篝火 夏 -18-
前回のあらすじ
相対する、陰陽師と千歳。違う面から妖怪に深く関わり合う二人の間に、ある密約が交わされる。
おわび
昨夜更新を怠ってしまい申し訳ございませんでした(ぺこり)
誰かを好きになるということがこんなに大変だとは思わなかった。あるいは知っていたのかもしれない。その上で、見えないふりをしていた。
誰かを好きになるということは、その人の全てを受け入れて、自分の全てをその人に投げ出すことだ。人間の裏に嫌悪感を抱き、誰も信用できないような僕が持っていていい感情ではない。だから捨てたのだ。捨てたはずだった。
自分だけのことを考えるならどうとだって立ち回れる。けれど守るものができてしまったのなら状況は変わってくる。ひらりひらりと避けていただけじゃ、後ろの彼女達に矢が刺さる。身を持って止めるくらいの気持ちがなければ誰かを好きにはなってはいけない。
自分が傷つくことも恐れずに。
―――お互い信頼し合っている限りは。
千葉と交わした密約だ。
どちらかが言葉に出したわけでは無い。
でもそれは、僕が一等嫌う裏の工作に手を出したということ。
水面下の駆け引き、腹の探り合い。
あの場で正々堂々口に出せていたらどれだけよかったことか。自分を偽るのは気持ちのいいものではない。
だけど逃げているだけではもう駄目なのだ。
「好きって思ってしまったのだしな」
どんちゃん騒ぎが外に漏れ、夜風に乗って遠くへと運ばれる。
家の外からでも分かる中のお祭り具合。件がいるせいで変な風に盛り上がっているのだろうか。あの性格、塗壁あたりとならいいコンビかもしれない。塗壁がもっと卑屈になってしまうが。
海の方へと抜ける風が頬を撫ぜた。今宵も健やかである。
騒ぎに乗じて気がまぎれることを期待した。最近ミコと会うのが億劫だ。原因は言わずもがな、密かに思っていることを読心された日には家出をする所存すらある。前回は奇跡的に読まれずにすんだが今日もうまくいくとは限らない。何も考えないのが一番。コロッセオの中身は空っぽにしておくのだ。
「ただいま」
玄関の扉を開ける。
「あっ! お帰り兄ちゃん!」
「千歳兄さん、お帰りなさい」
珍しく子供妖怪が来ていた。座敷童と雪ん子が玄関口まで僕を出迎えてくれる。
「久しぶりだな」
「うん! 久しぶり!」
「ご無沙汰しています」
座敷童の方はともかくとして、雪ん子はてっきり夏の間は顔を出せないものだと思っていた。
そう聞くと
「ユキさんが一緒にいてくれます」
「一緒に遊べるから嬉しいんだ!」
とのこと。ユキが一肌脱いで冷気をガンガンに放出しているのだろう。居間の方から冷たい空気が流れてきている。さすが天然のエアコン。おかげで子供妖怪のテンションも最高潮だ。
「そういえば客が来ていなかったか?」
「奥に」
「件!」
雪ん子が指差し、座敷童が飛び跳ねる。子供は純真で元気いっぱいだ。宮野もこうであったら少しは好ましかったのに。
靴を脱いで居間に上がると、いつもの面子が勢ぞろいしていた。
「遅いぜ、千歳」
「もう、待ちくたびれちゃったよー! さあおいで子供達! 早くしないと私怖くてここにいられない……」
芙蓉が震えながら横目で白露を見る。枯葉と白露は二人で機械を弄っていた。
「先輩! お帰りなさいっす」
「犬神か。件は?」
「奥で姐さんと話しているっす」
犬神が個室の方に目を向ける。すると、鬼の親父さんが僕の手を引いて隣に座らした。
「なんでも件を口説き落としたらしいじゃねえか。えっ? お前も隅に置けねえなあ。ほら飲めよ!」
「ええっ! 千歳さん浮気ですかぁ~! 駄目って言ったじゃないですかぁ!」
天然のエアコン、もといユキがぴとっと肌をくっつけてくる。冷たい、というか凍る。
「何の話だ。僕はただ陰陽師から逃がしただけだぞ」
「その割にはあの高飛車な嬢ちゃんいたくお前のことを気に入っていたぜ?」
「ジゴロですぅ~! やっぱり千歳さんは悩殺流し目の持ち主なんですぅ~!」
鬼の親父に酒を飲まされ、ユキにはひっつかれで大変なことなっている。助けを求めるべく犬神に話を振った。
「犬神! 塗壁はどうしてる」
「庭で穴を掘ってるっす」
「件といいコンビだと思ったんだが。その、需要と供給的な意味で」
「本末、転倒」
縁側の近くで寝そべっている白露が口を挟む。そんなこと分かってはいるが、それで話を終わらせないでくれ。
「にしても悪かったなあ、千歳! ちょっとした手違いで件と入れ違いになっちまってよ! おっと、洒落じゃないぜ?」
鬼の親父さんはかなり酔っぱらっている。性質が悪いので無理やり引き離しミコの所へ向かおうとした。
「あ、駄目!」
子供妖怪を両手に抱えている芙蓉が僕を呼び留める。
「ミコんところ行くつもりでしょ? 今はダメ。待ってて」
「なんで?」
「女には女の支度があるの!」
「ああっ! それって結婚ですか? 結納ですか? お色直しですかぁ!?」
「そう。千歳があまりにも流し目だから件も、ね? あの子はハイソな家柄だからそういうことには厳格だし、不慣れなのよ。かわいそうにねえ」
「なぜこっちを見る」
「千歳さん~~」
ユキが泣きながら縋ってくる。
「どうしても、どうしても側室が欲しいというのならぁ、私を娶ってくださいぃ~。愛人でもいいです体だけの関係でもいいですむしろウェルカムなんですぅ~」
「お前は諦めたんじゃないのか……」
「女ったらし!」
「女の敵、です」
「芙蓉! 子供に変な言葉を教えるな」
「変じゃないもん。ねー?」
ねー、と子供達が答える。駄目だ。変態の側に置いていたのでは彼らの真っ白な心が腐ってしまう。教育によくない。
「雪ん子、座敷童。こっちにこい」
「ロリコンっ!」と芙蓉が煽る。
「千歳さん~!」とユキが泣きつく。
「見境ない奴だ」と鬼の親父さんが呆れながら酒を煽った。
「大丈夫っす、自分はいつまでも先輩の味方っすから!」
「変な勘違いをするな。それと芙蓉、お前だけには言われたくない」
「私は淑女の皮を被った変態だから」
「逆だろ……」
いつも通りの無駄騒ぎ。期待以上で疲れる。小さくため息をついて縁側に座ると白露がけしっ、と僕の背中を軽く蹴った。
「……犯罪」
「そんな趣味はさらさらない」
分かってますよーと言う風に枯葉が微笑んでくれる。本当、理解者は枯葉だけだよ、全く。そう思っていると枯葉が顔を赤くして、それに気づいた白露がまた蹴りを入れてきた。
「……認めない」
「違うって」
分かってましたよーと言う風に枯葉が笑った。
酒をちびちびとやりながら皆と話していると、奥からミコと件が帰ってきた。無論、件は昼間と同じ格好である。
「ふん、こんな泥沼と変わらないようなところに招待するなんて、相談役も聞いてあきれるわね」
開口一番、高慢な態度が鼻につく。
「滅すぞ」
「落ち着け主。これでも向こうでは実力者ぞ?」
「ここは人間界で僕の家、いや僕の城だ。ここの王は僕だ」
「主も大概横柄よの」
「あなたが王? 気品に欠けるんじゃないの?」
こいつだけには言われたくない。思うに、来ている服の色が悪いのではないだろうか。闘牛は赤色のマントを見て荒ぶるという。こいつも真っ赤なドレスに身を包んでいるからそれが絶えず目に入って頭に血が昇ってしまうのだろう。でなきゃお嬢様のくせして腕白すぎる。
「件っー!」
「件さんっ」
幼気な子供妖怪達が不用意に傲慢令嬢に駆け寄る。危ない! まだ幼い彼らに件のきつい言葉は耐えられないはずだ。
と思い二人を止めようとしたのだが、逆にミコに制された。
「大丈夫じゃ、見ておれ」
「大丈夫って……あっ」
「また占って!」
「お願いします」
「よしよし、そこにお座り。ワタクシが占ってあげますわね?」
見ると件は子供妖怪達を優しく受け止め、あまつさえ二人の頭を撫でてやっていた。
「ああ見えて面倒見のいいやつじゃ。伊達に妖界を肩で歩いているわけではない」
「結構人気があるからね、件。人望ってやつ?」
芙蓉が言う。
「牛望だな」
「下僕! 聞こえていましてよ!」
こちらに文句を言いながらも、件は子供妖怪達を連れて居間の空いているスペースに陣を取る。その様子を僕たちはちゃぶ台を挟んで静かに様子を見守っていた。
「子供達取られちゃった……犬神! 私を癒して!」
「うわっ! ちょ、やめ! わっー!」
一部変態を除く。
「そこに正座しなさい。あ、楽な姿勢でもいいわよ。正座は形式的なものなのだから」
「正座するっー!」
「ちゃんとします」
「うん、いい子いい子」
件が破顔する。あんな風にも笑えるとは思わなかった。案外いいやつである。
「子供には甘いんだな」
隣に座るミコに耳打ちする。
「分け隔てなく接する方じゃと思うがの」
「今まさに下僕とか言われていたんだが」
「気のせいじゃ」
「適当すぎだろ」
子供妖怪達を座らせた件が、二人の前に腰を下ろす。雪ん子達がこちらに背を向けているので、件はちょうど僕達と向かい合う位置にいた。
スカートの裾がふわりと膨らんだ。まるで足が短くなっていったかのような、静かな動きだった。
件が目を閉じる。
占って、と座敷童は言った。件は予言の妖怪だという。されば、これから始まるのは件の未来予知といったところか。こういう不可思議な彼らの技を見るのは久しぶりで少し緊張する。
不意に、今の電球が明滅した。
僕は密かに春の花見を思い出していた。
続けてもういっちょ!
書きためもうないよ! 今夜書くよ! 明日卒業式だよ!
……やべぇ




