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アナテマ  作者: はるた
第四章
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14 揺れる心



 セスの本気なのか冗談なのかわからない告白のせいで、リリィはろくに眠ることができなかった。

 ルシナのことと入り混じって、頭の中がいっぱいいっぱいになってしまう。セスがもしリリィを困らせるためにあんなことを言ったのなら、それは彼の思惑通り大きな効果を上げたといえる。


(本気だって言ってたけど……やっぱり信じられないよ)


 何度も酷い目にあった。無理矢理キスをされたり、首筋を咬まれたり、水の中に落とされたり……からかわれたり馬鹿にされたのなんて、数え切れないほどある。

 それが全て愛情だったとはとても思えない。少なくとも最初はルシナへの嫌がらせのためにやったことだし、確実にセスは楽しんでいた。


(わからない……本当に何が目的なの?)


 彼の言葉は真実だったのか、それとも――。


   * * *


 朝食を摂った後、ライザに呼ばれた。昨夜セスが言った通りに、ルシナの行方を追うかどうか決めるのだ。

 族長の部屋には既にリュカ、レム、セスの三人とライザはいて、リリィが来るのを待っていたようだった。


「体調はどうだ」


 ライザが尋ねる。


「もう大丈夫です」


 一番奥に座っているセスを見ると、彼はリリィには目を向けず、無表情のまま虚空を見ている。まるで何事もなかったかのように。


「そうか。それならば良かった」


 リリィはリュカの隣に座る。


「さっそく本題に入るが……わかっているな? お主の意志を聞きたい」

「…………」

「ここにいる三人には既に聞いた。お主がルシナの後を追うのなら同行するし、セルドナへ帰ると言うのなら反対はしないということだ。決定権は、お主にある」


 昨日のリリィなら、どうすれば良いかわからずに泣いてしまっていたかもしれない。

 リリィはセスの言葉を反復した。


『君の中で答えは出ているはずなのに』――。


(……そうだ。あたしの中で答えは出てる。迷うことなんてない)


 セルドナを出る時にした決意。レイハの言葉と彼が流した涙。自分を信じて託してくれた剣。


「追います」


 迷わずにはっきりとリリィは言った。


「引き返すことはしません。獣人族の里へ向かいます。今度こそ宝玉を守り、目的を果たしてみせる。彼はまだ、心を失ってはいないわ」


 リリィの頬を濡らしたルシナの涙の冷たさが蘇る。どれだけ瞳を残忍に滾らせても、涙を流す心がルシナにはまだある。

 リリィが近付くことによってルシナは苦しむ。しかし今諦めたら、彼は更なる絶望と苦痛の海に身を浸して一生を送ることになる。


「本当に良いのか? 今から追っても間に合わない可能性もあるのだぞ」


 そう言ったのはリュカだった。


「リュカはどう思う?」

「どう、とは?」

「ルシナはもう戻らないと思う? 正直に言って」


 リュカは少し躊躇ったようだったが、


「……すまないが、そう思う。ルシナを見て直感した。あれはお前といた時のルシナとは別人だ。魔戦士と呼ばれていた頃と同じ――いや、それ以上に冷たく残忍な空気をまとっていた」

「そうかもしれない。でも――泣いてた。俺の中に入って来るな、俺の名前を呼ぶなって……泣きながら言ったんだよ」

「――!!」

「まだ怖いだけなの。誰かを心の中にいれるのが……ずっと昔の記憶に縛られたまま、そこから動き出せないだけなんだよ」

「……そこからルシナを解放できるというのか」

「わからない。でもあたしは伝えるだけ」


 レイハの想い、そしてリリィ自身の想いを。言葉にしてルシナに伝える。


「信じてる。きっと……前を向いてくれるって」


   * * *


 ライザの手配で、獣人族の集落へは案内役に数人の部下を付けてくれるらしい。今日一日は準備をし体調を完全に整えて、明日の朝早く出発することになった。


「結局、傷付く方を選んだんだね」


 各々が族長の部屋を出ると、セスがリリィを呼び止めた。


「……一度決めたことだから。もう揺らがないわ」

「そう」


 目の前にいるセスの表情には、特に何の感情も浮かんでいなかった。リリィと話す時は大抵悪戯っぽい笑いを浮かべている彼なので、その無表情に違和感がある。

 セスはそれきり何も言わない。しかし視線だけはしっかりとリリィを捉えている。逃がさないとでも言うように。


「――ごめんなさい」


 リリィの口をついて出たのは謝罪だった。


「何で謝るの?」

「……やっぱり、あたしはルシナを忘れることなんてできない」

「君がどう思ってても、僕の気持ちは変わらないよ」

「……本当に……そう思ってる?」


 セスは微笑した。優しくて柔らかい――こんな笑い方ができるなんて知らなかった。


「君がルシナのことを好きなのと同じ。相手の心に誰がいたって、好きでいるのは自由――でしょ?」


 ぎゅっと胸が締め付けられる思いがする。


「似合わないよ、そんな台詞……そんな顔も」


 リリィの知っているセスは意地悪で、まるで自分のことしか考えていなくて、悪戯好きな子供だった。


「僕もそう思うよ。でも何より本心なんだ」


 真っ直ぐにこちらを見つめる紅い眼を見ていられなくて――その声も聞きたくなくて、リリィは背を向けて歩こうとした。


「待って」


 腕を掴むようなことはせず、声だけで引き留める。

 反射的に立ち止まってから後悔した。そのまま無視して行ってしまえば良かったのに。


「僕は意地悪だからね。君がルシナの所へ行って傷付けられるのを、無理に止めたりはしない。自分のやりたいようにやって、とことん傷付くがいいさ。そして思い知ればいい」


 うつむくリリィをその場に残したまま、セスはその場を去った。

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