篝火 夏 -17-
前回のあらすじ
自分の新たな一面に頭を悩ます千歳。しかし妖怪達は彼に考える時間すら与えません。新たな相談者の登場にひと波乱の予感
人と向き合う17話
旧幕張町からでは車と徒歩でしか行けないが、新都心にも駅はある。旧幕張町にだって駅は在り東京に行くには意外と便利な田舎町ではあるのだが、新都心の駅とは路線が違うためになにぶん相性が悪い。バス、あるいは自転車で事足りてしまうために全く不便には感じないが。
僕の会社がある区画よりも駅前はさらに商業に特化した繁華街だ。映画館にショッピングモール、遠くの町から足を運ぶ人がいるほどのアウトレットまであり若者たちの聖地となっている。
会社付近は利用者の年齢層からお堅くて高級な店が立ち並ぶが、こちらはターゲットの年齢層もぐっと下がる。学生やそれに近い社会人向けのお洒落でカジュアルな店が展開し、すれ違う人々の顔もどこか子供っぽい。
街の建設時からそうなるよう構想があったのだろう。新都心の中心部にふさわしく、数多くのモニュメントがそこらに林立していた。小学生でも作れそうな太い棒を捻じっただけのような置物や、大きな玉子が地面の上に設置されていて一見お洒落な街に見える。でもよく考えてほしい。あのオブジェ、本当に芸術的なの? 芸術家の感性と言うやつはいつだって分からない。
駅前にはちょっとした人だかりができていた。
喧騒や黄色い声に混じり、聞くからに高飛車な笑い声が届いてくる。
「地を這いずるしか能のない愚民共! 虫けらのようなあなた達にこのワタクシが天啓を授けてあげるわ。あなた達の生涯に一度訪れるか訪れないかの貴重な出来事ですのよ? そのなけなしの運全てをつぎ込んでワタクシに跪きなさいな!」
「あの高貴で上から目線の高飛車な口調! 先輩、件っす!」
「なんとなくいけ好かない奴だとは分かった」
「やっぱり怒っているっす……」
どちらにせよ件を放置しているわけにはいかない。高飛車なお嬢様にお灸をすえるべし。
件のいる中心へ、人込みを押し分けて進む。
「あなたっ! 今すぐ引っ越しなさい! さもないと大変な目に遭うわよ! 何? ワタクシの言うことが聞けないの? 千載一遇のチャンスを捨てるのね。さすが虫けら並みの脳みそしか持たないゴミだわ。事の優劣も判別できないなんて」
カルビカルビカルビカルビ。
先ほどのOLも件を見にやってきていた。周りの連中もこれをイベントと思っているらしい。ある意味好都合だ。
さあて、どう件を料理してやろうか。人を掻き分け一番前に躍り出る。パッと目の前が開けた。
薔薇のように赤いドレスに身を包み、血のように紅のハイヒールが跪いている男の頭を踏んでいる。アンクル丈の真っ赤なドレスは胸元が大きく開いており、溢れそうな巨乳が多くの男性陣の目をくぎ付けにしている。
「そっちかよ!」
脳内を埋め尽くしていた焼き肉の願望が砂上の楼閣よろしく消え去っていき、僕は悲痛な叫びをあげた。
件のイメージは一般的には牛の体に人の顔というスタイルであるが、その逆、いわゆるミノタウルススタイルも言い伝えられてはいる。そして目の前で男の頭を踏んづけている件は悲しいかな、ミノタウルス型だった。
僕の声に反応したのか、エレガントなドレスに身を包んだ牛頭がこちらを向く。茶色のメス牛。角の部分に薔薇のコサージュを付けて、生意気にも化粧を施している。これではタンくらいしか食べられそうにない。
「あなた!」
件が大声を上げる。
「あなたが篝千歳ね! このワタクシを待たせるなんて虫けらの分際で笑止千万。さあこちらに跪きなさい。ワタクシの下僕にしてあげましてよ」
一々癇に障る言い方だが今は事態の収拾が先決。打ち合わせ通り犬神に合図を送ると、帽子とスタジャンでスタッフっぽく扮装した犬神が聴衆に呼びかける。
「えーこれにて『奥様は占い師』のプロモーションイベントは終了です。ご協力ありがとうございました」
嘘はついていない。件が人妻かどうかは知らないが。
犬神がすっ、と頭を下げると観衆たちはわらわらと散っていった。皆本当にイベントだと思っていたらしい。何人かは後ろ髪が引かれたのか写メを取っていくものもいたが、ほどなくして件を取り巻いていた人だかりはきれいさっぱりなくなった。
後に残ったのは僕と犬神、そして食肉。
「さあて、バーベキューに招待してやるよ件」
「ふん、歓迎パーティーなんて下僕の癖に気の利いたことをやるじゃない。いいわ、行ってあげる。喜びなさい」
捕獲はあっさり完了。
道すがら犬神に聞いていたところによると、この牛頭のお嬢様は妖界では割と名高い家柄の出自らしくお嬢様風な口調もキャラ作りではなく生来のものとのこと。だがわざとではないにしろこの上から目線は腹に据えかねる。そういえば以前、ミコも権力者の身内であるというようなことを聞いた。妖界のハイソな住人は全員唯我独尊なのだろうか。やはり修正が必要だ。といっても、食べられそうな部位はやっぱりタンしか見当たらない。
僕が脳内で今夜のバーベキューの段取りを考え直していると、件も僕のことをまじまじと見ていた。穴が開くのではないかと思うほど僕のことを凝視しては、ふーんとか、これが、などそこはかとなく失礼なことを呟いている。
「あなたが最近妖界で噂の相談役なのね?」
「妖界でどういわれているかは知らないが、それまがいのことはやってはいるな」
「いい気にならないことね!」
件が僕に指を突きつける。
「ワタクシの話し相手になるからには、それ相応の心構えや準備が必要よ! お分かり?」
「だからバーベキューパーティーに誘ったのだろう?」
「ふん、心がけだけは認めてあげなくもないわ」
角とか漢方薬屋に売れないだろうか。
とりあえず陰陽師関係の人間に見つかる前に帰るとしよう。犬神の方を振り返ると、被り慣れていない帽子を押さえながらきょろきょろと辺りを気にしていた。彼の鼻先がぴくぴくと跳ねている。
「どうかしたのか?」
「嗅いだことのあるような、ないような……、気になる匂いがして」
「気になる匂い?」
人で入り乱れる駅前。無論、空気の流れも旧幕張町よりは複雑になってくるだろう。近い匂いが撹拌されて薄くなったり、遠い香りが風に漂って流れてくるかもしれない。
普段なら気にも留めずさっさと帰るところだが鬼門のこともある。犬神の鼻を掠めた匂いを確かめることにした。
「それはさっき言っていた瘴気の匂いか?」
「そんな禍々しいものじゃないっす。むしろもっと爽やかな、すぅーとするような感じの。そういえば前姐さんから同じような匂いがしたっすね」
「ミコから?」
「そうっす。鼻の奥が冷たくなるような。あの性悪女狐、犬の鼻がよく利くのを承知で押し付けてきやがって……」
犬神が苦渋を呑んだように顔を顰める。思い出したくない記憶だったらしい。
「ああ、思いだしたっす。これ、薄荷飴の匂いっす」
薄荷の匂い。
嫌な視線を感じて、周囲に目を走らせる。
向かいの交差点、オープンカフェ、コンビニの窓、駅の改札から出てくる人の有象無象。
いた。
群衆の中にくすんだ草黄色のコートが垣間見える。
「犬神! 件を連れて先に戻れ!」
「え、でも先輩は」
「とやかく言うのは後だ。人目につかないところで大犬になって速攻飛んで行け! いいな!」
千葉が近づいてくる。
なるほど、薄荷の匂いは鼻の利く妖怪を誤魔化すためだったのか。変な香水をつけている男くらいにしか考えていなかったがそれでも陰陽師の端くれ。思えば出会った頃から千葉の考えをトレースすることなんてできていなかった。想像以上に油断のならない男だったのかもしれない。
「先輩がそう言うなら。さ、件さん行きましょう」
「嫌よ、走りたくないわ」
お嬢様が駄々を捏ねている。犬神も力づくで行けばいいのに、どうやら相手が高貴な一族なために些か気後れしている様子。それでも僕の言いつけに従おうと板挟みに待っている。
「早くしてください!」
「何よ! 気安く触らないで!」
その間にも千葉は近づいてきていた。
押し問答を見るに見かねて、件に歩み寄った。
「おい、件」
「何かしら?」
牛の流し目。
「これはお前のためでもあるんだ。未来予知が得意なら、どうすれば得策なのか予見してみせろ」
「な、なんなのよ……」
「お嬢様だかなんだか知らんがな、こっちではただの異端者だ。お前がどんなに高貴だからって弾かれるものは弾かれる」
「ワタクシはそんなものに屈するような程度の低いものじゃありませんでしてよ?」
「だったらここに残るといい。そしてそのまま陰陽師に消されてしまえ」
「陰陽師!」
犬神がはっと息をのむ。僕はこくりと頷いた。
「件さん!」
「うるさいわ! これ以上ワタクシにたてつくなら、その陰陽師もろとも滅してあげてもいいのよ?」
件は自覚していないだろう。いや、自覚したうえでのやせ我慢なのかもしれない。件は怯えていた。語調の強まりは恐怖の裏返しだ。犬神でも本格的に感知していない何かの力を、件は明らかに気付いている。それほど件が強い力を持っているということだ。名家の出というのも納得できる。
だからこそ、逃がしてやらなければならない。
こんなところで繋がりを絶ってしまうような、妖怪を守ることができないような人間に、妖怪を好きになる資格があるはずがないのだから。
「お前がどうこうしようと構わない。好きにすればいい。最後の選択はいつだってお前達にある。だけど僕の言うことを聞くなら。聞いてくれるなら。……その時は絶対に守り抜いてみせる」
件の両肩を掴む。瞬間、件の体がびくっと震えた。
「任せて、くれないか?」
僕の言葉に、件が静かに頷いた。
「よし。犬神、あとは任せる」
「はいっす!」
そう言うと、犬神は帽子を件の頭に被せ、手を引いて行った。
彼らが建物の影に消えるのを確認し千葉の方に向き直る。
お互いの声が聞こえるぎりぎりの距離に千葉は立ち、諦念の面持ちでこちらを見つめていた。
そんな千葉に僕はにやりと笑いかける。
「どこから見ていた?」
今さら隠し事が通用するとは思えない。
「私は特に何も。篝さんが若い男女のアベックを見送るところくらいしか」
「大体見ているじゃないか……腹の探り合いは嫌いだ。核心をついてくれて構わない」
「なら」
そう前置きして千葉が一歩前へ出る。僅かに千葉の声が大きくなる。
「我々陰陽師は人間界の秩序を守る立場です。篝さんがどんな人であれ、鬼門を私用し妖怪共をこちらに招き入れているのなら、それを封じなければならない」
「……昔は勝手に入ってきていたが、今はもう招きこんでいるようなものか。けどこれだけは断言するよ。決して悪用しているわけじゃない。奴らも生きるために必死だ。それに、人間には迷惑のかからないようにやっている」
自分で言っていて苦しい言い訳だなと思った。
向こうは理念と信念で動いている。こちらにそれがないわけではないが、向こうの方が正当性では断然上なのだ。言いくるめてどうこうできるとは思っていない。それに騙すつもりは毛頭に無い。
ただ、守りたい。
子供の駄々みたいだ。
それでも、貫き通すしかない。
「分かってくれとは言わないけれど、見逃してもらえないだろうか」
「そうですね、分かりました」
「ああ。……え?」
千葉はあっさりと承諾し僕に背を向けた。
「おい!」
僕の呼びかけに千葉は顔だけを動かし横目でこちらを見据えていた。その目に有無を言わさぬ迫力を感じた。
こちらが望んだことだ。千葉がそれを飲んだ理由について追及する意味はない。けれど聞かずにはいられなかった。
「そんな簡単に決めて―――」
「私は篝さんを信用していますから」
信用、信頼。
それは出会ってからずっと千葉が口にしている言葉だった。だがその言葉は今、別の意味を伴って僕の中に入ってくる。
お互い信頼し合っている限りは何もしませんよ。
千葉の目にはそういう含みがあるように思えた。
千葉の言う信頼や信用は、自分の仕事を完遂するためものだと自分で言っていた。あの時は言葉通り自分の探偵業のために妖怪を信じてもらうという目的で言っている物だと思っていた。
だがそれは違う。今ならはっきりと分かる。
千葉は誰一人だって信用してはいない。いつだって一番あいつが人を疑っている。それをおくびにも出さない汚い奴。僕が一番嫌いな、人間の嫌な部分。
陰陽師の本性を目の当たりにした気分だった。住む世界が違ったのだ。
でも今は、それに乗るしかない。
千葉が諭すように僕に言った。
「我々は秩序を守るために動きます。もし篝さんが人間界に影響を及ぼすようなことをしでかしていたなら、私も容赦なく戦いますよ。友人として、正しく」
「……いつお前と友人になったよ」
千葉は笑みを浮かべるとそのまま雑踏の中に消えていった。
前書きのクオリティの違いよ
そして追いつかれそうな書きため
でもライブ前だから! 練習しないとだから! 時間の使い方が下手なだけだから!




