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アナテマ  作者: はるた
第四章
80/124

7 想い

 はっとして眼を開けた。


「…………」


 いつの間にかリリィは元いた部屋の中にいた。しかも床の上に敷かれたシーツの上で仰向けに体を横たえながら。


 ゆっくりと体を起こす。開けっ放しの窓の奥に見えるのは、青い空だ。部屋の中を見渡すが、レム以外には誰もいない。ルシナの姿はなかった。

 あれは何だったんだろう。

 突然現れたルシナ。光に包まれていた彼からは、どこか懐かしい感じがした。

 夢だったのだろうか。夢としか思えない出来事だったが、妙な現実味がある。


(ルシナ……あれは本当にルシナだったのかな)


 結局最後まで彼の声を聴くことはできなかった。


   * * *


 朝食を摂った後、リリィとセスは並んで聖殿に向かった。レムとリュカは先に行ってしまったのだ。


「あーあ、何だか眠いな」


 セスは背伸びをしながらあくびをしている。


「ねえ、セス」


 リリィは心ここにあらずといった様で、ぼんやりと前を見ながら言った。


「何?」

「昨日ルシナに会ったの」


 するとセスは眉をひそめた。


「幻覚?」

「……今思うと、そうかも」

「頭大丈夫? 相当きてるんじゃない?」

「すごく……不思議な感じだった。あれは本当にルシナだったのかな……」

「夢だったんじゃないの?」


 セスにルシナに連れられて行った場所のことを話したが、セスは真面目に聞いてくれない。


「良かったねえ、夢の中で愛する人に会えてさ」

「ちゃんと聞いてよ!」

「そんなにルシナが好き?」

「……好きよ。何か悪い?」

「レイハの質問に一瞬で答えてたからさ。よくもまあ、あんな鳥肌の立つ台詞を言えるよね」


 ルシナを愛しているかというレイハの問いに、リリィは躊躇することなく首を縦に振ったのだった。


「『心から愛しています』」


 わざと声を高くしてセスが言う。


「ふざけないでよ!」

「あー寒い寒い」


 どうしてセスはこんなに人の神経を逆撫ですることが得意なのだろう。


「理解できないよ、僕には。他人のためにこんな遠い所まで来て身を削るなんてさ」

「本当にそう思ってるの?」

「この上なく本音だよ」

「そうかしら?」


 そして悪戯っぽく笑う。


「あなたって嘘つきだから」


   * * *


 竜人族の宝玉は、彼らの瞳と同じ黄金だった。宝玉がまとう不思議な光――ちょうど力を使う時の聖霊の眼によく似ている。


 リリィはリュカと並んで祭壇の前に座っていた。


「何度も聞くようだが、本当に良いのか? ルシナと戦っても」

「……族長にはああ言ったけど、あたしにルシナと戦う力なんてないわ。この剣だってルシナに対抗できるほどの力はないし――あたしにできるのは、体当たりで止めることだけ」

「…………」

「そのためなら死んでもいい――とは思ってないけどね。できる限りのことはする」

「強いな」


 その言葉に、リリィは苦笑した。


「強くなんかないよ。本当は怖い。でも、このままルシナに会えずに気持ちも行動も中途半端なままで終わる方が怖いから、今ここにいる」

「……そうか」


 リリィは隣に立っているリュカを見上げる。


「リュカはいつからレムと一緒にいるの?」

「最初に会った時、あいつは産まれたばかりの赤ん坊だったぞ。獣人族は人間と同じくらいの寿命だから、十六、七年の付き合いになるか」

「それじゃ、レムにとっては幼馴染なんだ」

「そうなるな」

「……リュカはレムのこと、どう思ってる?」


 リュカは怪訝な顔をしてリリィを見た。


「どう、とは?」

「レムはどんな存在? ――大切な人?」


 自分が立ち入るべきではないと思いつつも、リュカと二人でいられる時間はそんなにないので、好奇心がつい出てしまった。

 リュカは少し間を置いてから答えた。


「空気だな」

「えっ?」


 予想しなかった答えに、思わず聞き返してしまう。


「俺にとってレムは空気のようなものだ。いるのが当たり前で、改めてその大切さを意識することはあまりないが、常に傍にいないと息苦しい」


 無表情のまま当然のように言っているが、これは……


(レム、『弟みたいなもん』とか言ってたけど……全然そんなもんじゃないわ! これって……これってプロポーズみたいなものじゃない! どうしよう、あたしがどきどきしてきた……)

「どうかしたか? 顔が赤いようだが……」

「う、ううん!」


 まさかリュカがあんな台詞を口にするなんて――。


(レムに早く言いたい!)


 しかしこの場を放り出して外にいるレムの元へ行くわけにはいかない。一人で悶絶しているリリィを、困惑しながらリュカは見ていた。


   * * *


 一方、そのレムはというと――。


「何でお前とオレが一緒にいなきゃなんねえんだよ」

「しょうがないでしょ。他種族は聖殿の中には入れないらしいし」


 セスと並んで聖殿の正門を守っていた。セスを嫌っているレムは不満気にぼやいている。


「ったく……変な気起こすなよ」

「しつこいね。心配しなくても大丈夫だってば」

「信用できるか」


 何を考えているかわからない男だ。ルシナへ嫌がらせをするためだけにネオスに協力し、リリィを傷付けた。そんな危険人物が、この短期間でころっと心変わりするわけがない。


「僕は純粋に楽しみたいだけなんだよ」

「理解できねえな」

「僕の方も理解できない。君、何であんな堅物が好きなの?」

「は?」

「リュカだよ。好きなんだろ?」


 思いも寄らなかった人物から言われて、ぼっと顔が赤くなる。


「なっ、何でそれを!」


 リリィから聞いたのか? いやまさか、セスに言うわけがない。

 するとこの悪魔はしてやったりという顔で笑ったのだ。


「図星だった? カマかけただけなんだけど。わかりやすいねえ」

「て、てめえ……!!」


 レムはわなわなと震えている。

 セスの思い通りになってしまったことがあまりに屈辱的で悔しい。


「もう一度変なことぬかしたらぶっ殺すからな!」


 精一杯威嚇したが、セスはにやにや笑っている。


「その言葉遣い直せば? そんなんじゃ女として見てられないよ」


 この野郎、一応気にしていることを……


「大きなお世話だ!」


 セスと話しているとこちらがおちょくられているようで、気分が悪い。


「髪も伸ばしたりすればいいじゃん。まあ、体つきはどうにもならないけど」

「うるせえよっ!!」


 確かにレムは年齢の割に小柄で、子供っぽい体型をしていた。以前ルシナにも指摘されたことだったが……

 どうしてこれほどはっきり人の気にしていることを平気で言えるのだろう。


「もうオレに話し掛けるなよ!」

「だって暇だし。君をいじるの楽しいし」

「オレを玩具にするな!!」


 そこにだけ、警備中とは思えないまるで緊張感のない空気が流れていた。

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