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アナテマ  作者: はるた
第四章
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プロローグ 反響



 かれの心に留まり続けるものは、この世には存在しない。

 かれは漂うのみだ。

 誰にもとらえることのできぬ霧のように。

 留まることを知らぬ風のように。


 内に背負うかれの暗黒を包むことができるものも、この世には存在しない。

 かれを愛すことができるのは、かれを抱擁できるのは、ディラスしかいないのだ。


 その理が破られたとき。かれのすべてを愛するものが、この世に現れたとき。

 かれの心の虚無は満たされるだろう。

 かれは生の意味を知るのだろう。


   * * *


 ルシナは握った拳を開いた。

 そこには金色を帯びた緑色に輝く玉と、澄み渡った青を宿す玉がある。

 二つの宝玉をぼんやりと見つめ、もう一度強く右手を握った。


「もう少しだ……」


 そう呟いたルシナの顔が、突然苦痛に歪む。

 こみ上げる痛みと苦しみ。震える右手で口を押え、必死にそれに耐えようとする。

 激しく咳込んだ後、ゆっくりと口元から手を離した。


「…………」


 掌を赤く染めた血。彼の口の周りも同じ色に濡れている。

 力を使った後に押し寄せる苦痛の波に耐えるのも、慣れてきてしまった。


 まるで毒だ。

 力を使うたび、心も体も侵食されていく。ふわふわとした浮遊感に襲われて、自分がどこにいるのか、どこへ向かっているのか、何の為にこんなことをしているのかさえ、わからなくなってくる。


 ルシナは自嘲の笑みを浮かべた。

 所詮ヒトの身。ルシナが持ってしまったのは、ヒトには馴染まない神の力だ。


 このまま死ねるなら、どれほど楽だろう。

 しかし本能が生きたいと叫ぶ。魔人の体が必死に傷を癒す。

 意志だけではどうにもできない心の奥底。醜く生に執着する自分。全て投げ出したくなるが、それもできない。

 まるで生にとりつかれた奴隷だ。生きる意味も持たないのに。


 髪を束ねている紐を解いて、柔らかい草の生えている地面に体を横たえた。

 視界を埋め尽くすのは星も月もない、ひたすらに黒い夜空。


 今の心を映したかのようだ。

 自分以外、誰も存在しない心の中。ただ一色に塗り潰された単調な心。それがどうしようもなく苦しくて、心地良い。

 何もかも知らなかった、今となっては懐かしい日々――その時に、心に深く刻みつけられた存在。

 思い出したくない。けれど、忘れたくない。

 思い出す苦しみと、忘れる苦しみ。どちらが楽だろう――?


 夜の空気を吸い、そっとその名前を口にする。


 呼び掛けても答えない。ただ虚しく、心の中で反響するだけだ。

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