23 これからもずっと
獣人族の里へ向かう道中で、ルシナの姿をした聖霊に再び会うことはなかった。
いつも意味ありげな言葉を残しては消えてしまう。彼の目的が何なのかもよくわからない。
どうやらリリィを助けてくれているらしいが、一体なぜなのだろう。
「どうかした?」
ふと、隣を歩くセスがそう尋ねてくる。
「うん……ちょっと」
セスになら、話してもいいかもしれない――。
そうは思ってもやはり、あの現実離れした光景をうまく言葉にできる自信がなかった。
「何か言えないことでもあるの」
そう言うセスの眼は真っ直ぐにリリィを見ていて、何もかも見透かされていそうな気になる。
「そういうわけじゃないけど……」
「リリィ! セスに言う前にまずオレに言えよ!」
と、横からレムが口を出してきた。
「なんか、最近セスとばっか話してねえ? 寂しいじゃん」
「君より僕の方が頼りがいがあるからだろ」
「何ぃ!?」
相変わらずの二人のやり取りを聞いて、リュカがため息をつく。
「やめないか、二人とも。見苦しい」
「僕は本当のことを言っているだけさ」
「なーにーが本当のことだっ! オレの方がリリィと付き合い長いんだぞ!」
「長いって言っても、ほんの数ヶ月じゃないか。しかも最初は友達でもなんでもなかったくせに」
「そっ、それはそうだけど!」
それを見てくすくす笑っているキナ。
「いい仲間を持ったね」
と、肩をすくめてリリィに言った。
リリィも笑いながら答える。
「はい。本当に」
「うらやましい。心から笑いあえる仲間がいるなんて」
「キナさんにも、里にたくさん仲間がいるでしょう? リュカとも幼馴染だって聞きました」
そう言った時、キナはふと遠くを見た。
金色の瞳の中に、どこか寂しげな――それでいて何とも言えぬ複雑な色を帯びた、そんな光を見た気がした。
「私には……本当に私を理解するものはいない」
「……キナさん?」
「使命を帯びた戦士として、正義に従う……それだけが私の生きる意味だから」
優しく穏やかだったキナの声色が、急に低く重くなった。
心の奥底にある決意を、更なる深みへ沈めるように……
リリィが何か言おうとすると、リュカの言葉が重なった。
「もうすぐだぞ」
「やっとか。長い道のりだったね」
そうやってリリィに笑いかけるキナの表情に、先程のような暗さはまるでなかった。
* * *
獣人族の里は、大草原の真っ只中にある。
規模としては竜人族のそれより圧倒的に大きく、彼らのように集落を塀で囲ったりはしておらず、家々があちこちに点在しているという形だ。
「おかしいぜ」
獣人族の里に着いた途端、レムがそう漏らした。
レムだけでなく、そこにいる全員がそう感じていたことだろう。
「これは……異様だな」
次いでリュカも重々しくそう口にする。
里には人の気配がまるで無かったのだ。
草原はしんと静まり返り、わずかな生きた音さえ全く聞こえずただ風が吹き抜けていくばかりだ。
「一体どうしたのかしら……」
「既にルシナが来て皆殺しにされたんじゃないか?」
さらりとセスは言う。
すかさずレムは牙を剥いて反論しようとしたが、リュカがそれを制して首を振った。
「それにしても、死臭一つしないのはおかしいぞ」
セスは肩をすくめる。
「そういう能力を使ったってことも、考えられなくはないだろ。死体を跡形もなく消し去る能力」
「セス!」
リリィはレムの様子を窺いながらセスをたしなめた。
ここはレムの故郷なのだ。久々に戻ってきた故郷がこのような様子では、不安でないはずがない。
もし――考えたくはないが――セスの言ったようなことが真実なら……
「どっちにしろ、調べる必要はありそうだね」
注意深く辺りの様子を窺っていたキナが言った。
「二手に分かれよう」
というキナの言葉にリリィは不安を感じた。
「危険じゃないかしら?」
すると隣にいたセスが口を出す。
「村人全員が消されてしまうような力が働いているなら、何人に分かれたところで同じだよ」
「でも……」
「大丈夫さ」
いつも通りの軽いセスの口調にますます不安になったが、何もかも不安に感じていては少しも動けないのも確かだ。
「……そうね。わかったわ」
「では……俺とレムで二人。リリエルにはキナとセスが付いていれば大丈夫だろう」
* * *
どの民家に入っても、やはり誰もいなかった。
何か尋常ならざることが起こった形跡も見られない。至って普通の風景があるばかりだ。
「一体、何があったのか……」
リュカの声は静寂の中へ溶けて行く。
「…………」
「レム、大丈夫か?」
リュカの声にはっとして、レムは顔を上げた。
「ん、ああ」
レムの家は、この里にはない。魔人に家族を殺されてすぐに、レムはリュカと共にセルドナ大陸で旅立ったのだ。
家族はいなくても、生まれ育った故郷だ。友人や、世話になった人々もいる。
「なあ、リュカ……」
「何だ?」
「もし……皆死んでたら……オレ、また一人になっちゃうのかな」
震えているレムの声に、リュカは首を振った。
「セスの言うことなど気にするな」
「でもっ……こんなの、そうとしか考えられねえよ! 誰も……誰もいないんじゃ……」
「ルシナは……」
そんなことはしない――そう言おうとしたが、言葉を続けることはできなかった。
記憶喪失のルシナなら、そうだっただろう。しかし今の彼は……
目的を達成するために容赦なく竜人たちを攻撃し、そしてリリィさえ傷付けた。
リュカの途切れた言葉の先を察したのか、レムは唇を噛んだ。
「オレだって信じたいよ……ルシナはそんなことしないって。でも……竜人の里で見たあいつは……」
「もしそうだとしても、お前は一人にはならない」
力強くリュカは言い切った。
「俺がいる。今までもそうだっただろう? この先どんなことがあっても、俺がお前を一人にしていなくなることはない」
涙の滲む眼で、レムは目の前の青年を見上げる。
「……本当か? 本当に、オレとずっと一緒にいてくれんの……?」
「ああ」
「しょ……将来、結婚したら、ど、どうなるんだよ。オレと一緒にいるなんて、そんなの無理だろ」
「お前が俺と結婚すればいいだろう」
あっさりとした言葉に、雷で撃たれたような衝撃を覚えてレムは立ち尽くしたが、リュカは平然としている。
「――はあ!?」
数秒遅れ、レムは素っ頓狂な声を上げた。
「なななな、何言ってんだよっ!?」
「そのままの意味だが」
「そそそそそそ、そんなの無理に決まってんだろ!! お前は竜人族、オレは獣人族なんだぞ!?」
異種族間での結婚は、暗黙の内の禁忌とされていた。それでも他種族を愛してしまった者たちは、残らず里を追われたのだ。
「オ、オレはともかく、お前は前族長の息子で、現族長の甥だろ! そんなことできるわけねえよ!」
「叔父上はそんなことを気にするお人ではないさ。それにセルドナへ行った時点で、そのような細かい慣習など気にする立場でもない」
「そっ、それはそうだけど……」
「それとも、相手が俺では嫌か?」
「ち、違うっ! 違うよ……そんなんじゃなくて……」
リュカは冷静で常識人、感情的になることも滅多にない男だ。
しかしたまに――ごく稀に、突拍子もないことを言い出す。数年前、セルドナへ行くことになった時もそうだ。家族を失って悲嘆にくれるレムを誘い出して、突然セルドナへ行こうと言ったのだ。
「何で急に……そんなこと言い出すんだよ。真面目に言ってんの? それとも冗談?」
「冗談でこんなことを言うか」
レムは言葉に詰まった。
真っ直ぐこちらを見ている金色の眼をまともに見返すことができなくて、無意識のうちにうつむいてしまう。
リュカと話している時に、こんなことはなかった。頬が熱く、心臓が早鐘を打っている……
「りゅ……リュカ。前から、気になってたことが、あるんだけど……」
「何だ?」
「オレって……何? お前にとってオレは……妹? 弟? それとも、ただの友だち?」
「お前こそ、どうなのだ」
思わぬ切り返しに、レムはすぐ言葉を紡ぐことはできなかった。
「俺はお前にとって、どのような存在なんだ。兄か? 友人か?」
いつもと同じ、静かにレムを見つめる金の瞳――。
リュカがこんな話をしたことはなかった。
幼馴染。兄。親友。
そのどれでもあるが、違う。
言葉ではうまく表現できない、けれども一番身近な、大切な人だ。
(言わなきゃ。はっきり、今ここで……)
何とかして言葉を吐き出そうとぱくぱく口を動かしていると、ふとリュカが閃いたように視線を動かした。
「……さっきから感じていた違和感……この家、生活感が無さすぎると思わないか」
「え?」
「突然何かが起こって住人が消えたにしては、整然としすぎている」
突然話題が変わってレムは面食らったが、言われてみると頷ける。
「確かに……」
「――まさか、住人が消えたのではなく……最初からいなかった?」
「なっ……どういうことだ!?」
リュカの表情にははっきりとした焦燥の色があった。
「まずいぞ……早くリリエルたちに知らせなければ!」




