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アナテマ  作者: はるた
第四章
97/124

24 罠

「やっぱり……誰もいないわね」

「調べるだけ無駄な気がするけどね」


 セスは欠伸をしながら退屈そうに言った。


 リリィ、セス、キナの三人はある民家の中を調べていた。

 数軒の家を調べてみたが、どこも人の姿は見られない。


「それにしても、ここは本当におかしいね」


 セスがさして興味もなさそうに言った。


「まるで生活感がないよ。生活をしていた匂いもないし。……まるで造られてるみたいだ」

「確かに……そうかもしれないわね」


 言われてみればその通りだった。作り物のような不自然さが感じられる。


 キナも注意深く周囲の様子を窺っている。

 凛としたその姿は普段と同じように見えるが……


「……あの、キナさん」


 ふとリリィはそう言った。


「さっき言ってたこと……どういう意味ですか?」


 あまり立ち入ってはいけない内容なのかもしれない。しかし、先程のキナの様子が気になって、リリィは思い切って尋ねてみた。


「ああ……別に気にしなくていい。ただ言ってみただけだ」

「でも……何だか、いつもと違った気がして」


 キナは少し困ったように笑う。


「リリエルさんは感覚が鋭いんだね。とても他人の心に敏感だ」

「そうですか? 初めて言われたな」

「だから、こんなにいい仲間が集まるのかもしれない。リュカもレムも、君のことをとても信用しているみたいだ。もちろん、魔人の坊やもね」


 と言って、素知らぬ顔のセスを見た。


「ねえ、リリエルさん。仲間がいるってどんな気持ち? 楽しい? 嬉しい? ……辛い?」


 リュカと同じ金色の眼。真っ直ぐにリリィを見つめるキナの瞳は、吸い込まれそうに深い。


「キナさん……?」

「私にはわからないよ。誰かを愛せる気持ちも、愛される気持ちも。私が持っているものは、私しかいない。この魂と、存在意義しか」


 それは魔人の本能だったのかもしれない。肌にひりつくような不穏な気配を感じ、セスはリリィを背にして、キナの前に立った。


「何を言ってる? あんた、一体……」


 不意に、キナは唇の端を吊り上げる。

 その微笑に、リリィは不思議な既視感を覚えた。

 知っている――この笑い方――この表情を。深く囚われるような闇を包んでいる、この瞳を。


「――なんて、柄にもないことを言ってしまったね。これもしばらく一人でいたお陰かな」


 キナは辺りを見回した。


「感覚が鋭くても、所詮は人間か。――この作り物の里にも、大して疑問を抱かなかったようだね」

「どういうことだ? ――作り物だって?」

「言った通りだよ。これは、作り物だ。――全く、計画通りに事が運んで実に愉快だよ」

「……あんた、まさか」


 キナはゆっくりと瞬きをした。

 再び開かれたその瞳は――。


「久しぶりだな、セス。随分と優しくなったようじゃないか」


 キナの金色だった瞳は、いつの間にか深い紫に煌めいていた。

 引きずり込まれそうな闇色の瞳――リリィの全身に、凄まじい勢いで寒気が走る。


「――ネオス!?」


 キナは愉快そうにくすりと笑う。


「覚えていてくれたかな。いや、忘れるはずもないか」

「あ、あなたがネオスなら――キナさんは、一体どこに!!」

()()()()だよ、リリエル」


 セスの額を冷や汗が伝った。


「存在しない――ってわけか」

「その通りだ。竜人族のキナは最初から存在しない。リュカの友人、族長から信頼されている、という情報は全て私が例のように記憶を操作して創ったものだ。オディール・ダーモットと同じように」

「僕たちはまんまとあんたの掌で踊ってたらしいね。あの魔人の兄妹も、あんたの差し金かい?」

「それは偶然だ。案内役の竜人が死んだのも。――改めて、魔人とはおぞましいものだな。血というものが、ああまで全てを赤く染めるものだとは思わなかった。お前たちの瞳と同じ色に……」

「それはどうも。――何にしても、僕たちは迂闊すぎたようだね。あんたが反則技を使ってくることを想定してなかった」

「想定していたとして――」


 キナの体を光が包む。次の瞬間、そこに立っていたのは長い銀髪を垂らした神々しい麗人――少年のような少女のような、はたまた大人のような空気をまとうネオスだった。


「防ぐ方法があったのか? この私の干渉を防ぐ術が?」

「ないね。残念ながら」


 その時、慌しい足音と共にレムとリュカが転がり込んできた。


「リリィ! セス! ――っ!!」


 そこにいるネオスの姿を認め、二人は息を呑む。

 ネオスは笑みを崩さずに超然と佇んでいる。


「これで全部か。思った通りに動いてくれて、実に都合が良かった」

「し、しつこい野郎だぜ……!」


 ネオスは腕を組んで、おもしろそうにリリィたちの様子を眺めている。

 その雰囲気は、どこか以前とは違った。はっきりそうとは言えないが――何らかの違和感をリリィは感じたのだ。


(何だか……前よりも落ち着いているような、余裕があるような……そう、“大人っぽい”んだわ。突き刺すような、張り詰めた空気がない……)


 以前のネオスが持っていた、どこかアンバランスなものを感じさせる一種の『危うさ』――それがないのだ。確かにその表情も以前よりも落ち着いた風になっている。


「短い間ではあったが、何もせず閉じ込められているというのは実に退屈だったよ。だがそのお陰で、以前よりも余裕と思慮深さを得ることができたようだ」

「じゃあ、これはよく考えた結果の行動ってわけ?」


 なるべく余裕を崩さず、平然を装ってセスは会話しているが、いつもの不敵な笑みは心なしか硬い。


「そうだ。――この村はあらかじめ私が創っていた異空間。ごく自然に、違和感を伴わずここへ来られるよう、ゆっくりとお前たちの精神に干渉していた。面倒な策は性に合わんが……お前たちを自然に導くことができた」

「……なんでもありだな、ほんとに。また大人(・・)たちに怒られるんじゃないかい?」


 セスは挑発するが、ネオスは優美な笑みを返すだけだ。


「これは、私一人の行動ではない。今度は長老会の正式な決定を受けた、任務(・・)だ」


 ネオスは長い銀髪を払った。その仕草は、前とは比べものにならないほど大人びて見える。


「あなたの任務って……ルシナを捕えることね?」

「それ以外に何がある?」

「なのにあたしたちの所へ来て、一体どういうつもり?」

「試すのだ」


 試す――? 一体何を――。


 心から楽しそうにネオスは笑っている。


「ルシナの心を」

「――どういうこと?」

「直にわかる」


 ネオスは不意に片手でリリィたちを指差した。


「――!!」


 その瞬間、体が硬直して全く動かなくなる。自由に動くのは視線だけだ。リリィだけではなく、他の三人も動けなくなってしまったらしい。

 ネオスの()のせいだ。


「大人しく主役の登場を待つことだ」


 ネオスは艶然と笑う。そして不意に右の掌を上に向けた。その中心に光が集まり、それは紫色の玉に変じた。

 その玉には見覚えがある。不思議な光を湛えたそれは、色こそ違うものの、竜人族の里にまつられていたアル・カミアへの鍵である宝玉とよく似ていた。


(それは……!)

「獣人の宝玉。ルシナが追い求める、最後の宝玉だ。下界に降り立ってすぐ、本物の獣人の里で頂いたのだ。これでルシナが私に会わずしてアル・カミアへ赴くことは、不可能となったわけだ」

「まさかお前、里の奴らを……!」


 歯ぎしりするレムに、ネオスは余裕のある笑みを見せる。


「まさか、殺しはしないよ。忘れたのか? このエーゼの地において、神の一族たる聖霊は最高の権威を持っている。アル・カミアを脅かそうとしているディラスの化身を排除するために、快く私の要求に応じてくれたよ」

「卑怯だぞ!」

「卑怯? わかっていないようだな。エーゼの使者に協力するのは、この地に生きる者ならば当然だろう? おかしいのはお前たちの方だ。忌々しいディラスに加担しているのだからな」


 ネオスが右手を握り締め、再び開いた時、どこへ消え失せたのか宝玉はもう既にそこにはなかった。


「全く、楽しみで仕方がないよ」


 ネオスは動けずにいるリリィに歩み寄り、彼女の顔を覗き込んだ。

 どこまでも深く、暗く澄んだ瞳。吸い込まれそうな輝きにリリィは思わず怯んだが、ネオスの美しい顔は子供のように無邪気な笑顔を見せた。


「大切なものを壊されたら、ルシナはどんな顔をするのだろうね……?」

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