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 襲い掛かってきた衝撃に、オレは椅子から勢いよく転がり落ちた。

 不意打ちだ。

 直撃を受けてから慌てて鳴り出す警報音が、打ち付けた頭にがんがん響く。気分としては伸びていたいところだが、起き上がるのがまず先だ。格安で仕入れた中古品の雪上車(ビークル)は、ハンドルを握ってやらないとバランスを崩して横転しかねない。

「あぁ、畜生! こんなポンコツにてめぇの命を預けなくちゃならないクソみてぇな運命から、いつオレは解放されるんだ、畜生!」

 怒声と一緒に吐き出した唾が、氷の粒になって床に転がる。

 這いつくばったままの姿勢で、天井を見上げた。

 裂けている。

 大きく開いた穴から、マイナス五十度の外気が入り込んでいた。

 最悪だ。ポンコツがスクラップに変わりやがった。

「何処の、馬鹿だ!」

 ブラックアウトしたままのセンサーモニターには、何も映らない。役立たずの警報音が、やかましく騒ぎ立てているだけだ。

「やばいのは、わかってんだよ。黙れ」

 オレは堅い椅子を杖変わりにして起き上がり、中腰のままハンドルを握る。

 何処の誰だか知らないが、随分と乱暴なノックだ。

 オンボロ雪上車を襲ったのは、ただの銃弾じゃない。振動の直前、体中に僅かな痺れが走ったのを覚えている。自立稼働式シールドが展開した証拠だ。

「まあ、かすってくれたから間に合ったようなもんだがな」

 スペック的に先手を読むのは苦手なようだが、最低限の仕事はちゃんとしてくれたようでほっと息をなで下ろそうとして―――

「おい、マジかよ。嘘だろ?」

 霜が張り付いて、磨りガラスのように曇ったフロントガラスの向こう。

 FEL式銃と思われる赤い光線が、これから食らいつくぞと、意地悪くちらつくのが見えた。

 体中の産毛が一気に逆立つ。

 パニクる頭でできたのは、舌を噛まないように口を閉じたくらいだ。

 まちがいない、今度は直撃だ!

 強い衝撃が車体を揺さぶり、足がふわりと浮く。傾いた床、凍りはじめた床の上を滑るようにして、オレは霜が浮いた壁に背中から叩きつけられた。

(最低だ!)

 幸いにも、冷気を完璧に遮断する外作業用のウエアが、襲い掛かる衝撃を上手いこと軽減してくれた。打撲はありそうだが、とりあえず動ける。

 だが、痛い。

 手放しそうになる意識をひっつかみ、咳き込みながら体を起こし、オレは転がるFEL式スナイパーライフル銃を取り上げた。

 壁に打ち付けた頭を振って、立ち上がる。

「おいたをする素人には、玄人がちゃんと躾けてやるのが世のためってもんだよなぁ」

 FEL式銃は、狙った標的を外さないのが最低限のマナーだ。何処までもまっすぐに進んでいく、光線銃に、流れ弾なんてあっちゃならない。

 ルールを知らない輩には、大なり小なり賞金が賭けられている。つまりは、無法者だ。

 FEL式銃で粗相をする連中となれば、それなりの額を期待したって、肩すかしは食らわないだろうし、壊れたレーダーの代りをついでに拝借するっていうのも、妙案だ。

 とにかく、今のオレに必要なのは金と物資。

 借金の抵当に入っている相棒を、できうる限り穏便に助け出すには、その二つがどうしても必要だった。


 ◇◆◇◆


 マイナス五十度。

 月も太陽もない夜空の中に、そっと降り立つ。

 足元は、乾いた雪が降り積もる凍土。

 底の厚いブーツを履いていても、骨に染みる冷気が、内側から全身を巡るようだ。

 低体温症を防ぐため、あらかじめ注射してある不凍タンパク質(FTP)剤の作用で凍死することは絶対にないが、強すぎる野生は、常にオレの喉元へ鋭い牙を突きたてている。

 凍土で何よりも恐ろしいのは、銃でも獣でもなく、間違いなくこの寒さだ。

 空を見上げれば、星よりもなお明るいコバルトグリーンの光の渦が流れていた。

 オーロラだ。

 まるで蛇のウロコを思わせる光沢は綺麗だが、そのうねりは、どこか妖しい。

『こりゃあ、弁償モノだぞ』

 こめかみ付近に皮下移植してある共通通信装置、多面的回路(エリ・クシール)を起動させ、つぶやく。水分という水分をすべからく凍り付かせる外界では、ぼやくことすら一苦労だ。

『狙いもあまいが、威力調整もなっちゃいない。素人が!』

 霜がこびり付き、白と橙色の斑模様になった雪上車の屋根は、バターの様に溶けて凹んでいた。FEL式銃による弾痕に間違いなかった。

 みたところ、シールドで防ぐことができる、限界ぎりぎりの熱量だったらしい。三発目を食らっていたら、と思うとぞっとする。流れ弾なんかで、死にたくなんかない。

(さて、どこから撃って来やがった?)

 光源は、星の瞬きだけ。

 視界は三メートルほどと、非常に狭い。吐き出す息で、白く曇るゴーグルの霜を引っ掻くように落し、真っ暗闇の世界をぐるりと見回した。

 目当てのものは、すぐに見つかった。

 音に反応して赤く発光する生命体、フェアリィだ。

 ライフル銃のストラップをかけ直し、雪上車の後部に連結してあるコンテナへと回り込む。乏しいライトの明かりを頼りに、ハッチを外から開くレバーを探り当てる。

(まいったな、凍ってる)

 当然と言えば当然だが、気が急いている時の手間ほど妬ましいモノもない。

 腰に吊っているピッケルをカラビナから外す――と。一緒に小さなモノが落下した。まずい、無くしたら何を言われるか分かったもんじゃない。

 さらさらの雪の上に落ちた、手のひらほどの土人形を拾い上げる。この地方に伝わる、|オベレグ≪お守り≫だ。

 借金の抵当に入っている相棒が、「一人じゃ、なにかと寂しいでしょう?」といって、無理矢理持たせてきたものだ。

『暗い所でみると、ますます呪いの人形みたいだよな』

 絵心がないにも、ほどがある。

 熱線で溶けた雪上車の屋根のように、土人形に書かれた顔は歪んでいて、正直、人にも動物にもみえなかった。

 何をかいたのかと尋ねてみたが、オレの顔だとにこやかな笑みと一緒に返ってきた答えは、正直へこんだ。ナルシストじゃないが、少なくとも人外レベルの造作じゃないとおもうんだがな。

『まあ、厄介ごとをはね除けるっていうなら、妥当なセンスなんだろうけどな』

 雪を払って、お守りを腰に結び直す。

 気を取り直し、ピッケルの石突きでこびり付いた氷をカバーごと砕き割り、ハンマー部分で強引にレバーを押し下げた。

 コンテナが震動し、軋みながらハッチが開く。ぱらぱらと、氷の欠片が雪のように散った。

 自動的にせり出してきたのは、三連ソリを履いた小型艇、ビークルだ。背中に付いた巨大送風機で推進力をえて、滑るように雪の上や氷床を走る乗り物だ。

 ポンコツの雪上車と違い、こっちはそこそこに手入れをしてある。

『頼むから、幸運をはこんでくれよ』

 腰に下げたお守りを軽くはじき、暖気運転の熱で白く煙るビークルに乗り込んだ。

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