プロローグ
これは、私が何度も夢に見た物語。
夢とは、願望の類ではなく。実際に寝ている時に見た、『正に夢』である。
此の夢物語の開幕。さあ、いざ『妖々』と……。
「そっちに甲丑30体行ったぞ!」
「遠方に乙午50……いや、70体は見えるぞ! 『妖滅師』はまだ来ないのか!?」
「後、五分ぐらいで到着する筈だ! 皆、それまで持ち応えろ!」
「んな事、言ったってこの数相手じゃあ……な!? 丙申がこんな所に……!」
「気を付けろ! 己巳と一緒にそこらの茂みに潜んでいるぞ!」
「くそっ……こんな所で! う、うわあああああ!!!」
彼方此方で銃声が鳴り響いていた。
彼方此方で血飛沫が飛び交っていた。
彼方此方で阿鼻叫喚が木霊していた。
ここは戦場。
立ち向かうは、兵器を持ち、果敢に立ち向かう人間達。
相対するは、己が身体一つであらゆる命を薙ぎ払う、凶悪な魔物。
全身を真黒く染め上げる異形のモノ共、その雄々しき巨漢は正に圧巻。
爛々と輝く朱き瞳で睨み付け、人々を恐怖に陥れ。
隆々と鍛え上げられた剛腕を以て、彼岸へと投げ飛ばす。
優に5mはあろうかという巨牛。全長7mに達するかという巨馬。
成人男性と同サイズ以上の巨猿。15mは下らない巨蛇。
幾ら銃弾を無数に浴びせても煩わしそうに振り払うだけで、効果はまるで見られない。
自然界では先ず有り得ない現象。有り得ないモノ共が跳梁し、跋扈する。
そんな姿が、世界中どこに行っても必ず見られる。
これが、現在の日本。ひいては世界の様相である。
事の始まりは……6月10日。それは、『時の日』と制定された日の事であった。
この日。とある少年は、友人と共に学校に向かっていた。
「……チッ。おい、幸也! 何してんだ、さっさと行くぞ!」
人込みの中に向かって大声で叫ぶ少年。
その声に釣られた少年は何とか人込みから抜け出し、彼に笑顔で応えた。
「ごめんね、拓真。でも良かったよ、探し物が見付かって。」
とてもいい笑顔でそう言うと、幸也と呼ばれた少年は後ろを振り返った。
その視線の先には、何度も頭を必死に下げる女性の姿があった。
拓真と呼ばれた少年は、女性に手を振り続ける親友の姿を眺めつつ、
自分の顔を手で覆い、深い溜息を吐いた。
「こ・う・や・ぁ~!! お前は、ま~~~た、そんな事やってたのか?! ああ゛!?」
「う……こ、怖いよ拓真。そう、怒んないでよ……もう。いつもの事でしょ?」
「いつもの事だから、キレてんだろうが、ああ゛!?」
眉間を釣り上げた恐ろしい形相で、親友に近付いてガンを飛ばす拓真に、
冷や汗を掻きながら、幸也は本来の目的を急かした。
「ほ、ほら! 拓真! 早く行かないと、また遅れちゃうよ!
また先生に怒られちゃうよ! さあ行こう! ほら行こう! ね? ね?」
「……そもそも、俺が毎度怒られてんのは、全部お前の所為なんだがな。」
「あははは……」と引き攣った笑みを浮かべながら、
それでも自分に必ず付き合ってくれる、得難い親友の手を取り、
人込みの中を縫って駆け出す幸也であった。
今は、東歴2860年。ここは、首都・東京。
紆余曲折を経て、日本が世界のリーダーとなり、主導権を握って久しい。
その際に、今までの西暦を改め、『東歴』と名を改め、
これを世界共通の年号として用いる様になっていた。
といっても、それを成し遂げたのは日本という国ではない。
正確には、日本は京都にて起業した会社……『神祇守館』に依るものであった。
最早、世界でこの名を知らぬものはいないと言われるまでになったこの会社も、
起業当初は誰にも注目される事なく、ひっそりとその産声を上げただけだった。
だが、十年も経った頃。突然その名が世界に羽ばたいた。
その切っ掛けとなった物がある。それは今でも、『神祇守館』の最大のヒット商品であり、
未だ売り上げを、延々と右肩上がりで伸ばしていた。
この『神祇守館』の代名詞とも呼ばれている物、それこそが……。
「おい、幸也。前から言おうと思ってたんだがな。
お前の、腕に付けてるその『神宮流』、いい加減に新しいのに替えたらどうだ?」
「ん~ん、僕はこれでいいよ。だってこれは父さんが買ってくれた唯一の物だもん。」
あの後すぐに、拓真に頭を引っ叩かれて手を放しており、
今はのんびりと隣を歩いていた。
真黒い学生服に身を包む二人が向かう先は、遠くからも一望出来る巨大な建物。
『神祇守館』が全面支援して創られた、日本一の総合巨大学校である。
保育園から大学院に至るまで全てを兼ね備え、その学部の数も、
『この学校に無いものは、世界にもない』とまで云わしめた程の完備っぷりである。
この学園。名を、『御神楽学園』と云う。
「……別にもう一個あっても困らないと思うんだがなあ。
結構、使い易いんだぜ? 最新式の『神宮流』。」
「最新式……確か、『神宮流・琶劉』だっけ? 確かに格好いいんだけどなあ……。」
そう言いつつ、自分の古めかしい腕輪と、親友の真新しい腕輪を何度も見比べた。
と、その時であった。拓真の『神宮流・琶劉』が突如鳴り響いた。
それは琵琶の様に流麗で、鈴の様に涼やかで、太鼓の様に雄々しい、
何とも言い難い不思議な、とても心休まる音色だった。
「げ……マジかよ。近くにいやがんのか……『妖』が。」
「うん、さっきから僕達の後を付けてたみたい。ほら、あそこの路地裏の影に。」
幸也が指差しながら言った先に、『神宮流・琶劉』のレンズ部分を向けた瞬間、
拓真の目に、幼子程の大きさで頭に大きな角を生やしている異形のモノがいた。
その姿を見た者は、誰もが口を揃えて言うだろう……『鬼』と。
「……何だよ、子鬼か。ビビッて損したぜ、ったく。」
「アハハ。何か、一人で寂しくて僕達に付いて来ちゃったみたいだね。」
「……ハァ、ったく。おい! あっち行け! しっしっ!」
子鬼は突然大声で叫ばれ、吃驚して慌てて逃げ出してしまった。
そんな拓真に、幸也はむっとした顔で文句を言った。
「もうっ! 拓真っ! ダメじゃないか、あんなに乱暴に追い払っちゃあ。
きっとあの子、僕達と遊びたかったんだよ!?」
「……んな阿呆な事、真顔で言えんのお前だけだっつーの。
それで近付いて、ブスリと刺されちゃ話になんねーっつーの。」
「そんな事、絶対に無いってば! 前にも言ったでしょ!?
僕には、あの子達の気持ちが何となく分かるんだ……。」
「……ほんっと変な奴だよな、お前。『神宮流』がなくても『妖』は見えるとか言うし。
あまつさえ『妖』と友達になろうなんざ、普通の人間の考える事じゃねーぞ。
っと、んな事よりさっさと行くぞ。いい加減、先公にどやされるのは飽きた。」
「あ、ちょっと! もうっ、拓真ってばあ!! 待ってよ~!」
二人の姿が去った後、逃げた筈の子鬼がひょっこり戻って来ていた。
その子鬼は、辺りを見回し誰も居ない事を再確認するとほっと胸を撫で下ろした。
〈危ない所でした。バレてしまっては元も子も無いですからね。
……然し、成程。あの人が『あの方』の……。〉
誰にも聞こえない様にボソッと『人』の言葉を呟くと、子鬼は煙の様に消えて行った。
これは、数話程度で終わらせる、物語の紹介文の様なものです。
一話一話も、さして長くもなく、程々にするつもりです。
一応、毎日更新という形にしたいと思っておりますので、のんびりと御待ち下さい。