篝火 夏 -14-
前回のあらすじ
ユキの気持ちに向き合った千歳。ストレートなユキの思いが、千歳の気持ちに変化をもたらしていく
昔語りの第14話
「篝さん聞いてくださいよ」
「断る」
「何の話だ?」
鬼の親父さんが食いついた。影女の件でも予感したが、このおっさん女の子に弱いのじゃないだろうか。天下無双の鬼が聞いてあきれる。これでは本当にただの親父である。
「石川君って、とってもシャイなんです」
「惚気話なら他でやってくれ」
「いいじゃないのさっ! 最近のお子様の恋愛事情って聞いて飽きないよっ」
芙蓉が己の欲望丸出しで話に食いつく。だめだ、今日は面子が悪い。
ミコが相変わらず神社で休養をとっている。そこに油揚げを差し入れにと届けた帰り、まず宮野に捕まった。適当にあしらいながら家路につくとそこには芙蓉と鬼の親父さんが昼間から酒盛りをしていた。何でも今後の妖怪達についての相談があったらしい。だからといって飲むなよ。
そして今に至る。
「いっつも人の後ろとかにいて、あまり自分からは行動を起こさないタイプなんですよ」
「ほお。そいつは男として駄目だな。やっぱ男として生まれたからには、ガツンと行動を起こして行かねえと」
「いやいや、ドキドキおどおどしている子の方が可愛いって。こう、お姉さんが手取り足取り教えてあげる、ってなるじゃない?」
「人の彼氏をわーわー言わないでくださいよっ!」
宮野がばんっ、と机を叩いた。だがさすが妖怪年長者組。対応の年季が違う。にやにやして物怖じしない。だが怖いもの知らずという点では宮野もまた同じか。
鬼と姑獲鳥。普通の人からしたら僕の知り合いの中でもビジュアル、知名度、共に恐怖の二強である面子だろう。そこに平然と入っていけるのだから、やはり宮野も陰陽師の家系ということか。
慣れているのだろうな。
「俺の曾曾爺さんはなあ、そりゃあもう腕っ節の強い男の中の男でよお。国中の村々から宝や女子供を掻っ攫っては島で贅沢に過ごしていたそうだ」
「完全に悪者だな」
宮野のお土産の七味唐辛子煎餅を咀嚼しながら口をはさむ。舌先をちりりと焼くような辛みが癖になる。この煎餅がなかなかに美味なせいで話に割り込むことができない。口の中がいっぱいのときは話すなというのが祖母の口癖だった。
そしてまた煎餅に手が伸びる。しばらくは聞きに徹する。
「そうでもないぜ。攫ってきた村っていうのは貧乏なところが多くてな。生きるために人身御供もよくしていたそうだ」
「なんか、いい話じゃないね」
芙蓉が相槌を打つ。
「そこを爺さんは攫った。村からしてみれば口減らしになるし、攫われた奴らもそのままでは死んじまうところだったんだからとりあえずは命拾いしたってわけだ」
「宝の方はどうしたんですか?」
宮野が興味深そうに話を聞く。
陰陽師でどう教わっているのかは知らないが、千葉の態度から察するに妖怪に対して十分な、というより良心的な教育はしていないと思われた。せいぜいが害を為す、あるいは座敷童程度が幸を呼ぶといったところだろう。だから悪者として名を馳せている鬼の武勇伝は宮野にとって聞きなれない、珍しいものだったようだ。
「町に裕福な庄屋が居てだな、そいつは金と権力に物をいわせて百姓どもに圧政を敷いていたらしい。そっから金をどっさり奪って、あはれ庄屋は没落。町に平和が訪れました、というのが爺さんの言い伝えだ」
「都合のいいお話ですね」
宮野の口調には棘が含まれていた。
「身内の自慢話だ。あまり鵜呑みにしない方がいいぜ。信じるか信じないかは、嬢ちゃんしだいだ」
「どうなんでしょう」
「それに、この話には続きがある。道理の通らない正義は悪という結末だ」
「それは?」
煎餅を胃に落としてから、僕が先を促した。
「島では盗んだ宝を元手に、たくさんの鬼や人間の女子供が慎ましく暮らしていたんだが、ある日その島に小舟が漂着してな。何事かと様子を見に行った若い鬼の首がいきなり飛んだんだ」
穏やかな話ではない。
それどころか、どこかで聞いたことのあるような話だ。
「船から飛び出してきたのは犬に猿に鳥、そして一人の青年だった。そいつらは奪われた宝や人々を取り戻しに来た刺客だった。強襲に後れを取った爺さん達。しかし爺さん達も百戦錬磨の大妖だ。そっからはもう、昼夜に渡る大立ち回りよ! だが無類の強さを誇った鬼達も一人、二人と倒れていった。そこで爺さんは刺客に交渉を持ちかけた。
『わしの首をやる。そして宝や女達も返す。だから、他の若い者を見逃してやってはくれないか』
刺客も仲間を何匹か失っていたからか、二つ返事でそれを承諾。爺さんの首は宝と共に人間の里に持ち帰っていかれたそうだ」
「それって……」
宮野が驚きの表情を浮かべる。そりゃそうだろう、慣れ親しんだ昔話をこういった形で、しかも生で聞くとはだれも思わない。
「桃太郎じゃないか」
僕が後を引き取った。
「こっちでは、そう伝えられているのか」
鬼の親父さんがまたどこから取り出したのか自前の酒を瓶ごとあおった。例の鬼殺しだ。
「私も子供達に聞かせたことがあるわね」芙蓉が鬼の親父さんから酌を受ける。一応言っておくが、まだ昼だ。「私はどっちの話も知っていたから、まぜこぜにして語っていたけど」
「そもそも芙蓉、お前子供に話す機会なんてあったのか?」
「これでも昔は里親まがいのことをしていたのさ」
「天職だな」
「私もそう思う。私は良い姑獲鳥だからね」
誇らしそうに、芙蓉は言った。
「でも、姑獲鳥って子供を攫う妖怪ですよね」
宮野が追及する。
「そういう奴もいるってだけさ」
「良し悪し完全に別れるわけじゃねえさ。全部が全部一色に染まるわけじゃない」
大人妖怪はしみじみと酒を飲む。その姿には、どこか哀愁が感じられた。
千葉が言っていた。
人間に害を為す妖怪もいる、と。
裏を返せば彼もまた良い妖怪という存在を認めているということだ。だがそれは、宮野と同じように種類での分別だろう。鬼は悪い妖怪。座敷童は良い妖怪。しかし現実はそうじゃない。良い鬼もいれば、悪い鬼もいるということ。そしてそれは、人間でも同じなのだ。
不細工だから犯罪者。二枚目だから好青年。そうじゃない。日々町の清掃に汗水流す不細工もいれば、結婚詐欺に手を染める二枚目だっているということ。人は人を、物事をフィルターを通してでしか見ることができない。フィルターは損得だったり、個人の価値観だったり、思想や宗教だったりする。それは個人個人が作り出したフィルターであり、千差万別だ。普遍であるなんてことはない。
しかし人は、それをあたかも万人に共通する秤として扱おうとする。
人はいつだって不安に陥る。自分が社会から見て異物なんじゃないか、異端なんじゃないかという疎外感。変、という魔性の言葉は一撃で不安の暗闇へ人を陥れていく。
故に、人は誰かと一緒というのを求める。一体感を知らず知らずのうちに欲しがる。
結果、一見して基準からはみ出る異物は徹底的に弾かれることになる。その人の声も聞かず、本当の姿すら見ず、歪んだ仲間意識が、歪んだ社会を生んでいく。自分自身のために、社会と一体化するために……。
嫌な思い出だ。
やられた側はいつまでも覚えている。
でも加害者は、今も素知らぬ顔で過ごしているのだろう。
人間は、汚い。
自分の中で怒りが燃え上がっていることに気付いた。体が熱を持っている。
「私の家系は、陰陽師ですけど」
「妖怪の前でそれを言うのか」
「食べられちゃっても知らないよ?」
貫禄のある二人が宮野をからかう。
でも、宮野の顔は真剣そのものだった。
「いえ、家系と言っても遠い遠い血縁なので力は弱いんです。だけど教育はちゃんとされます。この世界のこと。妖怪のこと……あなた達のことも」
「ふーん。それで、君はどう思うのかな?」
芙蓉の声が鋭い。
「妖怪は危ないよって聞かされていましたから。力がないのに見えてしまう私のようなのは、決して近づかないように生活していけって。……でも、あんまり危なさそうに見えませんね」
宮野が子供っぽい笑みを浮かべる。
それを受けて、若干表情を強張らせていた芙蓉も笑みをこぼした。
「きゃー! この子可愛い! 攫っていい?」
「えっ! たった今怖くないって言ったばかりなのに!?」
「やめとけやめとけ、陰陽師共がわらわらと取り返しに来るぜ。爺さんの時みたいに」
「桃太郎くらいの子供が来るならそれも」
「殺されるぞ」
僕が突っ込むと、芙蓉はお決まりの言葉を放った。
「子供にやられるなら、それはそれで本望」
変態の理念はいつまでたっても理解できない。
沖縄土産のミミガ―チップスまじ美味い




