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篝火 ―夏―  作者: 日笠彰
20/29

篝火 夏 -20-

前回のあらすじ

件の見せた、幻想的な儀式。時の輪廻をさかのぼれる件が告げる未来。そして明かされた彼女たちの秘密


今宵、千歳は妖怪の原点を知る。

 漣も、風の音も、全てが夜の闇に溶けていく。この古い日本家屋が丸ごと優しく包んだように、全てから音が消えた気がした。

 あるのは僕と彼女だけ。

 ゆっくりとミコは語りだした。

「水が深くなれば魚が生まれ、森が深くなれば鳥が生じる。森羅万象には力があっての、物の気が集まるところにはそうして物の怪が生まれてきた」

「物の気?」

「人の思い、事象の思い、現象の総称。信仰には力が備わっておる。神は崇められてこそ力を増す。逆に人々から忘れられれば、力を失いやがて存在すらも胡乱に消えてしまう。

 うちらも……、妖怪も同じ。

 垂れ柳が霊に見える。子供が溺れる川には河童が住んでいる。幸福な屋敷には座敷童が住み着いている。それらすべては、人の子が道理から外れた不可思議な事象を理解するための手段。新しいものを生み出して、それまで分からなかったことを分かろうとした。

 最初はただの概念。

 地震でもないのに家が揺れるのは家鳴りのせい。

 いつの間にかできる天井の染みは天井舐めのせい。

 山で化かされるのは狐がおるから。

 どれも、今では科学とやらが解明してくれるのじゃろう? でも昔は違っておった。分からないことは怖いこと。だから人の子はそれらを分かろうと妖怪を生み出した。特に何もなかったところに、特別な何かあると考えた。

 神も、妖怪も、幽霊も。みな最初はただの自然。

 でもそこに人の思いが集まる。信仰し、崇め、奉り、恐れる。そういった思いは全てが力を持つ。人々が口にすれば、言霊が自然に集まる。そうして物の気が集まって、ただの理由やこじつけが、命を持った物の怪となる。

 主?

 うちらは主の嫌う人の気持ちから生まれ生じた存在なのじゃよ。

 主は人間と違うからと妖怪を好いたかもしれぬが、うちと人間とは表裏のような存在なのじゃよ。

 主の毛嫌いする、人間と同じなんじゃよ」

 腕の中のミコの声がか細くなる。

 今にも消え入りそうな儚い声。

 それが、ずっと彼女たちが恐れていたこと。

「生まれたばかりの頃。実体化した妖怪達は、人間が考えていたのと同じように行動した。思いに応えることを生きがいとした。じゃがの、空想が理論となり、概念が実体となった途端人間はうちらを忌諱しはじめた。

 うちら妖怪が生まれたことで、分からないこと不思議なことが対処できるようになってしまった。原因として取り除けるようになってしまった。自分達が作り出した物なのに、それを消そうとした。陰陽師は、その名残じゃろうね。

 生まれ落ちて、行き場を失った妖怪は自分達だけの世界を求めた。

 遠い昔から信仰のあった神々はもう一つの世界を作れるだけの力を持っておった。そうして、同じような生まれである妖怪達を憐み、うちらだけの世界―――妖界を与えてくれた。

 妖怪達はこぞって世界を移った。虐げられるために生まれたようなうちらにとってそこは安住の地じゃった。

 しかしの。

 人間から生まれた限り、人間との関係を絶つわけにはいかなかった。

 妖力は妖界にいることで賄える。向こうは神が妖怪のために作り、そして妖力によって維持される世界じゃからの。

 ただ思いの力はどうにもならぬ。

 主?

 うちらはの、人に忘れられたら死んでしまうのじゃ。

 思いの力が消えたとき、誰からも忘れ去られてしまったとき、うちらの存在もまた消えてしまうのじゃ」

 以前、足長に言ったことを思い出した。

 そんなんだと忘れられてしまうぞ、と僕は何気なく口に出した。ほんとうに何気なく、その言葉がどんな意味を持つかも想像せずに。

 その時の彼らの強張りの理由がやっと分かった。

 重大なことだったのだ。彼らにとって、自らの存在を左右するほどに。

 そうとも知らずに僕は簡単に言ってのけた。言ってしまっていた。対等だとか理解したいだとか守りたいだとか思っておいて、知らず知らずのうちに彼らを傷つけていたのだ。

 深い罪悪感が胸に立ち込める。

 無知は罪だ。

 知らなければいけなかったのだ。

「もう少し、話してくれるか?」

「主……」

「僕がミコ達と付き合うためには、今このままじゃだめだと思った」

「それは」

「最初は確かに、ミコ達が思うように、人間じゃないから妖怪と付き合っていたかもしれない。消極的で妥協的で惰性に。でも今は違う。お前らだからなんだ。お前らみたいに楽しい奴らだから、一緒にいるんだ―――」

 大きく深呼吸する。彼女の暖かな香りが胸いっぱいに広がる。

「―――ミコ達が、いいんだよ」

 ため込んでいたものを一気に吐き出すかのように、彼女が慟哭する。

 背中をさすってやる度に彼女はしゃくりを上げて僕に泣きついてくる。

「忘れられなきゃいいんだろう? 安心しろ。僕が生きている限り、お前達のことは絶対に忘れない。僕が思い続けてやる」

 初めて、本当に彼らに近づけたような気がした。

 不時着を繰り返して何とか落ち着かせた気持ち。一緒にいたい。彼らと楽しく過ごしたい。対等に、正直に、仲良くやりたい。

 好きになりたい。

 漠然としていた思いが理由を伴ってすとんと落ちてくる。

 僕にもちゃんとある。千葉に負けない、しっかりとした思いが。

「主には、他の者よりも、影響力がある」

「影響力?」

 未だ涙声だが、ミコはさらに伝えようとしてくれる。

「主の思いの力は、他の者よりも大きい。だから皆、ここに集まるのじゃ。他に行かなくてもいいように」

「それは少し……いや結構嬉しいかもな。ああ、だから相談役的なことをやらされていたのか」

「……件」

 子供のように泣いていたミコがはっと気づいたような声を上げる。

「件がどうした?」

「主は、件の寿命が短いことを知っておるな?」

 僕を抱擁していたミコの腕が離れる。それに従い、僕も彼女から手を離した。ミコが涙をぬぐう。その顔はもう真剣そのものだった。

「主なら、分かってくれると思っておる。最期の望みじゃった。じゃがの、あやつも覚悟はしておる」

「どういう―――」

 その時、沈痛な叫び声が聞こえ僕の声をかき消したような気がした。それは耳というよりも頭の内部からガンガンと響くように伝わってきて、一足遅れてその叫びが音ではなく、直接脳内に送られた情報だと悟った。

 きっと枯葉だ。

 枯葉と話しているときも、こうやって枯葉の意思が何となく伝わってきてコミュニケーションをとることができていた。顔も見えないほどに離れている状態で枯葉の言葉を感じたことはない。でも、この頭の中をつんざくような悲壮な叫びはきっと枯葉のものだ。そう断言できる。

 ふと顔を上げる。

 ミコは目を伏せていた。

「どうしようも、もう、なかったのじゃ」

 彼女の瞳から一滴、床に落ちて消えていくものがあった。


妖怪の発生については私の勝手な解釈であり文献や資料に乗っ取った物ではありません。が、不思議なことは妖怪のせいが私とこの物語の共通見解です


卵が先か鶏が先かのような話かもしれません。個人的には、最初の一匹、河童くらいは実在したんだろうなと思っています。で、あとの百鬼夜行とかは全て空想とか妄想の産物。でもその想像が見えないものを見えるようにし、ないものを生み出したんだと思います。


全ては人の力、人の心の賜物ってやつです。目の錯覚? そう。いるかもしれないしいないかもしれない。そんな奴らだと思うのです。信じるか信じないかは、あなた次第……なんてね

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