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『タチの悪い連中ってのは、どいつもこいつも、大量生産されたような、特徴のない造作をしてるな』

 ゴーグルの望遠機能を解除し、キャノピーは開けたまま、ビークルの速度を上げた。

『良い腕をしていますね、ウルブスキィ殿』

『なに、タネも仕掛けもない。道具のおかげだよ。オレはアンタらみたいに力を持ってないから、いろいろと小細工がいるんだよ。お転婆が見えてきた、回収するぞ』

ライトの中に飛び込んでくるエカイユに手を振り、操縦席から身を乗り出す。

ソリから伝わってくる感触からして、下は凍土ではなく氷床だろう。不用意に停まれば、金属製の刃が凍り付いて動けなくなってしまう。ぎりぎりまで速度を落し、雪が被るほどに機体を傾ける。

『掴まれ、エカイユ!』

 一瞬のチャンスを、エカイユは見逃さない。亜人の身体能力を駆使して、伸ばした腕にしがみついてくる体を、操縦席へ引き上げる。

『大男相手に、派手に立ち回るじゃないか』

『ウルブスキィ。ジャッド団長も、どうしてここにいらっしゃるのですか!』

『酔い覚ましに、外の風でもあたりに行かないかって、オレが誘ったんだよ』

 操縦席後ろのスペースへと収まったエカイユは、『散歩にしては、随分と物々しい装備だな』と、頬を膨らませた。

『冗談を言うなら、もっと面白いことを言え!』

『悪い。冗談ってのは、苦手でね』

 肩をすくめると、ジャッドの含み笑いが差し込んできた。

『雷鳴鳥を駆るシュヴァルの騎士として、密猟者がうろついているのを黙って見過ごすことはできない。そうでしょう、エカイユ』

『……だってさ。さすがは、騎士様だ。格好いいことを、言ってくれるね』

 闇の向こう、ぼんやりと浮かび上がってくる光へ向かい、ビークルを走らせる。

『ちなみにオレは、その密猟者に賞金でも掛かっていれば、今後の生活が楽になるかもな、って魂胆だ。そういうわけで下心満載だから、気にすんな。礼ぐらいは、もらってやらなくもないけどな』

 獣のような咆吼、雪上車の駆動音が響く。

シュヴァル側にFEL式銃を持っている奴がいるとは、思わなかったのだろう。

おまけに、レーダー圏外から打ち込める高出力の銃など、この絶対領域では早々転がっているような代物ではない。

 不可解なものには、かかわるな。凍土を渉る旅人の、鉄則だ。

『ジャッド団長、雷鳴鳥の子供が奴らに囚われています』

『わかった、追いかける!』

 雷鳴鳥の背にしがみつくようにして体勢を低く構えたジャッドは、鬨の声を上げる。

さらに加速する雷鳴鳥は、あっという間に闇の向こうへと消えて行ってしまった。

『ウルブスキィ! 私たちも行かねば!』

『分かってる、追いかけるから、髪を引っ張るなって!』

 キャノピーを下げ、ファンを回す。

地質は、氷床から凍土に変わった。雪と、その下に眠る凍てついた土を削り、ビークルが走り出す。

 雪上車の照明と、ビークルの照明が交差し、照らし出される銀色の雪原。

 フェアリィを焦がしながら虚空へと放たれるFEL式銃の光線をもろともせず、ジャッドをのせた雷鳴鳥が逃げる雪上車を追いつめてゆく。

『なんで、なんで当たらないんだよぉ! おかしいだろうが!』

 後部コンテナで、FEL式銃を構えている男があげた悲鳴に、冷笑せざるを得ない。まったく、同感だ。

 強化人の反響定位能力と、雷鳴鳥の身体能力が上手くかみ合ってこその荒技だが、ジャッドにしかできないだろう。

とてもじゃないが、真似できそうにはない。

『我らシュヴァルの地に争いを持ち込んだこと、後悔するがいい!』

 雷鳴鳥の足を止めることなく、矢をつがえてみせるジャッド。激しく動く鞍の上であるのにもかかわらず、体勢は少しもブレていない。

 弓がいっぱいに張られる緊張感が、凍土をさらに凍てつかせる。

 空気を切り裂き、放たれた矢は男の肩に命中した。

 その勢いはすさまじく、声もなくコンテナの壁に叩きつけられた男は、雪原へときりもみしながら転がり落ちた。

唸りを上げて回転するキャタピラに巻き込まれなかったのは、運が良かったとしか言いようがない。

『死にたくなかったら、そこで大人しくしているんだな!』

 雪の中に埋もれる男へ、すれ違いざまにマーカーを落とし。オレはすぐさま、ジャッドを追いかける。

『これが、本気になったジャッド団長なのか?』

 あるだけの燃料をつぎ込み、軋み声を上げながら走る雪上車と、併走するジャッド。

FEL式銃のせいでなかなか距離を詰められないでいるが、真っ直ぐな姿勢からは、十分な余裕も見て取れる。

 当たれば即死すらあり得る状況下で、この平常心。さすがというべきか、恐ろしいと言うべきか。

『こんな……凄すぎる。私では、ジャッド団長のような騎士には、とうていなれない』

『あたりまえだ、ジャッドになれるわけがないだろ』

 悔しげに息を飲むエカイユを、肩越しに振り返る。

『なあ、エカイユ。キミは、キミにしかなれない。他の誰かになんて絶対になれないし、なる必要も無いんだよ。ジャッドは目標であっても、未来のキミの姿じゃない。違ってたって良い、同じでなくたってかまわないのさ。それでもちゃんと、並んで立てる。キミが心のそこから望むのなら、な』

 キャノピーを上げ、吹き込んでくるマイナス五十度の冷気に肌を灼かれながら、タロを構えた。

連中がジャッドに気をとられている今こそが、狙撃のチャンスだ。 

『自分らしく生きる道を探すために、キミは挑むんだろ? その勇気、オレは好きだぜ』

 ジャッドほどではないが、射撃の腕にはそこそこの自信はある。

ビークルの機体に張り付き、体をできうる限りに安定させ、照準を雪上車の動力部に合わせる。

迷わず、オレは銃爪を引いた。

網膜を灼くような閃光が、夜空を一直線に駆けていく。


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