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篝火 ―夏―  作者: 日笠彰
22/29

篝火 夏 -22-

前回のあらすじ

初めて目の当たりにした、妖怪の死。考えもしなかった当たり前のことに千歳は衝撃を受ける。そんな彼に、ミコが倒れるというさらなる悲劇が襲う。動き出した状況に悩む彼に近づく人物が―――?



 僕が帰宅する前に、ミコは件に力を分けていたらしい。僕に会ってなお弱っていた件を見かねて、彼女もなけなしの生命力を件に与えていたのだ。

「これ以上無理をさせなければ大丈夫だと思うよ」

 神社までミコを連れて行った帰り、芙蓉は静かにそう言った。

「しばらくは絶対安静だけど……これ以上消費したら、本当にやばいよ」

「帰っても、同じことなのか?」

「妖界に?」

「ああ」

 妖界に行けば妖力は賄えるという。白露はそう言っていた。なら、帰るべきだと思った。

「帰れないよ」

 だが、意に反して芙蓉はさらっと言ってのけた。

「帰れない原因はミコから聞くべき。それに、聞いたところで今のあたし達じゃ原因は取り除けない。だから、さ? 安静にしてるのが一番だからさ、ね?」

 鬼門を通っていくその時、芙蓉はじっと居間の方を見つめていた。そして仕方ないよ、と呟くと闇の中へ溶けていった。

 件が死に、ミコが倒れてから一週間が経つ。

 花瓶に薔薇のコサージュをさした。いつも目に入るよう、食卓の上に飾った。傍から見れば滑稽かもしれないが、そうでもしなければ心が晴れなかった。しかし何の慰めにもならない。悲しみがつのるだけで、薔薇を見るたびに胸が締め付けられる。それでも、見ないわけにはいかなかった。目を逸らすつもりは、もうない。

 逃げないで。

 戦うのをやめないで。

 件の残した薔薇のコサージュ。件の残した言葉。

 体の残らない彼らの死。だからこそ、彼らのことを忘れない様心に留めておかなくてはならない。

 ミコのいない家は静かだった。僕に気を使ったのか、芙蓉も鬼の親父さんも新たな相談者を連れてくることはなく、塗壁も犬神に連れられて帰っていった。

 別れ際、気を付けてくだぁさいと塗壁は言っていた。

 守ってくれてありがとうと頭を撫でてやると嬉しそうに笑ってあいつは鬼門をくぐっていった。

 僕だけが覚えている、彼らのこと。

 僕の思いだけで、どれだけの妖怪を繋ぎとめられるのだろう。

 ミコまで消えてしまったら、僕はもう……。

 思い上がりなのかもしれない。自意識過剰と笑われても構わない。だけど、彼女と一緒にいられるのなら僕は何だってする。

 ―――ミコのことが好きだから。

 

 こんな時に限って、空は抜けるように青い。

 どこまでもどこまでも高く、宇宙に繋がっているのだと改めて実感できるような快晴。地平線からは入道雲が空に現れた壁のように立ち昇っているが、こちらまで来ることはないだろう。

 ふと塗壁を思い出した。

 あの時僕を守ってくれた塗壁は、あの入道雲のように大きく頼もしかった。そうやって思い出を再確認していく。

 負の感情が渦巻いていた鬼門。そこから来たと思しき禍々しい妖怪。

 また会うことはあるのだろうか。その時は、どうすればいいのだろう。

 塩辛い海風が頬を撫ぜていく。風に吹き飛ばされた小枝が乾いた音を立ててコンクリートの地面を転がっていった。何気なく視線でそれを追っていると、例のじゃんけんパン屋が目に入った。

 ミコの悔しそうな顔が目に浮かぶ。

 またいつか二人で出かけられるようになるのだろうか。

 そう思うと肩を落とさずにはいられなかった。

 また風が吹いて、小枝が鳴る。目を上げると、ちょうど店から出てきた店員さんと目が合った。店員さんはにこりと笑って手を振ってくる。会釈を返してから、それがじゃんけんの強い、いわくつきの店員さんだということに気付いた。

 引き返すのも無礼であるし、そのままパン屋に歩いていく。

「お久しぶりですね」

 店先の簡易ベンチを畳み、花壇を壁際に移動させてつつ店員さんが声を掛けてきた。見ると、店の中のパンはあらかた売られており、普段厨房でパンを焼いている婦人もエプロンを外している。

「店仕舞いですか?」

「あ、パン買いたかったですか?」

 しまった、というように店員さんが拳を胸にあてた。

「いえ、そういうわけでは」

「あの、よかったら私がお昼に残していたパンがあるんですけど、一緒に食べませんか?」

 なぜそうなる、と返事に渋っていると店員さんは了承と受け取ってしまったのか、オープンと書かれた看板を軽快に反転させてから待っててくださいね、と店の中に入っていった。

 クローズに変わった看板が風に吹かれカランカランと寂しく鳴いていた。


 十戦十敗。

 公園についてから店員さんとじゃんけんをしてみた。結果は前述の通り。何この人、強すぎないか。

「修行してきましたからね、えっへん」

と誇らしげに店員さんは胸を張った。

 ……今僕口に出していたっけ。

 パン屋から五分ほどの距離にある児童公園に僕らはいた。休日の昼下がり、麗らかと言うには些か気温が高いがそれでもいい天気には違いない。夏も後半に差し掛かったというのに太陽は今日も元気に照りつけ、それを受けて子供もまた元気に走り回っている。

 十歳にならないくらいの子供だろうか。

 備え付けの水道を逆噴射させて遊んだり、アスレチックの上から自慢の水鉄砲で他の友達を狙い撃ちしていたりとやんちゃがそのまま人の形になったかのように、縦横無尽に公園を楽しんでいた。

 そんな風景を一望できる位置にあるベンチで、僕と店員さんはパンを広げて座っている。どれもいつかのじゃんけんパンだった。

「それじゃあ、全敗なので合計二四六〇円になりますー」

 営業スマイルで店員さんが言う。

 てっきりサービスだと……。

「冗談ですよ」

 店員さんは人差し指を口に当て片目を瞑ってみせた。

「サービスです」

 さっきからどうも調子がおかしい。

 以前湧いた疑念が蘇ってくる。

 この人やっぱり、只者ではないのではないだろうか。

 夏空のようなブルーのロングスカートに眩しい真っ白のポロシャツ。エプロンを外しただけの服装だが、普段そのふりふりのエプロン姿しか見ていないので印象ががらりと変わる。家庭的女子から海辺の似合う美人系お姉さんという雰囲気。

 バンダナを解かれ、肩のところまで降ろされた髪は軽やかな甘栗色をしていて緩くカールがかかっている。同い年くらいだろう。終始ニコニコとしていて、どこか既視感を覚える顔立ちだった。

「失礼ですが、いくつですか?」

 言ってから、女性にする最初の質問としてはけた違いに失礼だなと思った。

「今年で二十四です」

 店員さんはそれほど気にしていない様子だった。おおらかな性格らしい。しかも歳が近かった。

「ところで、今日も彼女さんは一緒じゃないんですか?」

 きょろきょろと辺りを見回すように首を回して、それからにこりと笑いかける。この人、前も同じようなことを聞いてきたな。そんなに親しく見えるのだろうか。

 柄にもなく、気を抜くとにやけてしまいそうになる。

「彼女とは違いますよ。家に居候しているだけで―――」

 まだ、と付け加えそうになった。

 考えてみれば、ずっと自分の中だけのこととして悩んでいた。店員さんに言われて初めて、その次の段階があることを思い出した。

 僕が彼女に好意を持っていることを明かしたとして、僕とミコの関係は以前と変わらないままでいられるのだろうか。今の楽しい時間がずっと続けばいい、ずっと一緒に居られればいいと常々思っていた。その延長線上、もしくは原点として発覚した思いだ。一緒に居たいから好きだ。好きだから一緒に居たい。俗にいうお付き合いという関係を求めなくてもいい気はしている。そもそも妖怪と人間だ。世間一般の常識が当てはまるとも思えない。

 どっちにしろ相手は読心術の持ち主だ。改まって明かしたところで何を今更と一蹴される可能性だってある。

 だったら今までどおりでいいだろう。皆がいる中で同じように彼女と接していけばいい。

 けれども。

 心のどこかでは、そういう特別な関係を望んでいる僕がいること。ひっそりとこちらを窺っては決してばれない様にこそこそと隠れている。そしてそれに気づいている僕もいる。

 今のままでいいというのは、気恥ずかしさや僕を取り巻く諸々に対する建前だ。

 多分、物陰に隠れている僕が、遠い昔に捨てたはずの僕が本心だ。

 考えもしなかったことだが、考える間もなく答えは決まっていたようだ。

 建前は嫌いだろう? なら、本心を明かしていくべきだ。

 隠れていた僕に手を差し伸べるつもりで、最後の言葉をつづけた。

「―――まだ」

「じゃあ片思い中ですか!」

 店員さんはわーっと囃すように声をあげると、不意に視線を地面に落とした。

「……じゃあ、早くした方がいいですよ」

「早くって?」

「告白」

 心臓がどくんと高鳴る。何か言おうとする前に、店員さんが続けてしまった。

 その店員さんの言葉が、さらに僕を沈黙させた。

「あの人はもう、相当力を失っている。早くしないと、本当に手遅れになる」

 手遅れ。

 件の青白いあの光が目前で瞬いたような気がした。

 体も残らない、完全なる消失。ミコは自然に戻るのだと言った。

「人間界に住み続けた妖怪は徐々に妖力を失っていきます。そして、代わりに人間界の色を濃くしていきます。妹から聞いて、篝さんが誰も使役していないことは知りました。だったら尚更、彼女と契約してあげないと……」

 店員さんが心配そうな目でこちらを見た。

「店員さんは……何者なんですか?」

 妖怪のことを知っている。

 妖怪のことが見えている。

 この二つだけで何となく察しはつく。

 陰陽師だろう、と当りをつけた僕のさらに斜め上を行く解答が、彼女の口から発せられた。

「あ、自己紹介まだでしたね」はにかみながら店員さんが人差し指を口元に持っていく。秘密を明かすような、例の仕草。「私、宮野(みやの)明音(あかね)といいます。よろしく、篝さん」


段々あらすじ適当になってきてんな。またサブタイトルとかつけたいけど30個も思い浮かびませんよプンスコ


書きための方はもうすぐ完結しそうです。やっぱし30は超えそう。今後ともご贔屓に! お楽しみください! ではまた明日!

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