篝火 夏 -13-
前回のあらすじ
影女の相談に乗った千歳。影女との会話でうやむやにしていたままの彼らについてあ新たな気持ちが芽生えてくる
新しい一歩、恋の終わり
もやもやは相変わらず。
だがそれの思考に没頭するほど暇ではない。忙しさの中でむしろもやもやの方が埋没していく。考えていようが呆けていようが時間は平等に過ぎていくわけで、どうせ同じならば密度の濃い時間を過ごしたいと思うのが世の常ではあるが、時として阿呆に興じるのも悪くないと思える場合もある。
辛党がたまにスイーツが食べたくなるのと同じである。
何事も緩急。谷があるから山がある。メリハリが大切だ。
僕を襲った妖怪や、今にも破れんばかりという鬼門の存在、あるいは心の縁に引っかかり続けているもやもやをさておいて、目の前ののほほんとした時間に身を委ねる。
「塗壁は帰らないのか?」
「寮長が帰れさ言うんなら、おらさっさと帰りますだ。どうせここにいたって、意味が無いんだ……」
「そういうわけでは無い。好きなだけいるといい。お前は命の恩人だからな」
「寮長」
「塗壁」
二人でひしっと抱き合う。友情が生まれた。
「千歳さん! 塗壁さんばかりずるいですよぅ、私にも無償の愛を注いでくださいよぅ」
凍えるような素肌をユキが擦りつけてくる。あーでも、夏にはいいかも、これ。
「塗壁は僕のことを救ってくれたからな。相応に対応しているだけだ」
「じゃあ私も千歳さんにご奉仕しますぅ」
「それ意味合いが違くないか?」
縁側でアイスを食べながら、塗壁が地面に穴を掘るのをぼうっと眺める。こう見ると奴はただの犬だ。
ユキの副産物的能力のおかげでアイスはいつまでも溶けないまま冷たい温度を保っている。棒アイスは食べている端から溶けていくから、地味に有用。
「そういえば、ミコはどこに?」
「多分、今日も神社ですぅ」
あれから、ミコは足しげく神社に通うようになった。彼女の妖力不足は思いのほか深刻な状況らしい。家の周りに張ってあった結界も完全に消えていた。今この屋敷に無法者が侵入したとしても、それを知る術はない。
「大変なんだな」
「ミコはあまり帰りたがらないですからねぇ」
「でも自分で賄えることは賄えるんだろ?」
「妖力ですぅ? やっぱり千歳さん聞いてましたか~」
ユキがあははと笑う。
「段々、私達のことで知っている事多くなってきていますねぇ」
「そうかもな。まださっぱりだとは思うが」
ユキのひんやりとした冷気が、風に乗ってこちらに運ばれてくる。天然のクーラー代わり。貰うだけも悪いから、冷凍庫からアイスを持ってきてやる。
「私はどちらかというと千歳さんの食べさしのほうがぁ……」
食い入るような視線で僕のアイスを見ているユキ。その熱視線でアイスが溶けてしまいそうだ。
「馬鹿なこと言ってないで、ほら食えよ」
「これはこれで嬉しいですけどぉ」
頬をふくらましながら、それでも嬉しそうにユキは封を開けた。
心地よい風が吹き抜ける。ちりんと風鈴が鳴る。先日思い立ったので、急きょ用意したものだった。買いに行こうとしていたのだが、ミコが空き部屋にあったのを見つけてきてくれた。
縁をやすりで削ってある、なかなかに高級な風鈴だった。
ちりん、ちりんと風鈴が揺れる。その度に、気温が低くなっているような気もする。年季が入った物には妖怪が宿るという。もしくはそれ自体が妖怪に変わる。付喪神というやつだ。この風鈴も古い。もしかしたら、そういう妖力が備わっているのかもしれない。
座りながら、遠くの海を見やった。
少し垣根を低くして、縁側に座りながらでも海が見えるように改造していた。快適な環境のためなら努力を惜しまないタイプ。
夏の日差しに照らされて、今日も海は銀細工を散りばめたように光っている。白い船が船尾からすうっと白い波を生みだし、それらはやがて海の底に消えていく。
その手前には、見るからに暑そうな新都心が控えている。上から見る風景はまさにジオラマだ。所狭しと車が走り、目を凝らせば人の動きも見て取れる。それを見て、今日も平和だなあと深く息を吐く。
老後の気分だ。
「こういう時間が、ずっと続けばいいんですけどねぇ」
「いつになく落ち着いた台詞だな」
「私だってぇ乙女なんですぅ。勿論、一番は千歳さんとの熱々濃厚で溶けちゃいそうなラブラブ生活ですけど~。でも、こういうもの好きですねぇ~」
「溶けたらお前死ぬぞ。……まあ、僕も嫌いじゃない」
この前、ミコと同じように神社の廻り廊下でぼんやりしていた時間を思い出す。
また、胸のあたりがもやもやした。
「ミコも基本ぼうっとしているな。休みの日はいつも縁側で茶を飲んでいる」
生粋のおばあちゃんなのだ、あいつは。
「う~またミコさんの話」
ユキが二の腕をつまんでくる。冷たい。局部的に冷たい。下手したらこれ、壊死して取れちゃうんじゃ。
「あんまり引っ張らないでくれ。取れそう」
「ミコさんの話しないなら、離しますぅ」
「とりあえず分かった」
そう言うと、ユキは素直に手を離してくれた。
「そんなに話してたか?」
「ミコさんのこと以外、上の空でしたぁ」
そんなまさか。
ユキが視線を地面に落とす。
何か言いたげだった。
冷たいままのアイスを舐めながら、しばし待つ。
「千歳さんは、ミコさんのことどう思ってるんですぅ」
「どうって、特に。他の奴らと同じだな」
「嘘ですぅ!」
ユキが強かに背中を叩いた。
「千歳さんにとって、ミコさんはきっと特別ですぅ!」
「いや、そんなこと思ってないぞ」
「だってミコさんはずっとこっちにいて、千歳さんとも一番長く一緒に居て、なのに、だって……だってぇ」
ほろり、とユキの目尻から雫が零れる。それは地面に落ちる前に、彼女の頬の上で静かに凍り付いた。
「泣かない、ですぅ」
「泣いてるだろ」
「泣いてないですぅ!」
意固地な奴。
「いいんですぅ。分かりきった事ですからぁ」
「ミコだけ贔屓しているつもりはないぞ。確かにあいつは居候でプー太朗だが、扱いは平等だ。むしろ辛辣だ」
「ミコさんは」
ユキが言葉を切る。
ごくりと生唾を呑みこむ音がした。
僕じゃない。
ユキだ。
「千歳さんが私に思っていないことを、ミコさんは思ってもらえていますぅ……」
「僕が?」
ユキに思っていなくて、ミコに思っていること?
「働いてほしいかな」
「馬鹿ですか!」
ぺしん、とまた背中に衝撃。
今度は、ユキの手がいつまでも背中に残っていた。徐々に広がっていく、ユキから伝わる冷たい感覚。そして、ユキは僕の腕に顔を押し付けてきた。
「やっぱ泣いてるだろ」
「乙女にそれは禁句ですぅ!」
鼻声で、ユキが言う。
「私は、千歳さんのことが、とっても好きですぅ」
「知ってるよ」
「じゃあ―――」
背中に冷たいものが走る。冷たくて、鋭くて、はっとするような一閃。それが全身を通り過ぎていく。気付かなかったのか、それとも気付かないふりをしていたのか。でも、もう目を逸らすことの出来ないことが、ユキの口から発せられようとしている。
「―――千歳さんは? 千歳さんは、私のこと好きですか?」
雪女のユキ。起きている間、ユキは全身から冷気を発し続けている。
元来が、冷たい存在だ。だが、その胸の内に秘めているのは人一倍熱い思い。それは、出会ってからずっと僕に向けられていた。知らなかったわけじゃない。気付かないほど鈍感じゃない。適当にあしらって、真剣に捉えようとしなかった。だってそれは、まだ僕には重すぎるような気がしたからだ。だから、本気で向き合ってこなかった。
好き。
その一言が、どくんと胸を高鳴らせる。
もやもやが一瞬晴れたような気がする。
それを必死になって覆い隠した。
まだ、見たくないんだ。
「……考えたこと、ないな」
「そう、ですよねぇ」
ユキは悲しそうに俯いた。
「知ってました、からぁ。千歳さんが、そう思っているってぇ」
「多分、お前が思っているようなこととは違うと思うんだが」
せめてもの慰めになれば、と言葉を紡ぐ。
「そもそも、好意自体が僕にとって疎遠だったし。ユキが好きとか考え付かない、全くの例外な娘ってわけじゃない。お前は十分に可愛いよ」
「そんなこと知ってますぅ!」
そんなこと言われても、嬉しくないですよぅとユキは続けた。
「千歳さんが私達をそういう目で見てないこと知ってましたからぁ。言い訳はしないでいいんですよぅ。むしろしないでくださいっ。好きか嫌いか、それだけでいいんですぅ」
「それだけじゃないだろ。好きの反対は無関心だっていうし」
「好きの反対は嫌いですぅっ! 乙女にはその二択ですからっ」
そう言うと、ユキは半分以上残っていたアイスを一気に口に頬張った。
もぐもぐ、と目にいっぱいの涙を溜めながら、ユキは精一杯アイスを食べていた。
「千歳さん!」
「なんだ」
「私をフったんですぅ。代わりに、ミコさんを大切にしなくちゃ、ダメですよぅ? ミコさんなら私、応援できますから」
「だから特別ってわけじゃ」
「いいっこなしですぅ!」
ユキの笑顔は、いつも通りに見えた。
見えただけで、その実違うのかもしれない。
変わらないものはない。
見えない何処かで、何かが動いている気がする。
ミコを大切に。白露からも言われた言葉だ。
彼女に、何が起きている。
そして僕は……彼女をどう思っているのだろう。
テンションに応じて質が上下するのは物書きとしてやってはいけないことだと思いつつもライターズハイはあるものだし多少はね
20まで書きためあるし三日ほど休憩をしようとは思っている。その間に映画とか本とか読んでまた充電。
更新は毎日するよ! 頑張るよ! 楽しんで読んでください! 感想待ってます! 一言でもいいです励みにさせてくださいな
ではまた明日




