪を取り出した。
決して悟られないように。
僕はまだ大事なことを言っていない。あの時は無我夢中だったうえに、あくまでも契約という体を取るべきだったからああなってしまったわけで。人生ゲームで言うのなら職も持たずにとりあえず先に進んでしまったような、大切なステップを飛び越してしまった感覚。
だからこそ、言わねばならぬことがある。
一番伝えたい気持ち、一番強い気持ちを言葉にしなくてはいけない。行程でもなく、契約の名称でもなく、純粋な原初の僕の気持ち。
読心はされぬように。自分から伝えたいのだ。
これが失敗したら、さすがに男が廃る。
「ミコ?」
「うん?」
緊張か、声が上擦った。
対して花火に目を奪われていた彼女は、声だけで応答する。
「本当はこういうのってすごい大変なんだぞ。結納とか、顔合わせとか、披露宴とか。でも、そういうのはなしで」
「何の話じゃ?」
ミコがこちらを向く。
「お前らは見立て重視なんだろ? だからその、形だけはしっかりとだな」
光が明滅する。絶え間なく続く花火の音が功を奏して、僕らの声は他の誰にも聞こえていないらしい。今がチャンスとばかりに、勇気を振り絞る。
「しかも貰い物だからあまり格好がつかないんだが……、うん、いつか自分で買ったのちゃんと渡す。だからこれはそれまでの繋ぎってことで」
そっと彼女の手を取る。心臓の音がうるさい。花火の音をかき消すほどに鼓動が高鳴っている。
きらりと光る、銀の指輪。その小さい方を、彼女の薬指に宛がう。海上の花火が小さくそれに映って宝石のように煌めいた。
あっ、とミコが声を漏らす。
おおっ、と他の奴らの感嘆の声が同時に発せられた。
これまでで一番大きいと思しき、柳花火が夜空に打ちあがった。ミコの髪を思わせる金色の残光がいつまでも夏の夜空を彩っている。その光が消えないうちに、彼女にだけ聞こえるよう、伝えた。
「お前でよかった。ミコ、好きだ―――」
彼女の緋色の瞳が揺れ、そして瞑られる。空の残光も闇に溶け、辺りが一瞬暗くなる。
そして、僕達はまた口付けを交わした。
これにて、篝火 夏 は完結です。
ちょうど一ヶ月でしょうか。10章くらいまでは受験前に書いたものを再構成したものだったのでさくさく書きためも作れましたがその後はもう、もう! 一ヶ月毎日文章を書くのは久々のことで楽しかったというのもありますが、振り返ってみるとああすればよかったこうすればよかった、と思うところがしばしば。
でも誤字脱字でない限り、一度発表したものには手を加えなくないというのが本心。ですからサイトに載せる前にありったけの手直しをして、頭を抱えて、時に布団に逃げ出して。そうやって頑張りながら書き上げたこの作品はちょっと自慢の子です(えへっ)
世の中にはもっと長い作品を書かれる方も居りますし、紙媒体の書籍はこの三倍の量がデフォルトでしょう。(四季全部集めたら一冊の本になるかしら)。何が言いたいかって短くてもいいじゃん! これがどこかの誰かの何かになればいい、そう願うばかりです。
さて、最終話の後書きだしもっと書こう(その労力を本編に回せよ)
技巧とか伏線とかは言わずに気付いてもらうのが一番なのですがこれだけ! 彼女という代名詞をミコにしか使わなかった努力を誉めて! 他の子の形容すごい疲れましたっ! でも千歳にとって彼女という存在は最初からミコだけだったんです。それの意味するところが一般的なものとはかけ離れていたとしても。あとの伏線は気付いた折ににやりとでもしてください。気付いてもらったらこちらもにやりします(にやり)
春編はプロローグ的立ち位置。夏編はたくさんの「有名」妖怪と絡ませるというテーマで書いたつもりだったのですが、思ったより妖怪を出せなかったのが反省です。だが彼らを一発屋にするつもりは一切ありませんよ(にやり)
最後に、今日まで読んで下さった読者の皆様、本当にありがとうございます。誰かに読んでもらえているという思いが私の原動力でした。活動報告にコメントをくださった方、感想をくださった方、ツイッターの方で応援してくださった皆々様、感謝しきれないほど感謝しています。ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。
今後も細々とやっていくつもりですが、篝火はしばらく寝かせておくつもりです。秋編は夏かな。それくらいに発表出来ればと思っています。ぜひ、お楽しみに。
それではまた会う日まで。くれぐれも、背後に忍び寄る愉快な妖怪に気を付けてくださいね。では




