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篝火 ―夏―  作者: 日笠彰
19/29

篝火 夏 -19-

前回のあらすじ

久方ぶりn回目、千歳宅でのどんちゃん騒ぎオールスターver



―――そして物語は加速し始める

 ぽうっ、と件の角が仄かに光りだす。内側に蛍でも飼っているかのような、淡い、青白い光。両手を左右に広げ親指と人差し指をそれぞれくっつけて輪を作っている。両手を目の前で交差させるように動かすと、指の軌跡が光となって現れ、そしてすぐに消えた。

 指の形を崩し、今度は指先で大きな円を描くように手を回し続ける。一瞬しか残らない軌跡も絶えず指が通ればそこに丸い形を成す。

 件を包む青白い光が部屋をうっすらと照らしだす。ほの暗い明かりに浮かび上がる件の真っ赤なドレス。それはまるで、自分の存在を誇示しているかのようでもあった。

 件の口が小刻みに震えていた。

「円は輪廻じゃ」

 ミコが小さな声で耳打ちをした。

「過去、現在、未来。全てを繋ぐ件の円。時間は連続しておる。そして何度も何度も繰り返す。決して途切れない永遠の流れ。あやつはその流れを掴みとって、現在から未来へ時の流れを下る。そうして未来を拝見するのじゃ」

 時間の流れ。絶えることのない普遍の法則。

 それを自由に見ることができるというのはどういう気持ちなのだろう。

 彼らと一緒にいて一つ学んだことは、他と抜きんでていることは必ずしも幸せにはつながらないということだ。他者から見て良いと思えることも、本人にとっては悪いこともある。手前勝手な考えは迷惑なだけだ。

 今は単に、肺腑を衝く目の前の光景に感嘆の息を漏らすだけに留めておく。

 感動を覚えるくらいには、件は美しかった。

 ふう、と件が息を吐き手の運動を止める。光の輪は空に霧散し、消えていた部屋の電気も明かりを取り戻した。

「大人数は疲れますわね」

「えっ、今のでここの全員を占ったのか?」

「そうよ」

 揚々として件が鼻を高くする。

「でも僕たちはここでぽかんと座っていただけだぞ」

「言ったでしょう? 形式的なものだと。ワタクシ達妖怪は概念的なこと、形式的なことを重要視するのですわ。そんなことも分からないの? ワタクシの下僕は」

「下僕になったつもりはない」

 それにしてもあの短時間で全員分を占うとは。件の能力に思わず舌を巻く。ところで、駅前で占いまがいのことをしていたときにはこんな儀式めいたことはやっていなかったように思える。

 こいつ、適当なことを口にしていたな。

「見てくれだけが整っていればあとはどうでもいいのですわ」

「やはりお前らは適当だな」

「何か言いたげじゃのう?」

 ミコが半目でこちらを睨んでくる。不覚にもドキッとした。落ち着け僕、平常心、平常心。

「件、僕将来どうなるの?」

「教えてください、件さん」

 子供妖怪達が興味津々に件に寄る。それを優しい笑顔で迎えながら、件は言った。

「座敷童はたくさんの家を幸せにするでしょう。そのうち、大好きな人間が見つかりましてよ?」

「兄ちゃんだ!」

 ストレートな告白に思わず赤面する。

「かのような人間は駄目ですわよ。人を選びなさい、座敷童」

「どういう意味だ」

「千歳さんは今で十分幸せですよねぇ~」

「座敷童がいなくても先輩は自分が守るっす」

「どちらかと言えば確かな妖力にあやかりたいものだ」

「私は?」

 雪ん子が小首を傾げた。

「お前は将来立派な雪女になって、たくさんの男を骨抜きにするわ。ユキに負けないくらい美人さんになりましてよ?」

 雪ん子は静かにガッツポーズした。

 あの儚げで可憐な雪ん子がユキ見たくなってしまうのか。どうにか早期教育の段階で品行方正な淑女に仕立て上げなければ。ユキを横目で盗み見ながらそう決意した。

「ロリコン」

 読心されていたのか、ミコが肘で小突いてくる。

「うるさい」

「さて」

 と件が柏手を打つ。

「ここであなた達の未来を言ってもいいのだけれど、他の者に聞かれるのは嫌でなくて? もしそうなら、個々で伝えてあげましてよ?」

「いや、俺らは別にここでいいぜ~。どうせ他に知られて困る未来なんてもっちゃいねえからな」

「私は! 私はいったい何人の子宝に恵まれて死ぬというの!」

「私の恋もお願いしますぅ~」

「自分はいつ先輩のような立派な男になれるっすか! ……いや、言わなくていいっす! 道は自分で切り開くっす!」

「……今後の売れ筋」

 各々が思い思いの願望を言いあう中、ミコが僕の手を取って立ち上がった。

 その顔は、どこか重々しくて影が差している。

「主よ、少しいいかや?」

「ん? まあ大丈夫だが」

 他者の未来を盗み聞くほど無粋ではない。本人が気にしないと言っても僕が気にする。素直にミコにつき従い席を外した。

 縁側を抜ける間際、端っこにいた枯葉が悲痛な表情を浮かべていた。件が如く、未来を知っているかのように。


 廊下はひんやりとしている。三日月が空にかかり、夜空がしょんぼりと口をひしゃげているようにも見える。居間の喧騒は遠くに離れ、同じような音量で漣が届いている。湿気を含んだ床板が、踏みつける度に足にしっとりと吸い付いた。

 件の妖力にあてられたのか庭はやけに静かだった。いつもなら今頃大合奏に興じている虫の声も今夜は闇に潜んでしまっている。

 僕の部屋の前まで来て、ミコは立ち止まった。

「件が来た理由は、知っておるかや?」

 おもむろに、ミコが口を開いた。彼女はこっちを振り返らない。

「相も変わらずの相談役だろ? 慣れてきたとはいえ、あいつらは千差万別だよ。やっぱ慣れない」

「……うちから話すしかないの」

「……大事なことか?」

「とっても、大事じゃ」

 ミコがぎゅっと、拳を握った。そんな彼女の姿が妙に心に突き刺さった。

 だからその時取った行動に、明確な理由はなかった。

 寂しそうだから、とかそうしてあげたいと思ったから、なんていう曖昧で胡乱な考えしか頭になかった。それでも、体は勝手に動いていた。

 気がつくと、僕はミコを後ろから抱きしめていた。

 心臓の鼓動が早い。どくどくと内側から打ち付ける振動は、きっと彼女にも伝わってしまっている。

「主は優しいの」

「どうだかな」

「前に、言ったことがあったの。うちらは主に嫌われとうない、と」

「聞いた。で、嫌うわけがないって言った?」

「断言はしとらんかったよ」

「今ならできるけどな」

「くくっ」

 ミコが笑う。だけどその笑い声は、無理やり作り出した物のように思えた。

「……白露に聞いたのじゃろ? うちらは妖界と人間界、二つの世界で生きるための栄養を、力を蓄えておる。一つは妖力。そしてもう一つが、思いの力じゃ」

「思いの力?」

「……のう、主? うちは今から怖いことを言うぞ。怖くて怖くて、震えそうなんじゃ。主がうちらのことを嫌うかもしれないと思うと、駄目じゃ。変なんじゃ。胸の奥がぎゅっと詰まって泣きそうになるんじゃ」

 ミコの声が震えている。抱きしめてままの肩も、腕も、自慢の尻尾も、体全体が崩れ落ちそうなほどに弱々しかった。

「嫌いになるはずないだろ? そりゃ、ちょっとは驚くかもしれないが」

「……信じて、いいのかや?」

 ミコが頭だけをこちらに向ける。

 深い緋色の瞳が涙で濡れている。いつもは元気すぎるくらいの耳が(こうべ)を垂れている。

 湖面を覗いているかのようだった。燃えるような、冷たいような、どこまでも深く沈んでいく赤に染まった大きな瞳。目にいっぱいの涙を溜めて、唇を震わせて、必死に泣きだそうとするのを堪えている。

 彼女がいつになく小さく思えた。

 対等でいたいなんて偉そうに言っておきながら、いつだって男は本能に逆らえない。

 彼女を守りたい。そう思ってしまうのだ。

 彼女を襲う恐怖から、彼女を苦しめる痛みから、彼女に敵対する全てから。この身を盾にしてでも、一緒にいたい。

 ただ、ずっと一緒に、そばにいてほしい。

 そう願った。

 ミコの両肩に手をかけ、向かい合わせになる。

 彼女の両目が一瞬大きく見開かれた。

 一思いに体を寄せる。彼女の耳と尻尾がぴくりと躍動する。そのまま―――僕は彼女を力強く抱きしめた。

「話してくれ。ミコが抱えている、なにもかも」

 ミコの手がそっと僕の背中に回る。二人の距離がゼロに近づく。

 そして彼女は、僕の耳元で小さく囁いた。

「うちらはの、人間から生まれた存在なんじゃ」


少し急展開かも知れません。もうワンクッション入れてもいいかなとは思ったのですが、蛇足感は否めませんでした。筆力不足です。

あと七話もあれば終わる気がしています。構成はできてる。行き当たりばったりなんかじゃないんだからねっ!


そういうわけで、もうしばらくお付き合いください。

いつも読んでくれてありがとうございます! 感想要望お待ちしておりますっ!

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