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幸也、覚醒


「ガ……あ……ガアアア……ぁ……ああぁぁあぁあぁぁぁ……………………。」


拓真の悲鳴が徐々に聞こえなくなっていった。

薄れゆく意識の中で幸也はそれを聞いていた。だが、体が動かなかった。

『妖』の襲撃を事前に理解していたというのに、防げなかった自分が情けなかった。

『妖』の蹂躙を只々ぼうっと眺めている事しか出来なかった自分が不甲斐なかった。

『妖』に殺されようとしている親友を助ける力がない自分が悔しかった。


(力が……『妖』達から皆を護れるだけの力があれば……!)


思わず歯噛みした口の端から、血が流れた。涙と一緒に床に落ちた。

その時だった。どこからともなく、幸也の耳に声が響いた。……とても優しい声が。


《……欲しい?》


(……え?)


《みんなを護れる力……欲しい?》


(……欲しい。)


《それが例え、貴方を誰からも何からも孤立させてしまうとしても?

 それが例え、貴方を世界中全ての存在から敵と見做されてしまう原因になるとしても?

 それが例え……貴方の正体を、貴方の知らない貴方の真実を、

 白日の下に晒す事なったとしても? 必ず後悔する事が分かっているとしても?

 それでも……欲しい?》


(……欲しい。だって……今、それを選ばなかったら僕は一生後悔する。

 そんな後悔をするぐらいなら、親友を見捨てるぐらいなら、僕は……!

 僕は、世界の敵になったとしても構わない! だから……!)




「だ……から……! ぼくに……力を……! 力をおおおおぉぉぉ!!!」




《……分かったわ。受け取りなさい。貴方が……貴方だけが唯一持ち得る【力】を。》




その瞬間、幸也の身体が眩く光り輝いた。









巨牛は、突如発生した光源に目を向けた。身の危険を感じた訳ではない。

唯、興味を惹かれたからだった。だが、その興味は即座に恐怖へと変わった。

本能がそう命じた。人質として、拓真からは足を放さず、前方の光源を睨み付けた。


れた光の中に人が立っていた。先程まで居なかった人だった。

長身で、光沢を帯びた黒い長髪を棚引かせた青年が。見た事のない男だった。


「……その足を放せ。」


声が巨牛に届いた瞬間、巨牛の身体は既に傾き始め、

自身の状態を認識した瞬間にはもう横に倒れ伏していた。

何事が起ったのかと目を上に向けた瞬間、一筋の閃光が煌めいた。

――それが、巨牛の見た最後の光景だった。




青年は、斬り捨てた巨牛には目もくれず、足蹴にされていた拓真の許へと駆け寄った。


「……! まだ、息がある。なら、まだ間に合う筈……!」


彼の生死を確認すると、拓真の腕にしていた『神宮流・琶劉』に手を当てた。

すると、その腕輪から不思議な紫色の光が拓真の全身を包み込む様に溢れ出した。

紫光が全身を包んでから僅か数秒程で、拓真は息を吹き返した。


「ん……あ……れ? ここ、は……!? だ、誰だ、アンタ? ってか、あのでっかい牛は!?」


「もう大丈夫だ、拓真。あの牛なら俺が斬り捨てた。……ほら、見てみな。」


「え? ……な、こ、これは、一体……?」


謎の青年に促され拓真が見た光景とは、奇妙奇天烈なものだった。

全身真っ黒な巨牛の首と胴体と四肢が斬り離されており、

何れも謎の黒い粒子となって、まるで天に昇って行く様に雲散霧消していった。


「これが『妖』の最期であり、正体だ。奴らは死ぬと必ず妖力の粒子となり、

 産まれた場所へと帰っていく。そして、そこで再び復活する。それを永遠に繰り返す。

 今までも、そしてこれからもそうやって奴らは生き延びてきた。」


「そ、それじゃ! また、今の奴が襲ってくるって事なのか!?」


「ああ。だが、復活するまではまだ時間がある。だから今の内に逃げろ。

 俺は……残りの奴らを始末してくる。……む?」


青年が何かを見付けたらしく、何処かへと走り出した。

今見捨てられたら困ると思い、拓真は慌ててその後を追った。

するとそこには、床に座り込み泣き腫らした顔のまま、怯えた表情をしている少女がいた。


「……生き残りが他にもいたか。」


「ほ、他にも生き残ってた人がいたのか! よ、よかった……あ、アンタ、大丈夫か?」


「……あ、あなたたちも……? た、助けてくれる……の?」


「あ、ああ! 勿論さ! な、なあ?」


「……ああ。不幸中の幸いだった。よく、無事でいてくれた。」


二人の言葉を聞いた少女は顔を崩し、大声を上げて泣き出した。

慌てて拓真が少女を宥めようと近寄り、思わず抱き締めていた。

だが少女は構わず、拓真にしがみ付いて泣きじゃくった。……無理もない話である。

拓真が宥めながら頭を撫でていると、妙な反応をしだした。頻りに首を捻っているのである。

そして、少女の顔を何度か盗み見ている内に何かを思い出した様で、突然大声を上げた。


「……!? あ、ああああああーーーっ!!?」


「……っ!? な、なに……!?」


「何か見た事あると思った! あんた、ミレイだろ? 春日美麗かすがみれい

 『神祇守館』の専属CMアイドルやってる、あのミレイだ!」


「そ、そうだけど……あ、あなたも私のファンなの?」


「い、いや、そういう訳じゃなかったんだけど……つい。わ、悪かったよ。」


何か妙な雰囲気になってしまった二人をさておいて、青年は周囲の探索を終えて来た。


「残念だが、この階にはもう他に生存者は居ない様だ。」


「……そうか。ってか、結局あんた誰なんだよ?

 いや、助けてくれた事には感謝してるんだけどよ。」


「そうか……拓真でも俺が分からないか。まあいいさ。今はそんな事はどうでもいい。」


「いやいや、勝手に自己完結しないでよ。アタシだって気になるじゃないの、ねえ?」


だが、そんな二人の抗議にも全く耳を貸さず、青年は階段の方へと歩み寄った。

そして、階段の目の前で足を止めると、綺麗な微笑を二人に向けた。




「これから、『俺』がここの『妖』達を全滅させてくる。だから、拓真はここで彼女を護ってくれ。

 それから……『妖』達を倒し終わった後、『俺』は暫く眠りにつく。

 そうしたら、コイツ・・・に現状を説明してやってくれ。多分、色々と覚えてはいる筈だからな。」


「はぁ? 俺とかコイツとか、訳わかんないんだが。もうちょっと分かる言葉で話してくんね?」


「……最後に、和美を頼むぞ。コイツ・・・の好きな女だ、目覚めるまでお前が護ってやってくれ。」


そう言うと、階段を駆け下りていった。あっと言う間に見えなくなってしまった。

呆然自失としている二人の耳に、下の階からも聞こえていた阿鼻叫喚が少しずつ収まって来た。


「……まさか、アイツ…………い、いや、そんなまさかな。

 ……でも、やっぱアイツ以外に考えられない……。


 お前、一体何者なんだよ…………幸也。」











『神祇守館』東京支部。通称センタータワーの襲撃からそう時を置かずして、

世界中で『妖』の襲来という、未曽有の絶望が押し寄せてきた。

それは、理不尽に蹂躙し、無差別に貪り、無秩序に破壊し尽くし、無遠慮に凌辱した。

何一つ対抗手段の持たぬ生命に出来る事は唯一つ。只管ひたすら、逃げ延びる事だけだった。


結局、『妖』の襲来により被った人類側の損失は、全人類の八割以上の死者というものだった。

僅か生き残った二割弱の人々は、地下に逃げ込み恐怖に怯える日々を過ごしていた。

だが『妖』は、そんな彼等の安息の地すらも脅かした。

地下の住処を探り当て、幾つもの地下シェルター内の人間を蹂躙し尽したのだ。

最早地球上に安全といえる場所は、一つとしてなくなってしまった。


そんな悍ましい日々に耐える事、凡そ半年の事だった。

人類の数も既に一割を切ろうかという頃、遂に『妖』への反攻作戦が人知れず始まっていた。

それは迅速に、且つ冷静に、且つ確実に、多大な犠牲を払いつつ、次々に奪還を成功させていき、

遂には『神祇守館』東京支部である、センタータワー奪還に成功したのである。


そして、奪還直後のセンタータワーから、全世界へ向けてこの様な発信がなされた。






「全世界の諸君! 『妖』に命を奪われ、日々に怯えさせられている諸君!

 私は、『神祇守館』社長 神名守かみなまもるである!


 たった今、『神祇守館』東京支部、通称センタータワーは我々の手によって奪還された。

 今、この場で! この時を以て! 私は諸君らに告げる!

 遂に! 我々は『妖』に対抗し得る、『妖』を滅ぼし得る兵器の開発に成功したと!


 故に! 私は宣言する! 我々人類は、『妖』から地球を取り戻すと!

 あの美しい地球を! 我々が産まれ育ち育まれてきた、我らが母なる大地と海と大空を!

 我々の手に取り戻す事を! 今! ここに! 誓う!!


 さあ、勇気ある者よ! 知恵のある者よ! 心ある者よ! 魂が震えた者よ!

 集結せよ! 我らが許に! 我らと共に! 我々自身の為に!!


 人類反攻作戦『アマテラス』の発動を!! 今ここに、我が名を以て、宣言する!!!」






こうして、人類の『妖』への反逆が始まった。最初は余りにも人数が少なかった。

無理もない。絶対的な力というものを嫌と言う程見せ付けられてきたのだから。

だが、一つ。また一つと拠点を確保し、『妖』を退治していくにつれ徐々に人も増えてきた。


その内、日本に負けじと世界中で反逆の狼煙が立ち上った。

開発していた対『妖』用兵器を秘密裏に、海外の至る所に事前にこっそり送っていたのだ。

そして各地、各世界で勢いに乗った人類が『妖』を押し返していった。


だが、その勢いも最初だけであった。

繰り返し戦闘をする内に『妖』も人間の戦法を学んでいたのだ。

その所為で、最初にあった勢いも一気に鎮火の一途を辿り、全世界で膠着状態に陥った。


『妖』の勢力七割、人類の勢力三割。それが現在の状況であった。


タイム・デストロイヤー。通称T・Dと呼称される事になった、2860年6月10日。

人類の平穏な時が無残にも壊された、そういう意味で名付けられたあの事件。

センタータワーへの『妖』襲撃、その日から既に三年の月日が流れていた……。

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