22 託宣
「!」
誰かに名前を呼ばれた気がして、リリィはふと目を覚ました。
めらめらと燃え続ける炎以外には、変わらぬ夜の静寂がそこにあるだけで、動くものは何もない。
(気のせいか……)
すぐ隣で地面に横になっているセスを見る。静かな寝息を立てながら眠る彼は、小さな子供のようだった。
リリィは先程セスよりも先に寝てしまったが、セスはそれからしばらく起きていたようだった。
自分の言ったことが、彼の心に傷を付けてしまったかもしれない。
以前ならセスに限ってそんなことはありはしないと思っていただろうが、今は違った。
セスは強い。心も、体も。
しかし、不敵な微笑の下に隠された彼の奥底には、脆く傷つきやすい、リリィと同じ心を持っているような気がした。
(皆、同じなのね。私も、セスも、ルシナも……)
ふと、炎がゆらりと大きく揺れた。風が吹き、木々がざわめく。
「……?」
揺れる炎の向こう側――陽炎のように空間が歪んだように見えた。
火の粉が舞い散り、炎から発生するものとは違う、静かな白い光がそこから現れた。
(これは……)
何度目だろうか。これは彼が現れる時の光だった。
* * *
やはり何度見てもその姿はルシナそのものだった。正確には以前の――記憶を失っていた時の彼だ。
リリィは誘われるように立ち上がり、炎を挟んで彼と向かい合った。
「…………」
無表情の――しかしほんの少し微笑を浮かべているような彼の顔。光をまとっているその姿は、やはり実物とは違う、虚像のように見えた。
「急いだ方が良い」
例のように口を動かさず、頭の中へ直接響く声で彼は言った。
「え……?」
「決は採られた。間もなく彼を捕えるために、動き出す」
その言葉に、リリィははっとした。
「捕えるためにって、まさか――聖霊が!?」
彼が頷いたように見えた。
「それじゃあ、ネオスも……」
聖霊が――ネオスが来る。ルシナを捕えるために。
ネオスが再びルシナを捕えようと牙を剥くのならば、勝ち目はない。強大な力を持っているとはいえ、今のルシナは体と力を酷使しているお陰で、とてもネオスに対抗できる状態ではない。
リリィは思わず彼の元へ駆け寄っていた。
「あなたも聖霊なんでしょ!? 止めることはできないの!? あなたはあたしを導いて、助けてくれた。ルシナの『処刑』には反対しているんじゃないの?」
彼は何も言わない。ルシナの顔で、リリィを見下ろしているだけだ。
「あたしは……もう一度ルシナの力に鍵をかけて、平穏に暮らしてほしい。聖霊と戦ってなんか欲しくないわ。そのためなら、あたしは何だってする」
「何でも?」
その声にはどこか試すような響きがある。
「君自身の命と引き換えだとしても?」
「……覚悟はあるわ」
ふわりと彼は笑う。ルシナとは違う、しかし優しく神秘的な微笑みだった。
次にリリィの腰にある剣を指差す。
「それ――」
「レイハの剣……?」
「君がそれを持っていることによって、君の意識と私の意識を繋げることができた。君と私の波長が合ったというのもあるけれど」
レイハの想いが込められた剣。リリィの身を守ってくれただけでなく、こんな役割も果たしてくれていたとは――。
「この私は、私の思念の一部。君の心に一番強くあるものの姿を借りて、こうして実体化しているに過ぎない。君に私の意識を飛ばしていたから、しばらく本体は放ったらかしになっていたようだ」
「ずっと……守っててくれたの?」
「実際に君の身を守っていたのは、その剣。私はその手助けをしていただけ」
夜の闇の中、光をまとって揺らぐ彼の姿は、神々しいという以外に形容しがたかった。ネオスも超然とした神々しさを持っていたが、それとは全く異質だった。邪悪さも神聖さも全て取り払われた――無の中にある何か。
「あなたは……一体誰?」
彼は答えない。光を帯びた眼で、真っ直ぐに目の前の少女を見つめている。
「勇敢なる少女よ――闇の戦士の救済を望むなら、彼の場所へ」
「彼の場所? どういうこと?」
「今の私には、導くことしかできない」
「ま、待って! わからないわ、何を言ってるの?」
「自らの意志に従えば、道は開かれる。あるいは、君自身の手で――」
それだけ言うと、彼の体は眩い光に包まれた。
リリィは彼を引き留めようと手を伸ばしたが、その手は空気に触れただけだった。
彼のまとっていた光も全て消えてしまうと、そこには元と同じ静寂が戻ってくる。
「……一体、どういうことなの?」
彼は『闇の戦士の救済を望むなら』と言った。
闇の戦士――ルシナのことだろうか? それならば、ルシナを救う道はまだあるということだ。そしてルシナの姿をした彼が、それを知っている。
どうやら、道は閉ざされているわけではないようだった。




