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アナテマ  作者: はるた
第四章
86/124

13 告白



「何……言ってるの?」


 聞こえていた。セスが言ったその言葉の意味も、理解できていた。しかし、それがとても信じられなくて尋ねてしまったのだ。


「聞こえてたくせに」


 セスは笑ったが、すぐにその笑みは打ち消された。子供のような笑顔が消えると、セスのその表情は信じられないくらい大人びていた。それでもきらきらとした眼は真っ直ぐにリリィを見つめている。


「好きだ、って言ったの」

「……どういうこと?」


 リリィが動揺するたび、セスは心の中でしたり顔で笑っているのだろう。

 次の瞬間には、また騙された。馬鹿だね――とそう笑って言うに違いない。

 しかしセスの声は低く、表情にはいつもの笑みの欠片も見られなかった。


「心から好きな人とキスをしちゃいけないんなら、僕は君以外とキスはできない」


 その声も視線もあまりに真っ直ぐで、リリィは顔を逸らした。頬が熱い。セスはそれに気付いているのだろうか?


「ちゃんとこっち見て」


 両手で頬を包み込み、前を向かせる。どこに視線を泳がせても、セスの見惚れてしまいそうな整った顔しか見えない。


「やっと僕を見たね」

「えっ?」

「いつも君は僕を見てなかった。僕の紅い眼の中に、ルシナを見てた」

「…………」

「それが気に入らなくて、どうしても僕の存在を君の中に刻みつけたくて仕方なかった。――子供じみてる、って笑っていいよ。どう思われても、今君の眼の中に映ってるのは僕だけなんだから……」


 嘘だ。セスがこんな顔をして、こんな台詞を言うわけがない。それでも甘く響くセスの声に聴き入らずにはいられなかった。


「また、からかってるんでしょ……馬鹿にして笑うつもりなんでしょ? ……もう騙されないわ」


 セスはリリィの背中に手を回し、強く引き寄せた。片手でリリィの髪を撫で、自分の胸に押し付ける。

 心臓の鼓動。どくん、どくん、と深く早いリズムを刻んでいる。じんわりと彼の熱も伝わってくる。


「僕は嘘つきだけど、自分の意志に嘘をつくことは絶対にしない。いつも自分がしたいことをしているし、君が好きだっていう気持ちに従ってるだけだ」

「やめて。言わないで……」

「怖いの?」


 耳元で囁く。吐息が耳朶にかかってくすぐったい。


「な、何が……」

「正直になりなよ。怖いんだろ? 流されそうで……ルシナへの気持ちが揺らぎそうで」

「違う……」


 くすりとセスは笑う。


「嘘つきは君の方だね」

「嘘なんかついてない!」


 強く発した声は震えていた。

 リリィを抱きしめるセスの腕に、更なる力が込められる。


「もっと揺らげばいい。揺らいで……僕のことを、もっと……」

「……あたしが好きなのは、ルシナ。それは変わらないよ」


 リリィは顔を上げた。目の前にあるセスの瞳は、深く美しい赤に潤んでいる。

 セスは優しい手つきで、金髪をすいた。


「寂しさを埋める役割にも、僕はなれない?」

「…………」

「辛い時や寂しい時に君を抱きしめることも僕にはできないのか?」

「そんなの……いや」

「……僕が嫌いだから?」


 リリィは首を振った。


「道具みたいにあなたを利用することなんてしたくない。あたしの都合で、一緒にいて欲しい時だけいてもらうなんて……」

「そんなの、綺麗ごとだよ」


 そう言ったセスの声には、ぞくりとさせるような響きがある。


「ルシナがいる限り、君が僕だけを見てくれることがないなら……」

「…………」

「……ルシナへの嫌がらせなんかじゃない。ただ純粋に……君の全部が欲しいんだ」

「……やめて」

「やめない。君が応えてくれるまで」


 セスの頬は赤らんでいるようだった。まるで別人のように、本当によく表情が変わる。先程見せた男らしい顔より今は遥かに幼く、必死にすがる少年のようだ。

 演技なのか、本気なのか……全く心の奥が読めない。


「……もう、我慢できないよ。君に触れたくて、キスしたくて仕方ない」

「思ってもないこと、言わないでよっ……」


 するとセスは怒ったように眉を寄せた。


「しつこいね。さっきから本気だって何回も言ってるのに」

「それが信じられないって言ってるのよ! よ、よく……そんな気障な台詞が吐けるわね!」

「だって本心だから仕方ないじゃん」

「大体……そ、そんなにあたしのことが好きだっていうなら、理由を言ってみなさいよ!」


 言えるものなら言ってみろ――そう思ったのだが、セスは馬鹿にしたように笑った。


「本当に馬鹿だな」

「――やっぱりからかってたのね!」

「違うよ。理由はわからない。そう言ったのは君自身だ」

「……!」

「僕も何で君にこれほど惹かれるのかわからないよ。ただ君の存在が、僕の心を強く乱すんだ。君がルシナの名前を呼ぶだけで、黒い気持ちが湧き起こってくる」

「…………」

「今まで知らなかっただけだ。でも……一度堰を切ったら、もう抑えられない。ずっとこの気持ちは降り積もってたんだ」

「本当に? ……本当に、そんなことを思ってるの?」

「さっきからそうだって言ってるのに」

「だって……とても信じられない」


 しかしセスはからかうような笑みも見せない。強くリリィを抱きしめたままだ。


「本気だよ」


 先程から何度も繰り返している言葉。その中にある真実の響きも、どうしても信じられなかった。いや、信じたくないのだ。


「寂しい思いも、辛い思いもさせない。僕を選ぶなら、ルシナのことだって忘れさせてあげる」

「……やめて……もう、離して。……お願い」


 セスは素直に腕の力を抜き、リリィを解放した。


「明日、リュカたちと話し合おう。ルシナを追うかどうか――ルシナは間違いなく獣人族の里へ行ったはずだ。最後の宝玉を奪うために」

「…………」

「ルシナを止める気なら、そこしか機会はないよ。でも間に合うかはわからないし、更に傷付くだけなのは目に見えてるけどね」


 セスは立ち上がり、部屋を出て行こうとした。扉を開く直前、座ったままのリリィを振り返る。


「戸惑わせてごめんね。でも、よく考えておいて」


 セスが去った後には、冷たい静寂だけが立ち込めていた。

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