24 罠
「やっぱり……誰もいないわね」
「調べるだけ無駄な気がするけどね」
セスは欠伸をしながら退屈そうに言った。
リリィ、セス、キナの三人はある民家の中を調べていた。
数軒の家を調べてみたが、どこも人の姿は見られない。
「それにしても、ここは本当におかしいね」
セスがさして興味もなさそうに言った。
「まるで生活感がないよ。生活をしていた匂いもないし。……まるで造られてるみたいだ」
「確かに……そうかもしれないわね」
言われてみればその通りだった。作り物のような不自然さが感じられる。
キナも注意深く周囲の様子を窺っている。
凛としたその姿は普段と同じように見えるが……
「……あの、キナさん」
ふとリリィはそう言った。
「さっき言ってたこと……どういう意味ですか?」
あまり立ち入ってはいけない内容なのかもしれない。しかし、先程のキナの様子が気になって、リリィは思い切って尋ねてみた。
「ああ……別に気にしなくていい。ただ言ってみただけだ」
「でも……何だか、いつもと違った気がして」
キナは少し困ったように笑う。
「リリエルさんは感覚が鋭いんだね。とても他人の心に敏感だ」
「そうですか? 初めて言われたな」
「だから、こんなにいい仲間が集まるのかもしれない。リュカもレムも、君のことをとても信用しているみたいだ。もちろん、魔人の坊やもね」
と言って、素知らぬ顔のセスを見た。
「ねえ、リリエルさん。仲間がいるってどんな気持ち? 楽しい? 嬉しい? ……辛い?」
リュカと同じ金色の眼。真っ直ぐにリリィを見つめるキナの瞳は、吸い込まれそうに深い。
「キナさん……?」
「私にはわからないよ。誰かを愛せる気持ちも、愛される気持ちも。私が持っているものは、私しかいない。この魂と、存在意義しか」
それは魔人の本能だったのかもしれない。肌にひりつくような不穏な気配を感じ、セスはリリィを背にして、キナの前に立った。
「何を言ってる? あんた、一体……」
不意に、キナは唇の端を吊り上げる。
その微笑に、リリィは不思議な既視感を覚えた。
知っている――この笑い方――この表情を。深く囚われるような闇を包んでいる、この瞳を。
「――なんて、柄にもないことを言ってしまったね。これもしばらく一人でいたお陰かな」
キナは辺りを見回した。
「感覚が鋭くても、所詮は人間か。――この作り物の里にも、大して疑問を抱かなかったようだね」
「どういうことだ? ――作り物だって?」
「言った通りだよ。これは、作り物だ。――全く、計画通りに事が運んで実に愉快だよ」
「……あんた、まさか」
キナはゆっくりと瞬きをした。
再び開かれたその瞳は――。
「久しぶりだな、セス。随分と優しくなったようじゃないか」
キナの金色だった瞳は、いつの間にか深い紫に煌めいていた。
引きずり込まれそうな闇色の瞳――リリィの全身に、凄まじい勢いで寒気が走る。
「――ネオス!?」
キナは愉快そうにくすりと笑う。
「覚えていてくれたかな。いや、忘れるはずもないか」
「あ、あなたがネオスなら――キナさんは、一体どこに!!」
「前と同じだよ、リリエル」
セスの額を冷や汗が伝った。
「存在しない――ってわけか」
「その通りだ。竜人族のキナは最初から存在しない。リュカの友人、族長から信頼されている、という情報は全て私が例のように記憶を操作して創ったものだ。オディール・ダーモットと同じように」
「僕たちはまんまとあんたの掌で踊ってたらしいね。あの魔人の兄妹も、あんたの差し金かい?」
「それは偶然だ。案内役の竜人が死んだのも。――改めて、魔人とはおぞましいものだな。血というものが、ああまで全てを赤く染めるものだとは思わなかった。お前たちの瞳と同じ色に……」
「それはどうも。――何にしても、僕たちは迂闊すぎたようだね。あんたが反則技を使ってくることを想定してなかった」
「想定していたとして――」
キナの体を光が包む。次の瞬間、そこに立っていたのは長い銀髪を垂らした神々しい麗人――少年のような少女のような、はたまた大人のような空気をまとうネオスだった。
「防ぐ方法があったのか? この私の干渉を防ぐ術が?」
「ないね。残念ながら」
その時、慌しい足音と共にレムとリュカが転がり込んできた。
「リリィ! セス! ――っ!!」
そこにいるネオスの姿を認め、二人は息を呑む。
ネオスは笑みを崩さずに超然と佇んでいる。
「これで全部か。思った通りに動いてくれて、実に都合が良かった」
「し、しつこい野郎だぜ……!」
ネオスは腕を組んで、おもしろそうにリリィたちの様子を眺めている。
その雰囲気は、どこか以前とは違った。はっきりそうとは言えないが――何らかの違和感をリリィは感じたのだ。
(何だか……前よりも落ち着いているような、余裕があるような……そう、“大人っぽい”んだわ。突き刺すような、張り詰めた空気がない……)
以前のネオスが持っていた、どこかアンバランスなものを感じさせる一種の『危うさ』――それがないのだ。確かにその表情も以前よりも落ち着いた風になっている。
「短い間ではあったが、何もせず閉じ込められているというのは実に退屈だったよ。だがそのお陰で、以前よりも余裕と思慮深さを得ることができたようだ」
「じゃあ、これはよく考えた結果の行動ってわけ?」
なるべく余裕を崩さず、平然を装ってセスは会話しているが、いつもの不敵な笑みは心なしか硬い。
「そうだ。――この村はあらかじめ私が創っていた異空間。ごく自然に、違和感を伴わずここへ来られるよう、ゆっくりとお前たちの精神に干渉していた。面倒な策は性に合わんが……お前たちを自然に導くことができた」
「……なんでもありだな、ほんとに。また大人たちに怒られるんじゃないかい?」
セスは挑発するが、ネオスは優美な笑みを返すだけだ。
「これは、私一人の行動ではない。今度は長老会の正式な決定を受けた、任務だ」
ネオスは長い銀髪を払った。その仕草は、前とは比べものにならないほど大人びて見える。
「あなたの任務って……ルシナを捕えることね?」
「それ以外に何がある?」
「なのにあたしたちの所へ来て、一体どういうつもり?」
「試すのだ」
試す――? 一体何を――。
心から楽しそうにネオスは笑っている。
「ルシナの心を」
「――どういうこと?」
「直にわかる」
ネオスは不意に片手でリリィたちを指差した。
「――!!」
その瞬間、体が硬直して全く動かなくなる。自由に動くのは視線だけだ。リリィだけではなく、他の三人も動けなくなってしまったらしい。
ネオスの力のせいだ。
「大人しく主役の登場を待つことだ」
ネオスは艶然と笑う。そして不意に右の掌を上に向けた。その中心に光が集まり、それは紫色の玉に変じた。
その玉には見覚えがある。不思議な光を湛えたそれは、色こそ違うものの、竜人族の里にまつられていたアル・カミアへの鍵である宝玉とよく似ていた。
(それは……!)
「獣人の宝玉。ルシナが追い求める、最後の宝玉だ。下界に降り立ってすぐ、本物の獣人の里で頂いたのだ。これでルシナが私に会わずしてアル・カミアへ赴くことは、不可能となったわけだ」
「まさかお前、里の奴らを……!」
歯ぎしりするレムに、ネオスは余裕のある笑みを見せる。
「まさか、殺しはしないよ。忘れたのか? このエーゼの地において、神の一族たる聖霊は最高の権威を持っている。アル・カミアを脅かそうとしているディラスの化身を排除するために、快く私の要求に応じてくれたよ」
「卑怯だぞ!」
「卑怯? わかっていないようだな。エーゼの使者に協力するのは、この地に生きる者ならば当然だろう? おかしいのはお前たちの方だ。忌々しいディラスに加担しているのだからな」
ネオスが右手を握り締め、再び開いた時、どこへ消え失せたのか宝玉はもう既にそこにはなかった。
「全く、楽しみで仕方がないよ」
ネオスは動けずにいるリリィに歩み寄り、彼女の顔を覗き込んだ。
どこまでも深く、暗く澄んだ瞳。吸い込まれそうな輝きにリリィは思わず怯んだが、ネオスの美しい顔は子供のように無邪気な笑顔を見せた。
「大切なものを壊されたら、ルシナはどんな顔をするのだろうね……?」




