13 告白
「何……言ってるの?」
聞こえていた。セスが言ったその言葉の意味も、理解できていた。しかし、それがとても信じられなくて尋ねてしまったのだ。
「聞こえてたくせに」
セスは笑ったが、すぐにその笑みは打ち消された。子供のような笑顔が消えると、セスのその表情は信じられないくらい大人びていた。それでもきらきらとした眼は真っ直ぐにリリィを見つめている。
「好きだ、って言ったの」
「……どういうこと?」
リリィが動揺するたび、セスは心の中でしたり顔で笑っているのだろう。
次の瞬間には、また騙された。馬鹿だね――とそう笑って言うに違いない。
しかしセスの声は低く、表情にはいつもの笑みの欠片も見られなかった。
「心から好きな人とキスをしちゃいけないんなら、僕は君以外とキスはできない」
その声も視線もあまりに真っ直ぐで、リリィは顔を逸らした。頬が熱い。セスはそれに気付いているのだろうか?
「ちゃんとこっち見て」
両手で頬を包み込み、前を向かせる。どこに視線を泳がせても、セスの見惚れてしまいそうな整った顔しか見えない。
「やっと僕を見たね」
「えっ?」
「いつも君は僕を見てなかった。僕の紅い眼の中に、ルシナを見てた」
「…………」
「それが気に入らなくて、どうしても僕の存在を君の中に刻みつけたくて仕方なかった。――子供じみてる、って笑っていいよ。どう思われても、今君の眼の中に映ってるのは僕だけなんだから……」
嘘だ。セスがこんな顔をして、こんな台詞を言うわけがない。それでも甘く響くセスの声に聴き入らずにはいられなかった。
「また、からかってるんでしょ……馬鹿にして笑うつもりなんでしょ? ……もう騙されないわ」
セスはリリィの背中に手を回し、強く引き寄せた。片手でリリィの髪を撫で、自分の胸に押し付ける。
心臓の鼓動。どくん、どくん、と深く早いリズムを刻んでいる。じんわりと彼の熱も伝わってくる。
「僕は嘘つきだけど、自分の意志に嘘をつくことは絶対にしない。いつも自分がしたいことをしているし、君が好きだっていう気持ちに従ってるだけだ」
「やめて。言わないで……」
「怖いの?」
耳元で囁く。吐息が耳朶にかかってくすぐったい。
「な、何が……」
「正直になりなよ。怖いんだろ? 流されそうで……ルシナへの気持ちが揺らぎそうで」
「違う……」
くすりとセスは笑う。
「嘘つきは君の方だね」
「嘘なんかついてない!」
強く発した声は震えていた。
リリィを抱きしめるセスの腕に、更なる力が込められる。
「もっと揺らげばいい。揺らいで……僕のことを、もっと……」
「……あたしが好きなのは、ルシナ。それは変わらないよ」
リリィは顔を上げた。目の前にあるセスの瞳は、深く美しい赤に潤んでいる。
セスは優しい手つきで、金髪をすいた。
「寂しさを埋める役割にも、僕はなれない?」
「…………」
「辛い時や寂しい時に君を抱きしめることも僕にはできないのか?」
「そんなの……いや」
「……僕が嫌いだから?」
リリィは首を振った。
「道具みたいにあなたを利用することなんてしたくない。あたしの都合で、一緒にいて欲しい時だけいてもらうなんて……」
「そんなの、綺麗ごとだよ」
そう言ったセスの声には、ぞくりとさせるような響きがある。
「ルシナがいる限り、君が僕だけを見てくれることがないなら……」
「…………」
「……ルシナへの嫌がらせなんかじゃない。ただ純粋に……君の全部が欲しいんだ」
「……やめて」
「やめない。君が応えてくれるまで」
セスの頬は赤らんでいるようだった。まるで別人のように、本当によく表情が変わる。先程見せた男らしい顔より今は遥かに幼く、必死にすがる少年のようだ。
演技なのか、本気なのか……全く心の奥が読めない。
「……もう、我慢できないよ。君に触れたくて、キスしたくて仕方ない」
「思ってもないこと、言わないでよっ……」
するとセスは怒ったように眉を寄せた。
「しつこいね。さっきから本気だって何回も言ってるのに」
「それが信じられないって言ってるのよ! よ、よく……そんな気障な台詞が吐けるわね!」
「だって本心だから仕方ないじゃん」
「大体……そ、そんなにあたしのことが好きだっていうなら、理由を言ってみなさいよ!」
言えるものなら言ってみろ――そう思ったのだが、セスは馬鹿にしたように笑った。
「本当に馬鹿だな」
「――やっぱりからかってたのね!」
「違うよ。理由はわからない。そう言ったのは君自身だ」
「……!」
「僕も何で君にこれほど惹かれるのかわからないよ。ただ君の存在が、僕の心を強く乱すんだ。君がルシナの名前を呼ぶだけで、黒い気持ちが湧き起こってくる」
「…………」
「今まで知らなかっただけだ。でも……一度堰を切ったら、もう抑えられない。ずっとこの気持ちは降り積もってたんだ」
「本当に? ……本当に、そんなことを思ってるの?」
「さっきからそうだって言ってるのに」
「だって……とても信じられない」
しかしセスはからかうような笑みも見せない。強くリリィを抱きしめたままだ。
「本気だよ」
先程から何度も繰り返している言葉。その中にある真実の響きも、どうしても信じられなかった。いや、信じたくないのだ。
「寂しい思いも、辛い思いもさせない。僕を選ぶなら、ルシナのことだって忘れさせてあげる」
「……やめて……もう、離して。……お願い」
セスは素直に腕の力を抜き、リリィを解放した。
「明日、リュカたちと話し合おう。ルシナを追うかどうか――ルシナは間違いなく獣人族の里へ行ったはずだ。最後の宝玉を奪うために」
「…………」
「ルシナを止める気なら、そこしか機会はないよ。でも間に合うかはわからないし、更に傷付くだけなのは目に見えてるけどね」
セスは立ち上がり、部屋を出て行こうとした。扉を開く直前、座ったままのリリィを振り返る。
「戸惑わせてごめんね。でも、よく考えておいて」
セスが去った後には、冷たい静寂だけが立ち込めていた。




