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『妖』、襲来


「みんな、お願いだよ! ここから一刻も早く逃げて! じゃないと……!」


謎の黒雲を見た幸也が、まるで発狂したかの様に幾ら叫んでも、誰も気にも留めない。

寧ろ、バカにしたかの様に一笑に付し、若しくは落ち着かせようと宥めの言葉を掛けて来た。

それもまた、致し方のない事でもあった。


抑々、『妖』とは『神宮流』のレンズを通さなければ、普通の人には見えない存在。

それが、レンズが起動している訳でもなく、あんなにくっきりはっきりと、

誰の目にも見えるなど、先ず考えられない、いや有り得ない事態なのだ。

その上、今まで発見された『妖』は、精々大きくても1m程度のものしかいなかった。


「違う! 違うんだ……そうじゃないんだよ! 『アレ』が本当の『妖』なんだ!

 お願いだから、早く逃げて! じゃないと、みんな殺されちゃう……!!」


宥めに来る人、無視する人達みんなに懇願する様に幸也は叫ぶも、誰も本気にしない。

と、丁度そんな時だった。遠くに見えた筈の黒雲の中から、

何やら得体の知れないモノが、猛スピードで幸也達のいる方へ向かって来た。

最初は何事かと興味深そうに眺めに来た連中も、『ソレ』が近付くにつれ言葉を失い、

果ては恐怖に歪んだ表情で、我先にと逃げ出した。


『ソレ』は、巨大な牛だった。凡そ5mはあろうかという巨大さだった。

獰猛な長く太く雄々しい斑模様の角が、真っ黒な身体と真っ赤に光る爛々とした眼が、

その禍々しき存在を、殊更凶悪に仕立てあげていた。

そんな悍ましい巨牛が、80階の強化ガラスを事も無げに突き破って室内に侵入してきた。

巨牛は荒い吐息を吐き出し、周囲を睨み付けながら値踏みをしているようだった。

その値踏みが終わった瞬間、巨牛はニタァ……と厭らしく笑んだ。――その瞬間だった。


《ブオオオオオオオオオオオッッッッッ!!!!!》


鼓膜が破れるのではないかと思う程の巨大な咆哮を上げ、

自身の眼前に群れていた集団に向かって、急突進してきた。


「ヒイッ!?」「ギャアッ!!」「いやあああああ!!!」「タ、タスケテェェェーーッ!!」


様々な悲鳴が一時に谺する。数mに及ぶ巨牛が全力で突っ込んだのだ。結果は推して知るべし。

人が跳ね飛ばされ、踏み潰され、引き摺られ、刺し貫かれ、彼方此方で血飛沫が舞い散った。

だが、満身創痍ながら辛うじて生き残った人達もいた。が、その人達はもっと悲惨だった。

巨牛は、生き残った人々だけを探し、生きたまま彼らを貪り食べ出したのだ。


然も、その光景は一度や二度ではなかった。何度も何度も何度も繰り返した。

あちらへいっては悲鳴が上がり、こちらへいっては咆哮が轟いた。

只でさえ、このセンタータワーは多くの人が入れる様にと広く広く作ってある。

それが今は却って徒となり、巨牛の餌にも遊び相手にも困る様子は全くなかった。


緊急事態宣言がタワー内に出され、エレベーターもエスカレーターも全く動かない。

階段には人が溢れ、我先に逃げ出そうとする。

押し合い圧し合いは止む事なく、人波に潰され死んでしまう人が後を絶たなかった。

粗方蹂躙し尽し、或る程度満足した様子を見せていた巨牛がふと、とある方を見て固まった。


「お、おい! 幸也! 何してんだ! 早く隠れろって! 隠れるんだよ、幸也ぁっ!!」


「……………………った。」


「……え? な、何だって?」


巨牛に蹂躙される様を、只々棒立ちで無表情で眺めていた幸也を、

先程から頻りに拓真が物陰に隠れる様に、彼の腕を引っ張っていたが、全くビクともしない。

巨牛に目を付けられたと思い焦った拓真が、より強く幸也に向かって叫ぶと、

幸也が何かを呟き出した。思わず耳を寄せる。巨牛の動きも先程から妙におかしいのもあった。


「…………た……もれ……かった。」


「……なに?」




「……また……まもれなかった……。」




「こ、幸也……?」


突然、幸也が涙を流し始めた。『まもれなかった』と呟きながら。

どうしたんだ、と思いながら再度、巨牛を見た。

先程から全く動きがないのを不審に思ったのもあった。

だが……それ以上に、何か焦燥感に駆られていた。見なければいけないモノ・・がそこにあると。


ふと巨牛を見遣ると、何か違和感に気付いた。角に何か刺さっているのである。

恐らく、あれは人だろう。逃げ遅れてしまったのだろう。そう思った。だが、何か違った。

そう、拓真はソレ・・に見覚えがあった。それも、つい先程まで見ていたモノ・・だった筈だ。

必死に思い出そうとすると頭が痛くなる。思い出すな、忘れろと脳が命令している様だ。

だが、それを振り払い無理矢理思い出そうと、角の部分によく目を凝らした。


「…………ぁ。あ……ああ……! あああああああああああ!!!!!」


見覚えがある筈だった。ソレ・・とはつい先程まで、一緒に笑って話していたのだから。


「……ば、バア……さん…………。」


そう、それは先程のお婆さんだった。孫と待ち合わせをしていた筈の。

ソレと気付いた瞬間、拓真はその場に跪き胃の腑の中の物を全てぶちまけていた。

そして、それと同時に幸也は考えるより先に身体が動き出していた。

滂沱の涙を流し、叫びながら。




「なんで……なんでなんだ……! なんで、お前たちはああああああああああ!!!!!」




殴った。とにかく殴った。殴り続けた。

額を。角を。鼻を。顎を。口を。眼を。横面を。腹を。

突然の行動に驚いたのか、それとも別の要因か、巨牛の反応は遅かった。

だが痛みに耐え兼ねたのか、思わず全身を使って振り払うように身動ぎした。

振り払われた幸也は、瓦礫の山に身体をぶつけあちこち擦り切れた。だが、構わなかった。

巨牛の強力で払われ、その衝撃で肋骨辺りが折れてそうな激痛が走った。だが、平気だった。


駆け出して、また殴り続けた。殴り過ぎて、自分の手が折れた様な気がした。

指から骨が飛び出た様な気がした。拓真の声がした。自分を呼び止める声だった。

然し、もう止まらなかった。止められなかった。止めたくなかった。

だが、再度の痛みに耐え兼ねたのか、単に煩わしかったのか、巨牛は再び強く振り払った。

幸也は遠くへ弾き飛ばされ、室内の角へと背中から激突し、呻き声をあげた。動けなかった。


「こ……うや……ぁっ……! コウヤアアアアアーーーッッ!!!」


叫ぶのが精一杯だった。巨牛が自分に近付いてきているのが分かる。

拓真は、自分の死を覚悟した。泣きながら目を閉じた。動かない幸也の事だけが気掛かりだった。

踏み付けられて砕ける自分の骨の音と、自身の悲鳴を聞きながら、拓真は意識を失った。

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