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篝火 ―夏―  作者: 日笠彰
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夏 ー1ー

受験終わったぁぁぁぁぁ!!

大学に入るまでに何とかこれを終わらせてしまいたい。たぶんムリ

(いないだろうけど)楽しみにしてくれていた人、ありがとうございます! 皆さんの期待を裏切らないようなお話をかいていきたいと思っていますので、よろしくお願いします


それでは、篝火ー夏ー ぜひお楽しみください

 季節において大体灼熱の日が続く、焼けつく日差しが憎い太平洋沿いの小さな町、旧幕張町。海と、海沿いの埋め立て地を臨む高台の上に、古くからあるその町は広がっている。

 が、今はその季節の情緒に心を馳せている場合ではない。

 我が愛しの住まいにして旧幕張町のシンボル、高台の隅っこにぽつりと佇む古い和風平屋に危機が訪れている。

「寮長! 今までありがとうございました!」

「おう、また遊びに来な。ええと、次は……」

「寮長聞いてくださいよ! 網切りの奴がまた自分のストッキングを」

「告げ口は卑怯ね足長(あしなが)。大体男の足にはパンスト合ってないね!」

「千歳さぁん! 朝ご飯はパンですか? ご飯ですか? それともワ・タ・シ?」

 妖怪長屋というものが実在したのならば、こういう感じだったのだろうか。朝っぱらから妖怪が犇めき阿鼻叫喚、地獄絵図。それでもなんら恐怖心が湧かないのはこいつらが大層阿呆で間抜けだからかもしれない。むしろ腹が立つ。

「とりあえず……米にしてくれ」

「女体盛りですねぇ?」

「茶碗で」

 寝起きにユキのボケは身に堪える。目を擦りながらちゃぶ台につくと、鬼の親父さんが俺の顔を見て苦笑した。

「お疲れの様子じゃねえか、寮長」

「その呼び方やめてくれ。結構参っているんだ」

「人間必要とされてこそだぜ? 頼られているときこそ、生きがいを感じられるだろ」

「少なくともあんたらは人外だけどな。……まさかこうなるとは思っていなかったさ」

 ユキの運んできた朝ご飯に箸をつける。作りたての癖にひんやりと冷たいのは、雪女である彼女の特質のせいであろうか。女子力だけで炊事係に任命したのは間違いだったかもしれないなと一人ため息をついた。

 冬の終わり、春の始まりの頃。僕と愉快な妖怪達はとある宴を催した。それは桜の老木と、木に憑りついた幽霊の約束にかこつけた小さなものだったけれど、僕達は大いに楽しんだ。あの時、酒に酔っていたのか、それとも彼女たちの別れに思うところがあったのかははっきりとしない。ただ、一緒に住めばいいと思わず口に出してしまったのだった。それまで何の意味もなく距離を置いていた彼らに対し、自分から歩み寄ろうとした。僕の心の中で何らかの変化があったことを、僕は後悔していない。後悔するも何も、その変化が具体的には何なのかを僕はまだ理解していない。だから、それが分かるまではこのままでもいいかなと思ってはいるのだが。

「よもやこんなことになろうとは」

 僕の想像をはるかに超え、妖怪達との同居生活はどういう訳か『篝千歳による現代を生きる妖怪達のお悩み相談室』になってしまっていた。

 週に数回、鬼の親父さんや姑獲鳥が妖怪達を交代交代に連れてくる。彼らは僕と数日共に暮らすと出て行く。するとまた親父さん達が別の妖怪を連れてくる。それの無限ループ。敷金礼金制度を導入したら今頃大金持ちだろう。奴らに経済力があるのかは疑問だが。

「お前らはお前らで住み着こうとしないしよお。計画倒れも甚だしい。大体なんで僕がこんなことを」

「千歳、お前が言ったんだろう? 俺たちに一緒に住まないかと」

「それでも、こんな仮宿にされるようなことは想定していなかった」

「私はプロポーズされてとっても嬉しかったですぅ」

 キッチンから戻ってきたユキが世迷言を抜かしながら席につく。

「お前だってしょっちゅう戻っているじゃないか」

「でもこっちにくる頻度は上がりましたよぅ。こうして毎朝千歳さんと顔を合わせられる。幸せ好きでどうにかなっちゃいそうですぅ~」

「ひゅーお熱いね寮長!」

「末永くお幸せにね!」

 先ほどまで喧嘩をしていた足長と網切りが野次を飛ばす。

 僕はそれを無視して朝飯をかきこんだ。

「そういえば千歳、さっき手長が帰っていったぞ」

「もう出て行ったのか。ん? じゃあなんで足長はまだ残ってるんだ? こいつらセット物だろう?」

「人を付録みたいにいわねぇでくださいよ」

「人外だろ」

 手長足長は読んで字の如く手の長い妖怪と足の長い妖怪の総称である。一説にはそういう特殊な体つきをした人間だとも言われているが、目の前にいるのは紛うことなき妖怪だ。

「お前ね、手が長いだけだの足が長いだけだの、そういうのは押しが弱いんだからさ。もっと売り出して行かないと生き残れないぞ? ちょうど二人一組になっているのだからコンビでやっていかないと」

 最近の妖怪事情は厳しいのだと、度重なるお悩み相談の結果知ることとなった。科学が進み、情報化社会となったこの世の中では妖怪も生き辛いらしい。彼ら曰く、アイデンティティの危機なのだとか。正直僕にはよく分からないが、確かに今の時代妖怪と言うものを手放しで信じている人間などそういないだろう。いたとしても、それは退治を目的にしている人種だ。

 不思議なことは妖怪の仕業。そう認識してきた時代も終わり、今は万事が科学で解明することができる。

「あいつとはもう縁を切ったんです。これからはお互いピンでやっていくんです」

 どうして仲違いをしたのかと問うと、方向性の違いがと言いだした。お前らは上京したてのミュージシャンか。

「ソロ活動が実を結ぶとは限らないぞ。鬼の親父さんだって、青いのと赤いのが揃って初めて一つの物語を作り出しているんだ」

「別に俺たちは一種類でも有名だけどな」

「……雪女だって心を奪われて凍らされるお爺さんがいて初めて恐れられるんだぞ」

「私はぁ、千歳さんに心を奪われてますぅ」

「それはユキさん単体の怖さで成り立っているじゃないですか」

 足長が拗ねる。

「その点私は優秀だね! 私一人という存在で自己完結してる! 完璧ね!」

「お前は存在自体が地味だけどな。網戸の切れ目なんてもはや劣化だそんなもん」

 胸を張った網切りを箸で指すと、行儀が悪いですよとユキにたしなめられた。

 足長は依然しょぼんとしている。おそらくだが、今回のコンビ解散は本意のところではないのだろう。ああもう本当、人間並みに面倒くさい。

「あのな、二人でできないことが、一人でできるわけないだろ?」

「一人がプラスでもう一人がマイナスなら、掛けたら結果はマイナスです」

 妖怪の癖に学のあることを言う。

「確かに相性の有無や、足の引っ張りあいとかはあるかもしれないが、それでもたった一人のパートナーじゃないか。手長足長という固有名詞で浸透もしているんだ。別れて足長なんて、インパクトが薄い。そんなんだと、世の中から忘れられてしまう」

 そう僕が言った瞬間、場の空気が凍り付いた気がした。

 ユキが一瞬目を見開き、鬼の親父さんの表情が固くなる。小さな沈黙が訪れた。

 何かまずいことでも言ってしまったのだろうか。少しばかり気まずさを感じながら、僕は温くなった味噌汁を啜った。

 初めに口を開いたのは、足長だった。

「……すね」

「ん?」

「そうっすね。やっぱり俺達、一緒じゃないと! 手長足長は揃って一つ。生まれてこの方ずっとあいつとやってきたんだ」

 云々と頷きながら、次第に拳を固める足長。その顔にはやがて生気が戻っていく。

「寮長! ありがとうございます、おかげで決心がつきました」

「そうか。じゃあ行ってこい」

「はい! 自分、あいつと仲直りしてきます。そして、もう一度一からやり直すんです!」

 言うが早いか、足長はおもむろに立ち上がり長い脚を器用に運んでどたばたと庭に出て行った。

「今までありがとうございました!」

 彼は深く礼をすると、家の生け垣をひょいと跨いで朝の町並みに消えて行った。

 本当にミュージシャンみたいなやつだ。というか、普通に外に出させてしまったけれど誰かに見つかったりはしないだろうか。少し不安だ。

「お前はどうするんだ? 網切り」

「私もなんだかインスピレーションが湧いて来たわ」

「新しい網の切り方でも開発するのか」

「自分のアイデンティティを活かすの。そのために、もっと修行しなくちゃね! 寮長! 私も今日でここを出て行くわ。ありがとう! そして、さようなら!」

 言って網切りも居間を飛び出す。

 今度は庭先ではなく、厨房を抜け玄関の方へだった。そちらは妖界へと通じる鬼門―――木製の古い引き戸―――がある方だ。

「妖界に戻るのか?」

「ええ! 本当にありがとう! それじゃ」

 引き戸を勢いよく開く網切り。その向こうには、何やらもやもやとした空間が広がっている。まじまじとは見たことはないが、あれが妖界に通じている通路らしい。聞くところによると通るのは大変痛いのだそう。しかし、出て行くときの網切りの顔は晴れ晴れとしていた。

 二人がいなくなり、食卓にはいつもの静けさが戻る。

 朝飯を完食して出勤の支度をしている僕に、鬼の親父さんが声をかけた。

「いつになく協力的だったじゃないか。一体どういう風の吹き回しだ?」

「別に。ただ上手くやれば早く出て行ってくれそうだったからな」

「すぐに新しい妖怪を連れてくるからな」

「本当に、もう! お前らは!」

 ぷりぷりとしながら玄関へと向かう。いつもよりばたばたとしてしまったが、十分に間に合う時間だ。犬神を車代わりに使うまでもない。

 三和土で靴を履いていると、これまた寝起きと思われるミコが顔を出してきた。

 長い金色の髪に、ぴょこんとついている狐耳。艶やかさを自慢している尻尾が眠そうに垂れ下がっている。澄んだ緋色の瞳は欠伸の涙でじんわりと濡れている。顔を洗う猫のように目を擦りながら、彼女はぽてぽてと歩いてきた。

「うちはイヌ科じゃ」

「起き抜けに読心するな」

「朝からどたばたとしていたようじゃの。うるさくて目が覚めたわ」

「ユキを見習って家事でもしろ居候。っと、お前に構っている時間は無いんだ。行ってくる」

「……うむ」

 そう言えば最近ミコとまともに話していないな、と思いつつ僕は家を出る。

 本気を出した夏の太陽が僕を盛大に出迎えた。

 外は抜けるような青空が広がっていた。真っ白な入道雲が日の光を反射させて光り輝いている。空とはまた違う、深い青色を湛えた大海原をタンカーが走り、跡に白い波を残している。高台の上から見下ろす街並みは刻一刻と変わっていく。昨日までは無かった建物が顔を覗かせ、今までお世話になった店が急に姿を消す。色も形も人並みも。季節の移ろいに合わせるかのように。

 これから始まるのは、夏の物語だ。


原稿用紙10枚分を目安に、毎日一回の頻度(20~22時くらい?)で更新していく予定です。多い、少ない、頻度増やせなどのご要望お待ちしております

今回は書き溜めではなく、リアルタイム更新になります



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