篝火 夏 -24-
前回のあらすじ
傷心の中偶然一緒になった店員さんは、あの宮野律の姉だった。妖怪が見えるという共通点と似たような感性から珍しく話の弾んだ千歳。そして彼は、人生の重大な決断を迫られる……。
「端的に言えば、契約を結んでしまえばいいんです」
店員さんは単刀直入にそう言った。
「そういうのは、嫌いだ」
否定の意味を込めて、頭を振る。
「使役みたいな、あいつらと上下関係を作るようなことはしたくない。僕はあいつらと、一緒に居たいだけなんだ」
「何も、使役だけが契約だけじゃないですよ?」
店員さんは人差し指をちっちと左右に振った。
「この世界にはもっと偉大で、尊い契約があるはずですよ」
子供達の騒ぎ声が聞こえてくる。いつからいたのか、それを見守る保護者達が大きな樹の下のベンチに集まって談笑をしている。中には小さな赤ん坊を連れている母親もいて、隣の母親の話にうなずきながら時折子供の方を向いてあやしている。
木漏れ日の下の暖かな風景が僕の頭をこつんと小突いた。
「……家族か」
言って、赤面する。
ちょっと待て。
家族?
尊い契約ってそういう、家族になるということか。
それはもう、つまりあれしか残らないではないか。
「結婚」
「大正解」
顔から火が出そうだった。
まだそこまで、いや男なら甲斐性を見せるべきか。そもそもそんな問題だったか?
突然のことに混乱してしまう。
尋常じゃないくらい汗が出ていた。夏の日差しのせいにしたいくらいだ。
「どんな形でもいいんです。妖怪にとっては見立てと形式が全てなんですから。その中でも一番わかりやすい契約というのが結婚かな、と思ったんですけど……篝さん顔真っ赤」
「うるさい」
あははーと店員さんは笑った。
「でもいいな、女の子にとってはその反応、結構嬉しいものですよ?」
「そう、なのか?」
ちょっと声が裏返った。
「ふふっ。こんなに思ってくれるなんて、彼女さん幸せだなー。これはもう契約の形は結婚で決まりですね」
「形式が大切なんだろう? なんかもっと別の、軽いものはないのか」
「ないです。うじうじした男性はみっともないですよ?」
店員さんの表情は変わらない。しかし目が本気だった。
その視線にたじろいでしまう。
結婚って。
今まで守りたいやら対等とやら自分の身の置き場に悩んで、自分の彼らに対する気持ちで悩んで、やっとのことで一緒に笑っていたいというところに落ち着いたのに。挙句の果てには恋心に気付かされてそこでもまたぐるぐる犬のように回って二の足を踏み続けて、ようやく前を向いたと思ったら目の前に大きな扉が立っている。
ホップステップジャンプで、最後にジャンプ板を踏んでしまったような気持ちだ。まさかここまで高く来てしまうとは。後悔と高揚が入り混じって心が浮ついている。
目を上げると、子供達が水道で遊んでいるところだった。
飲み水用の水道はそうしやすいよう蛇口が上を向いている。そこに指を半分あてて、勢いよく水を吹きだしているのだろう、水が霧状になって高く舞い上がっていた。きゃっきゃっとはしゃぐ子供達の声。陽光を浴びて、きらりと水が光っている。目を凝らすと、そこに綺麗な虹が出来ていた。
ああ、そうだ。
こういうのを、一緒に見たいんだ。
「震えてますよ?」
「武者震いだ」
「そうですねー……結婚とまでは言わなくても、付き合ってくれくらいでいいんじゃないですか? それもまだなんですよね」
「いや、ここまで来たらプロポーズだ」
「ふふっ、篝さんも案外意地っ張り」
「店員さんもころころ意見変えてますけどね!」
膝が笑っている。
くぅ、と腹が鳴った。
腹が減ってはなんとやらだ。
店員さんの方を見ると、聞こえていたのかにやりと口角を上げた。
「もう一度勝負してみますか?」
「サービスじゃなかったのか、と言いたいところだが。望むところだ」
心を閉ざす、わけではない。
別のことを考える。気を逸らす。そんな簡単なこと。
成功すれば一歩、また彼らに近づける。
そうしていつか、隣で並んで同じ景色を見られたら。
また縁側で一緒に海を眺められたら。
神社でぼうっとできたなら。
ミコのために。
皆のために。
もう誰も、悲しみを背負わなくていいように。
「じゃん、けんっ!」
二勝三敗。
かっこいいことを言っておいて単に運が足りない。
店員さんも物足りない様子だった。
「なんだか……ごめんなさい」
「謝らないでくれ。こっちが情けなくなる」
小さくため息をつきながら、戦利品のメロンパンにかじりつく。
ミコがじゃんけんで勝ち得なかったものを僕が勝ち取った。あれ、いつの間にかミコのことを越えてないか?
「その、契約と言ったか。僕は単にプロポーズをすればいいのか?」
「形の問題です。必要なのは魂の情報とお互いの意思。契約関係になることを互いに認めれば大丈夫です。一番大事なのは見立てと形式ですから、少し儀式っぽくすればいいんじゃないですか?」
若干頼りないが、そういうものだろう。儀式は一度経験済みだ。あの時も、あっという間に気付いたら儀式の形になっていた。
心に一陣の冷たい風が吹く。
落ち込みかけた気持ちを振り払うべく、話を続ける。
「魂の情報って?」
「一般的なのは血とかですね」
こともなげに、店員さんは語った。
「遺伝情報のあるものなら、なんでもいいそうですよ。ただ儀式的に格好いいのは血液だと本家の人は言いますが」
「そんな禍々しいことをするつもりはないな」
「ところで、篝さんのお宅も陰陽師だったりするんですか? それとも霊媒師とか?」
「いや、いたって普通の家系だが」
「えっ」
と店員さんは目を大きく見開いた。
「普通のご家庭?」
「両親ともに一般人だな。僕だって、あの家に住むまでは妖怪や幽霊の類は見たことが無かったんだ」
「えー。普通こういう力って血で受け継がれるものなんですけど。妖怪が見えたり、感じたりできるのは遺伝的なそうで。やっぱり篝さんは変ですね」
店員さんがおかしそうに口を押えて笑った。
「自分では普通のつもりだったんだが」
妖怪が見える時点で変な部類だったのか。陰陽師よりはましだと思っていたのだが。千葉にいたっては人としても相当変だ。あいつよりは常識人の自負がある。
「そういえば、どうしてさっき僕に声を?」
ふと気になったことを口にする。
「なんだか陰鬱な雰囲気だったので。何よりどこかやつれて見えましたし、どうしたのかなって」
「そんなに疲れて見えたのか」
頬をさすってみる。今はメロンパンで膨らんでいるが、もう片方の頬は確かにくぼんでいるようにも思えた。最近碌に物を食べていなかったからな。薔薇のコサージュを見るたびに、胃が食べ物を拒否して何も喉を通らなかった。
「どちらかというと憑りつかれている風でしたけど」
「憑りつかれている?」
「はい。もしかしたら協力できるかなと思ってお声を掛けました。いざとなれば本家の方に連絡も取るつもりで」
「やめてくれ。千葉が来そうで嫌だ」
「お知り合いなんですね。察しの通り、十中八九千葉さんが来ると思いますよ。あの人ここらで一番強い人ですから」
店員さんはうんうんと頷く。
「僕が憑りつかれているってのは、妖怪に?」
家での光景を想像する。あれを憑りつかれていると言っていいのだろうか。常軌を逸している気がする。
「家にたくさん妖怪がいるが」
「そういうのではなくて、もっと悪意に籠った感じです」
「あいつらのプリンを勝手に食べたことならあるな」
「……篝さん、やっぱり変です」
店員さんが訝しげな目を向けた。
「そういう子供っぽい事でなくて」
何気に子供っぽい扱いされた。
「もっと本気の、真剣な悪意です。最近感じたことはありませんか?」
あっと思いだすことがあった。
「ある、といえばある。感じたのは二回、実際に襲われそうになったのは一回だ」
「そこまで……」
店員さんは絶句していた。
「気を付けた方がいいと思いますよ。妖怪はその人の魂の匂いで標的を覚えますから」
鼻が利くんですよ、と店員さんは自分の鼻をさすった。
「しばらくは用心するのと、念のため会話も控えた方がいいですね」
「会話?」
「人と会話すると、その人の匂いが移っちゃうそうです」
「だったら大丈夫だな。職場でもあまり人と話さないし。むしろ店員さんが危ないかも」
「それは……予想外でした」
その目にはそこまで寂しい人だったなんて、という憐みの光が宿っている。
「あんなところに住んでるんだ。察しはつくだろ」
自分で自分の家を卑下してしまったことに軽く傷ついた。
「まあお互い用心するということで」
「そうだな」
何が原因かは分からなかったが、それからお互いに口を閉ざしてしまった。妙な沈黙が僕達の間に立ち込める。大事なことを忘れているような、頭に引っかかる感覚が自然と閉口させた。店員さんも眉間に皺を寄せながら考え事をしているように見える。
ややあって、二人同時に口を開いた。
「妹って」
「ミキとどんな関係ですか?」
考えていることは同じだったらしい。一瞬二人で目を見合わせた。
「どんなって言われても……」
説明が難しい。
友達という訳ではないし、顔見知り以上には知り合っているし。ああ、知り合いか。でも実の姉の前で知り合いと明言するのもなんだか失礼にあたる気がする。
考え込んだせいで言い淀んでしまった。
その沈黙を怪しく受け取ったのか、店員さんが半目でこちらを睨み付けてくる。
「もしかして、人に言えないような関係ではないですよね?」
「友達だ!」と、凄みのあるその声に思わず口走ってしまう。
それを聞いて安心しました、と店員さんは顔をほころばせた。
「私の妹は可愛いですし、彼氏いますし、変なことしたら許しませんよ?」
「違うって。それに僕には」
「彼女さんがいますもんね?」
ただ頷くことしかできなかった。そうだよ、とはまだ言えない。
「そういえば、宮野彼氏のために一肌脱ぐみたいなことを言っていたぞ」
「一肌……」
「変な意味ではなくて。危ない事をしないといいんだが」
「そうですね、あの子はああ見えてそそっかしいので。まあそこが可愛いんですけど」
店員さんはどこか遠い目で空を見つめている。
いつの間にか時間が経っていたらしい。さっきは遠くに見えた入道雲がだいぶ近づいてきていた。山のように大きなそれは覆いかぶさるようにこちらに迫ってきている。白く光る部分よりも、暗いどんよりとしたところの方が目立って見えた。あの下は大雨なのだろう。いずれ旧幕張町にも夕立が来る。
そう思った途端、空気が生暖かいもののようの思えた。じめりとして、暑苦しい。
岩を転がすような音が遠くから聞こえてくる。
雷鳴かもしれない。
周囲を見回すと、子供と母親が帰り支度をしていた。
一雨来そうな雰囲気に、僕も店員さんも不安を隠せなかった。
前書きが雑だぁ!
今日こそ終わらせるんだ……(昨日寝落ちした人)
明日から教習所通いで精神的に死んでしまうだろうしできるだけ今日中に、ね?
いつも読んで下さるみなさん、本当に感謝しております。アクセス解析を眺めてはほくそ笑む毎日でございます。なんだったらもう、目の前のF5を連打してくれてもいいのよ?
物語は最終局面へ。多分30ちょっと過ぎでおわるんじゃないかなあ。今27まで行ってるし。
そういうわけで、また明日! お楽しみに!!




