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篝火 ―夏―  作者: 日笠彰
26/29

篝火 夏 -26-

前回のあらすじ

千歳を狙った妖怪の魔の手が宮野達にものびる。久しく口にしなかった友達という言葉を噛み締め鬼門に足を踏み入れる。

 鬼門の中は涼しげだった。

 千葉が言うように、場所によって正負の度合いが違うのかもしれない。僕の家は、どちらかといえば優しい鬼門なのだろう。正の感情が集まって皆が集まってきてくれたのだったらいいなと、鋭い痛みの刺す中でぼんやりと思った。

 数珠を巻いているところの痛みは他の部位よりも激しかった。そこだけが焼けるように痛い。妖力に反応するとはこういうことなのだろう。自分に妖力があるとは思ってもいなかったが、店員さん曰く見えている時点で少しはあるらしい。それをこれは強化してくれているのだ。僕の中で今一番妖力が強いのは手首の数珠部分という訳だ。

 こんな中を、と思った。

 こんな中を彼らはいつも通り抜けているのか。

 一面に香の匂いが立ち込めている。手を繋いで先を行く白露すらも、薄暗く影ってしまうほどだ。

 天井も、地面も見えない。上にも下にも、八方がどこも果てしなく続いているように見えるし、逆に手を伸ばせば何かにぶつかりそうにも思える。足を踏み出すたびに、そこに地面らしきものがあることに安心する。そんな闇だった。

 妖力に応じてこの痛みは増していく。

 なら、鬼の親父さんや芙蓉、犬神もユキも子供妖怪だって。皆相応に強い奴らじゃないか。彼らの痛みは、一体どれほどなのだろう。

 それでも皆会いに来てくれている。最近では僕を頼って鬼門を通ってくる妖怪だっている。

 ありがたいな、と素直に思った。

 救われているのは僕の方だ。

「白露はあまり辛そうじゃないな」

 少し、呼吸が辛くなってきて、気持ちを紛らわすためにそう聞いた。

「……他の人とは、違う」

 白露の答えはそれっきりだった。

 藻を掻き分けて先を急ぐ。

 進めば進むほど靄が濃くなっていくのが分かった。痛みも度合いを増してくる。禍々しい方へ近づいているらしかった。

「……あの時」

 不意に、白露が口を開いた。

「件の時……私はあの場にいられなかった」

「そういえば、姿が見えなかったな」

 当時は動転していたから特に気にも留めていなかった。いつも二人一緒なのに、枯葉がいて白露がいなかったのは確かに妙だったかもしれない。

「件の命が短いのは、分かってた」

「……そうか」

「私はそれを救えた」

「えっ?」

 意外な発言だった。

「それって―――」

「私は件を見殺しにした」

 声色こそ平淡だが、普段より勢いのある白露の声が僕を遮った。

「あそこにいるのは駄目だった。だから逃げ出した」

 淡々と白露の独白は続く。

「私は件を助けてあげられた。けれど私は……ミコを選んだ」

 白露が喉を詰まらせたのが、闇に擦れた中でも分かった。

 それでも、僕達の歩みは止まらない。

「道具を作った。繋がりを作る道具。でもまだ一対だけ。それに、千歳じゃ一人分しか繋がれない」

「その道具って……」

 白露は口数が少ない。それでも、伝えたいことは的確に伝えてくるし、言葉が足りないわけでは無い。感情もあまり表に出さず淡白な子だが、冷徹ではない。

 むしろその逆だ。

 実は感情豊かな子なのだ。

 短くて、淡々とした言葉の中に白露はありったけの気持ちを込めて伝えてくる。短いのは、分かりやすくしようとした結果だ。平淡な声色なのは、相手にすっと入るようにするためだ。

 白露は精一杯相手のことを考えている。

 決して冷たいわけではなかった。

 今、白露の言葉からは痛いほどの悔しさと悲しさが感じられた。鬼門の闇が肌を刺すような不躾な痛みではなく、血の通った切実な痛み。

「……さっき陰陽師関係の人に会ってな、契約のことを聞いたよ」

「……」

 白露は答えない。

「お前らが言っていたミコを大切にしてという話も、僕なりに何となく理解している」

「……道具があれば、千歳でも楽にミコと繋がれる。だから―――」

「僕達のことを考えてくれていたんだよな」

 繋いだ白露の手が震えていた。

 優しく手に力を込める。

「ありがとう。お前のせいじゃない。だから、ありがとう」

 気にするな、とは言えなかった。白露のような優しい子が、件の死を気にしないわけがない。できるわけがない。多分ずっと自責の念にかられてしまうだろう。だから少しでも心が楽になるように、僕の心からの感謝を伝えた。

「おかげで、僕はミコと一緒にいられる。そうなんだろう?」

「……うっ、ひっく、……ぐすっ」

 白露は涙を押し殺していた。

「これっ!」

 はたと足を止め、白露がこちらを振り向く。靄の入る隙間もないような近い距離。白露の目は真っ赤だった。僕と繋いだ手と反対の手が差し出される。

 その下に空いている手をかざすと、白露が手を開き、僕の手の上に二つの何かが落ちてきた。

 顔を近づけてそれをよく見る。

 一対の、銀の指輪だった。

 装飾も何もない指輪だったが、代わりに息をのむほどの美しさを湛えていた。

 指輪は黒い靄立ち込める中でも輝きを失わず、真っ暗な中できらりと光っている。そこだけ空気が清浄になっているかのような、不思議な力を感じる。見ているだけで胸を打つ、そんな指輪だった。

「お願い、これで絶対にミコを、あの子を助けてあげて! でないと……件が……!」

「分かった」

 ぎゅっと握りしめた両手が暖かい。どちらからも、ありったけの優しさを感じ取れる。

「約束する。絶対、ずっとあいつと一緒にいる」

 白露が前を向き直る。

 僕は前から聞こえてくる押し殺した声に気付かないふりをして、一緒に前へと進んだ。

 

 


あと3つ!!


…えっ? そんなサクッと終わるのこれ……。頭の中のプロットだともう六章はあったはずなのに、なにがあった。


というわけで、また明日!

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