日常的に異常な平穏
「……で? もう一度、言って貰えるかしら?
三澄幸也君、暁拓真君?」
「人助けをしてて遅れましたぁ……。」
「広いんで迷った。」
「そんなワケないでしょう、暁君! あなた、一体何年ここに通ってると思ってるのよ!
後、三澄君? 人助けは確かに素晴らしい事だけど、それで学業が疎かになってしまっては、
元も子もないわ。貴方達ももう高校生です。いい加減、分別は弁えなさい。」
ここは、幸也と拓真の教室。そして、今二人は担任の先生に怒られている真っ最中である。
最早、この『御神楽学園』の恒例行事とすらなっている光景。
幸也が縮こまりながら答えているのとは対照的に、拓真は欠伸をしつつ適当に答えていた。
「は、はい……。」
「はーい、分かりましたぁ。家では万年ジャージ姿の暁愛美せんせー。」
「…………た~~く~~ま~~~!!!」
またいつもの追い駆けっこが始まった、と生徒達はやんやと囃し立てた。
ポニーテールを激しく揺らしながら、追い駆ける美人教師と、
それを揶揄いながら器用に躱していく金髪ピアスの不良少年。
前の苗字でも判る通り、二人は少し年の離れた姉弟である。
二人の騒ぎがヒートアップするにつれ、生徒間でのトトカルチョも熱を帯びて来た。
やれ、後何秒で捕まるかだの、いや今日は逃げ切れるだの、と実に楽しそうだ。
それを横目に見ながら、幸也は溜息を吐きつつ自分の席に座った。
皆が姉弟喧嘩に注目してる中、誰かが幸也に話し掛けて来た。
「お疲れ様、幸也。」
「……うん、ありがと、和美。」
「しっかし、あんたも相変わらずねえ。その誰彼構わずすっ飛んで行く所、どうにかならない?」
「……なると思う?」
「デスヨネー。……ほんっと、世話の焼ける奴よね、アンタ。」
財部和美。先ず、初見の人は読めないと評判の苗字である。
幸也と親しげに話している彼女は、幸也と拓真の幼馴染兼古女房の様な存在である。
二人共、彼女にだけは絶対に頭が上がらず、『最終兵器ストッパー』と、
裏で呼称されている事実を、本人のみ未だに知らないでいる。
因みに三人の席順は、幸也の左隣に和美、幸也の真ん前に拓真という並びになっている。
平均男子生徒に比べ、やや低めの幸也と、彼よりももっと小さい和美が話している様子は、
色んな意味で荒んだ心を潤してくれる、学園唯一のオアシスと見做されている。
そんなオアシスに癒されている面々と、賭博に熱を上げる対極な姿を見せる生徒達に、
冷や水を浴びせ掛ける様に、チャイムが鳴り響いた。どうやら一時限目が既に始まっていた様だ。
慌てて教壇に戻る先生と、慌てて席に戻る生徒。これもまたいつもの光景であった。
「……ったく、ま~たお前の所為で俺まで怒られたじゃねーか。」
「うん……ごめんね、拓真。」
「そんな事言うなら、アンタだけ先に行っちゃえばいいじゃない。ねえ、幸也?」
「アホか。んな事できるぐらいなら、とっくにしてるっつの。
てめえにもできねえ事言うんじゃねえよ、バ和美。」
「『バ和美』言うなって言ってるでしょうがあ!!」
現在下校時刻。教室内でやいのやいの騒いでいるのは、いつもの仲良し三人組。
小柄な和美のグーパンを片手で軽く受け止め、ヘラヘラ笑う拓真に苦笑する幸也。
いつも通り、いつもの光景を繰り広げる三人を横目で鑑賞しつつ微笑みながら、
挨拶序でに教室を去っていくクラスメイト達。
或る程度、閑散とした所で「さて、と」と和美が乗ってた机から飛び降りた。
「そんじゃ、私も部活行って来るね。幸也、極力寄り道しないようにね。」
「うん、頑張ってみるよ。」
「ま、無理だがな。300%。」「ま、無理でしょうけどね。300%。」
「二人とも、ひどいよ~……!」
一頻り二人に笑われた幸也が怒って先に教室を出て行った。
じゃあな、と互いに手を振って前と後ろから互いに出て行った拓真と和美。
少し駆け足で幸也に追い付いた拓真は、特に何を言うでもなく隣を一緒に歩いていた。
下駄箱で靴を履き替えて、校門を出る為に校内バスに乗り、降りた所で徐に拓真が口を開いた。
「そういや、和美の奴もうすぐ何かの試合なんだっけか?」
「え? あ、うん。確かインターハイとか言ったっけ? 僕もよく分かんないけど。」
「あいつ、あんなにちっこい癖に足だけは無駄に早いからな。
ま、俺達の纏め役を長年やってんだし、陸上でもキャプテンなのも納得だな。」
「うん、和美の走る姿って綺麗なんだよね。僕、好きなんだ。和美の走る姿。」
「……ま、それは俺も同意するけどな。」
(走る姿、ってよりは和美自身だろ? お前が好きなのは、さ。)
と、心で思うだけに留めた拓真であった。
それから、30分程かけて二人で街中をのんびり歩いていた。
普段ならば、降りてから五分と歩かない場所にあるバス停に乗り継ぐのだが、
今日は何となく歩いて帰ろうという事になり、いつもと変わり映えしない街並みを眺めていた。
と、とある大きな交差点に差し掛かった時だった。
その一角にある巨大モニターから、大音量でCMが流れ出した。
【街の中に潜んでる! ここにもそこにもあそこにも?!
ナニがある? ダレがいる? 『妖』という名の危機がいる!
さあ! 今すぐ貴方もこれを装着して、危険から身を守ろう!
『神祇守館』が提供する、ギガヒット商品『神宮流』最新作!
『神宮流・琶劉』! その効能は、買ってお確かめ下さい!
絶対、損はさせません! いや、できません!
これは貴方を! ひいては、世界の全てを救える、此の世で唯一つの商品です!!】
ああ、もうそんな時間か。そんな独り言がどこかから聞こえて来た。
どうやら、とある時間になると定期的に流れるものの様だ。
恐らくそう独りごちたサラリーマンの男性が右腕を持ち上げて眺めたのは、
一見腕時計の様に見える、今のCMで紹介していた『神宮流・琶劉』だった。
「……しっかし、これがこんなに世界中に普及する様なもんになるなんてなあ。」
「そうだよね。そういえば、最初はみんなに笑われてたもんね。
『妖』なんて不思議な生き物が実際にいるなんて、誰も本気にしないもんね。」
「ああ。こいつの御蔭で、人間の科学じゃ解明出来ない摩訶不思議な出来事の、
6~7割は解明したとかいう話じゃねえか。ビックリだねえ、おい。」
と、頻りに『神宮流』について改めて感心する人達の声に交じって、別の奇声も上がっていた。
「ミレイちゅわぁ~~~ん!!! 相変わらずかぅわぁうぃぃよぉ~~~!!!」
「L・O・V・E! M・I・R・E・I! ラヴリー・ミレイ!!
ウィー! ラヴ!! ミ・レ・イ!!! フォオオオオオオオオ!!!!!」
と、先程のCMを放送していた巨大モニターに向かって妙な集団が妙な事をやっていた。
だが、そんな彼等を誰も気に留める事はなかった。これもまた、恒例行事なのである。
……尤も、皆が無視しているのは、別の理由に依る所が非常に大きいのだが。
そんな異常な、だけど既に日常化してしまっている光景を眺めながら、
幸也と拓真の二人はとある場所へと向かっていた。