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アナテマ  作者: はるた
第四章
77/124

4 月夜(1)




 リリィはその夜、里の中にあるとある池の畔にいた。剣を扱う練習をしていたのだ。

 警備の許可をもらった以上、役に立たなければならない。ルシナが現れても何もできなかったのでは意味がないのだ。


 レイハの剣は静かな銀色の光をまとっている。振ってみると、白銀の刃は闇を切り裂くように空中へ光の筋を残した。


(剣に願えば、それを叶えてくれるとレイハは言ってた……)


 剣を両手に持って縦に構える。視界に入ったのは池のすぐ傍にあった大きな石だ。


 それをじっと見つめて握る手に力を込めると、刀身が更なる光を放った。

 リリィの見つめる先にある石がぐらぐらと揺れ、やがて空中へ持ち上がる。


 思い描く力が強ければ強いほど、実際に作用する力も強くなる。リリィが剣に願った通りに、石は宙に浮いたのだ。


「やった!」


 しかし気を抜くとすぐに落ちてしまう。浮いた高さも低い。


「これは練習が必要ね……」


 何度か試しているうちに、自分の身長ほどの高さで一分ほどは石を宙に浮かべていられるようになった。しかしその後に襲ってくる疲労感が半端ではない。少しも動いていないのに息は切れ、心臓がどくどくと脈打っている。まるで激しい運動をした後のようだ。

 しかし休んでいる暇はない。


(次は空間移動を試してみよう)


 レイハは一気に四人をセルドナから遥か離れたエーゼスガルダまで一瞬で送って見せた。さすがにそれは到底不可能だが、この能力が使えるようになれば非常に便利だ。

 池の直径は五メートルといったところか。


 息を吐いて、意識を集中させる。

 また剣が光を放ち、レイハにエーゼスガルダへ送られた時のように視界をその光が覆った。


 成功した、と思った。しかし。


「――わっ!!」


 リリィがいたのは目標より少し手前、池の真上だったのだ。

 重力に従ってリリィの体は池の中へ落ちる。


「つ、つめたっ!!」


 池はさほど深くなく、足は余裕でつく程度の深さだったが、それでも冷たい水の中に胸の下辺りまで入ってしまっている。しかも落ちた時に体勢を崩したので思い切り全身が水に浸かっていたのだ。

 いくら温暖な気候といえど、水の中は冷たい。まして今は夜中だ。


「何やってるの?」


 前方の茂みから姿を現したのはセスだった。月光に照らし出された彼は呆れ顔である。一番見られたくない相手に見られてしまった。


「こんな時間に水泳?」

「ち、違うわよ。間違って落ちちゃったの。あなたこそ何でこんな所にいるのよ」

「その辺を散歩してたら水音が聞こえたから」


 水を吸って重くなった衣服のせいでなかなか池から出ることのできないリリィに、セスは手を伸ばした。


「……何?」

「何って、助けてあげようとしてるんだよ」

「そんなこと言って、途中で手を離すつもりでしょ」


 するとセスは心外そうな顔をした。


「そんなくだらないことしないってば。ほら、早く。風邪引くよ」

「……ありがと」


 リリィの手首を掴んで、一気に引き上げる。――が。


「きゃあっ!!」


 空中でぱっと手が離されて、リリィの体は再び勢いよく池の中に墜落した。

 セスは声を上げて笑っている。


「あははっ! 髪が濡れてすごいことになってるよ。幽霊みたいだ」

「だ、騙したわね!!」


 少しでもセスの言葉を信じたことを激しく後悔した。前にも騙されて、こいつを信じてはいけないと学んだはずなのに。


(絶対にこんな奴信じない!)


 苦戦しながらもリリィは自力で上がった。その様子をセスはにやにやしながら見ているだけだ。

 濡れた体に吹き付ける夜風は予想以上に冷たい。


「寒い……」

「ていうか、君は何でこんな所にいたの?」


 水の中でも手を離さなかった剣を収めて答える。


「……練習よ。少しでも剣を扱えるようにしなきゃ」

「ふーん。ご苦労様」


 馬鹿にしたような物言いが心底腹立つ。


「はい」


 そう言ってセスが手渡したのは自分が着ていた上着だった。


「結構よ」

「寒いだろ?」

「あなたに騙されるくらいなら寒い方がまし」

「相変わらず信用無いね」


 セスはリリィの肩に上着をかける。意地を張っても寒いものは寒い。袖は通さなかったが、振り払うこともしなかった。


「……当たり前じゃない。あれだけのことをして信用を得ようって方がおかしいのよ」

「ネオスに協力してたこと? 君にキスしたこと? それとも――」

「――全部!!」


 途中で遮ってリリィは叫んだ。


「それに……あんなの、キスじゃないから」

「何で?」

「何でも!」

「もしかして初めてだった?」


 怒りのために真っ赤な顔をしてわなわな震えているリリィをよそに、セスは楽しげに笑っている。


「ルシナとはしなかったの?」

「うるさいっ!」


 もう話したくない。セスといるとどうしてもこちらの調子が狂わされる。


「待ってよ」


 去ろうとするリリィの腕を、セスはがっしりと引き留めた。


「何!?」

「だったら、もう一回しようよ」


 にこにこ笑っているセス。一体何を言っているのか。


「減るもんじゃないし。もう一回したら、そんな悪くないって思うかも――」


 言い終わるより前に、電光石火の勢いで飛んだリリィの平手が、セスの頬に炸裂していた。


「馬鹿! 二度とあたしに話し掛けないで!!」


 走り去ったリリィの背中を、セスは眼をぱちくりさせながら見送った。

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