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篝火 ―夏―  作者: 日笠彰
25/29

篝火 夏 -25-

前回のあらすじ

魂の情報と同意。形式を重んじる妖怪達との契約は彼らの儚さを象徴するかのように簡単なものだった。しかしそれが時に強い絆を生む。ミコの窮地を救うために、千歳は気持ちを固めたのだった。

 最初に気付いたのは店員さんだった。

 あっ、と小さく声を上げたと思うと急に立ち上がり、駆け出した。

 店員さんの走ってきた方向に視線をやると、僕もすぐに駆け出すこととなった。

 白露が宮野を背負って走ってきていた。

「ミキ!」

「白露!」

 いつもは無表情な白露が、汗を流し肩で息をしている。その背中には、ぐったりとした宮野。その姿を見るなり、店員さんは声にならない悲鳴を上げていた。

「どうしたんだっ?」

 白露からゆっくりと宮野をおろし、ベンチに横たわらせながら尋ねる。店員さんは宮野の頭の下に手拭いを挟み、顔の近くで必死に名前を呼んでいた。

「大丈夫……気を失っているだけ」

「本当?」

 店員さんが縋るような目で白露を仰いだ。

「……でも、一人しか、助けられなかった」

 白露が目を伏せる。そのままの状態で僕の手を取った。

「来て」

「来てって、どこに。それに一人って、他に誰かいるのか?」

 口を開きかけた白露を、店員さんの声が遮った。

「ミキ!」

 見ると、宮野がぼんやりとしつつも目を開けている。気がついたようだ。

「お姉、ちゃん?」

「そうだよ! ミキ! 大丈夫? どこも怪我してない?」

 店員さんは錯乱したように宮野の肩を揺すっている。それを静かに制した。

「落ち着いて、店員さん。……なあ宮野、何があった?」

 僕の問いかけに、宮野が目を丸くして口を押えた。体が小刻みに震えている。寒さからではない。恐怖の震えだった。

 嫌な予感がしていた。

 自ら危険なことをして彼氏に助けさせると言った宮野を僕は適当にあしらった。自分でなんとかすると言った宮野のことも、特に気にも留めなかった。

 僕の周囲の妖怪が陽気でいいやつらばかりのせいで、そう危ない目には合わないだろうと高を括っていたのだ。

 だが万が一、という可能性を先ほどの会話で見つけてしまった。宮野とも数回話をしたことがある。それも割と長時間。だから僕の危険が、宮野に飛び火しているかもしれない。

 そうして、嫌な予感というものは当たるものだ。

「石川君が、石川君がっ!」

 みるみるうちに宮野の瞳が涙で溢れる。まるで雨のように、彼女の頬を伝う。

 土の匂いのする風が強く吹いた。

 空気を割るような雷鳴が轟いた。

 ほどなくして、打ち付けるような雨が降り出した。

「私を庇って、石川君がっ、妖怪に! 私が、私がいけないの。馬鹿だった。怪しい雰囲気がする路地を見つけて……奥に行ったら鳥居があって、それで、それで……」

 宮野が顔を覆った。

「ごめん、なさい」

 白露が謝る。白露の横顔にもまた、雨が勢いよく伝う。

「お願い、篝さん!」

「……千歳」

 二つの視線が僕を貫く。ついで、店員さんも僕を見た。

 雨で張り付いた髪の毛の間から、潤んだ瞳がこちらを見つめる。

「助けて」

 誰かのその真っ直ぐな言葉が、雷鳴よりも大きく胸に響いた。

「……友達って、言っちゃったものな」

 僕の答えに、宮野はぽかんと、そして店員さんは泣き笑いをした。

 こっち、と白露が僕の手を引く。

 雨の音にまぎれ、背後からありがとうという真摯な声が微かに届いた。


 先を行く白露の姿が、土砂降りの雨煙によって虚ろに擦れていく。

 置いて行かれないよう必死について行ったが、途中から行先が僕の家だということに気づいた。それでも速度を緩めるわけにはいかない。

 白露でさえ太刀打ちできなかった何かに、僕だけで対処できるとは思えない。だが、ミコを呼ぶわけにはいかないだろう。彼女は今妖力を極限まで使い果たし、危険な状態にある。これ以上無理をさせるつもりはない。

 誰か家にいてくれ。

 走りながら、そう願う。

 顔に張り付く水滴が煩わしい。靴も服もたっぷりと水を含んで走りにくいことこの上ない。降りしきる雨が壁のように立ち塞がるが、それでもそこにぶつかっては雨を打ち破っていく。

 力の限り足を回した。

 そうして家に着くころには、息も絶え絶えだった。

 白露の仕業であろう、開け放たれたドアは雨の中でぽかんと口を開けているように見えた。灰色に染まった世界に、そこだけがどこかに繋がっている。走ってきた勢いそのまま、口の中に飛び込んだ。

「っはあ、誰、か! 誰かいるか!」

 喉の奥が乾いて張り付いていて、声を出す時に激しい痛みが襲った。鉛を巻きつけたかのような、気だるい重みが足に感じられる。這いずりながら、居間へ向かった。

 家はもぬけの殻だった。

 こんな時に限って。そう思ったが、不思議と怒りは湧いてこなかった。代わりに、虚しさが心を埋め尽くす。

「千歳」

 白露が背後から声を掛ける。手には水の入ったコップを持っていた。

「ああ、ありがとう」

 コップを受け取り、一気飲みする。逆流して、吐きそうになったが必死に胃に収めた。肺が氷を詰め込まれたように痛い。息を整えようとして、逆にむせてしまう。

「鬼門を使う」

 白露は言った。

「鬼門? 僕は通れないぞ」

 妖力が無いと鬼門は通れなかったはずだ。

 四肢を投げ出しながらそう答えると、白露はぽい、とブレスレットサイズの数珠を投げ渡してきた。

「それ、つけて」

「つけたら、行けるのか?」

 こくり、と白露が頷く。

「妖力、上がる。鬼門から鬼門なら、通れる」

 数珠は白と黒の粒が交互に並んで繋がっていた。一見何の変哲もないが、よく見ると白色の一粒に鈴夜開発と会社名が彫られている。

 右手に付けて立ち上がった。

 白露を一瞥する。

「じゃあ、行くか」

「信じる?」

「そんなこととやかく言っている場合じゃないだろう?」

 白露の顔もぐしょぐしょに濡れていた。元々黒くて長い髪はさらに艶をまし、ぴんとたった耳からは雫が滴っている。その瞳がいつもより少しだけ、ほんの少しだけ見開かれたような気がした。

「……ありがとう」

「早くいくぞ」

 痛む体と心肺にムチ打って鬼門の戸の前に行く。

 思えば、こうして鬼門と向き合うのは初めてのことだ。何となく彼らが嫌そうにするから、僕も別段気にせず放置してきた。新都心の鬼門のような禍々しさは感じない。こんな不思議なものがあるのに気にせず暮らしてきたなんて、と思ったが妖怪と普通に暮らしていることを思い出して苦笑した。

 何も怖くはない。

 白露が戸を引き開ける。

 戸の向こうは、闇だった。

 濃淡のある黒い靄が蠢いている。だが、やはりそれほど嫌な感じはしない。線香の香りを伴った風が微弱に吹きだしてきている。手を触れると、ちくりと刺さるような痛みが走った。靄には重さがあり、手を伸ばすと抵抗を示してくる。それでも突き進めないほどではない。靄と言うよりは藻と認識した方が正しいかもしれない。おびただしい数の黒いそれらが漂っていて、それはまるで濁った池のようでもあった。

「妖力を刺激する。でも、妖力がないとこの中で死んでしまう」

 白露が説明する。

「手を……離さないで」

 差し延ばされた手を、強く握りしめた。

 どうして僕がこんなことを、という疑問は無かった。

 久しぶりに口にした友達と言う言葉が、知らず知らずのうちに僕を動かしていたのかもしれない。ある

いは、宮野が襲われたのは僕の責任でもある。そんな御託を並べてみてから、別にそういう特別な理由ではないなと思い直した。

 向こうで待ち受けている妖怪について何の説明もされなかったが、僕はそれを先日僕を襲った、そしてあの禍々しい鬼門から出てきた奴だと確信していた。

 鬼門を打ち破ってきた負の感情。

 塗壁を壊さんばかりに叩いていた壁の向こうの妖怪。

 視覚せずとも感じられた、肌に刺さるような黒い気配。

 それを間近で受けている子供がいる。

 それに……その妖怪だって生きるために必死なのかもしれないのだ。だったら、出来ることはしたい。手を伸ばして掴めるなら、僕は力の限り手を伸ばしたい。

 いつだったか、最後の一歩を決めるのは妖怪達の側だと結論付けた。

 手を広げておいて、彼らのことを待ち、いざとなったら受入れようと、受け身のスタンスを保っていた。

 いつからだろう。横に並びたい、踏み込みたいと思うようになったのは。

 多分、最初からだ。

 もう遠慮なんてない。

 気兼ねなく、彼らと付き合う。

 ずっと一緒にいたいんだ。

 目の前には鬱蒼とした闇が広がっている。息をのむ音がした。遅れて、それが自分のものだと気付く。

 行こう。

 最後の―――最初の一歩を踏み込むのは僕自身だ。



終わりは29(断言)!!

自分ではよくまとまっている方だと思っています(自画自賛)


そういうわけであと5日かな? お付き合いください。

いつもご愛読ありがとうございます! 感想どしどしくださいなっ


それではまた明日! お楽しみに

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