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アナテマ  作者: はるた
第三章
72/124

6 旅立ち


「根本的な質問をしていいか?」


 レムが言った。


「ルシナは一体どうやってアル・カミアに行こうとしてるわけ? エーゼスガルダのどこを歩いても踏み入ることができない聖地なんだろ? いくら聖霊の力を持ってるからって、簡単に出入りできる場所じゃないんじゃ……」


 その横でリュカが盛大にため息をつく。


「馬鹿か、お前は。“宝玉”のことを忘れたのか」

「あっ、そっか!」

「宝玉?」


 リリィは首を傾げた。セルドナ大陸で暮らす彼女には、もちろん知り得ないことだ。


「翼人族、獣人族、竜人族、水人族の四部族がそれぞれ保有する宝玉のことだ。それらをエーゼスガルダの東部にあるエーゼ神殿の祭壇に捧げると、アル・カミアへの道が開かれると言われている。エーゼスガルダに大きな問題が起こった際、聖霊族の助言を乞うために作られた制度らしい。各部族の族長の意見が一致した際のみ、それぞれ宝玉を持ち寄ってアル・カミアへ連絡するというわけだ。――合っているだろうか?」

「その通りだ。アル・カミアは聖霊の力があろうと、空間転移の能力で行ける場所ではない。行く方法は二つ。アル・カミアから道を開くか、四つの宝玉をエーゼの祭壇に捧げるか。前者の方法は、聖霊の誰かから招かれなければ無理だ。よってルシナは宝玉を使ってアル・カミアへ向かおうとしていると考えるのが妥当だろう」

「でも、それって族長たちの協力がないと無理だろ?」


 心から不思議そうに言うレムに、リュカはもう一度大きく息を吐いた。


「馬鹿か、お前は」

「二度も言うな!」

「協力を要請して、族長たちが了承するはずがなかろう。無論、奪うに決まっている」

「奪うって……戦争かよ!?」

「違うな。一方的な略奪だ。ネオスに匹敵する力を持つルシナに、誰も敵うわけがない」

「そんな……」


 レムとリュカにとっては、故郷は破壊されるということだ。リュカも平静を装ってはいるが、平常心でいられるはずがない。


「ルシナがエーゼスガルダへ行って一週間か……既に一つか二つ、宝玉は奪われているかもしれない」


 レイハが言った。


「そんなに!?」

「空間転移を使えば、物理的距離は意味を成さない。力を使う体力と精神力さえあれば、一日にいくらでも移動することができる」

「早く行かなくちゃ!!」


 このままだとレムとリュカの生まれ育った地が、ルシナによって破壊されてしまう。彼らの肉親も、死ぬかもしれない。


「落ち着きなさい。まず、リリィ――君には家族がいるだろう。このことを説明したのか?」

「いいえ……家族には何も言わずに家出したんです。自分勝手はわかるけど、説明できるようなことじゃないし、いてもたってもいられなくて……」


「リリィ、手を」

「?」


 リリィの右手をレイハの両手が包み込む。リリィより小さいその手だったが、その手に触れていると母を思い出させるような安心感があり、心地良い温かみを感じた。


 レイハが手を離すと、リリィの掌には小さな光の球があった。


「それを握って」


 言われた通りに強く光の玉を握り締める。

 するとそれは、握った右手の親指側へ真っ直ぐな光となって飛び出し、やがて銀色に輝く刃に変わった。


「剣……!?」


 リリィが握っているそれは腕ほどの長さの刀身を持つ剣だった。光を帯びた刃は、思わず見惚れてしまうほど美しい。おまけに重さをほとんど感じなかった。まさに羽のような軽さだ。


「私の力を込めたお守りだ。これは君にしか持つことができない。君以外の誰かがこれに触れても、結界に弾かれる。あらゆる災いから君を守ってくれるだろう。これを使えば、君も聖霊と同じような力が使えるようになる」

「本当に!?」

「私の力の一部のようなものだからね。ただ、間違ってもこれで聖霊やルシナに対抗しようなどと思ってはいけない。これは道具に過ぎないから本物の聖霊に敵うほどの力はないし、何より精神力と体力を使う。これを使えば疲労を忘れることもできるが、体力が回復するわけではない。使い続ければ君自身の命を削ることになるだろう。よく覚えておきなさい」

「はい……!」


 リリィは強く頷いた。便利な力には、必ず副作用がある。それに聖霊の力はヒトに順応するものではない。『神』の領域を侵した代償に、心と体を侵される――ルシナのように。


 リリィはおもむろに、一つに結んだ髪の先を左手で引っ張り、もう片方の手で剣を当てた。


「リリィ、何を……」


 ざくりと音を立てて、美しい黄金の髪の束が落ちる。

 突然のことに一同は眼を剝いていた。


「これから厳しい土地に行くんだもの。長い髪は邪魔だわ」


 髪紐を解くと、長かったリリィの髪は肩につかない程の長さになっていた。 レイハから渡された鞘に剣を収め、同じく渡された帯を腰に巻いて、そこに差す。その姿は、戦いを決めた戦士のようだった。


 それを見たレイハが微笑する。


「良かったのか?」

「ええ。あたしの覚悟ですから」


 するとレイハは床に落ちた髪の束を手に取り、ふっと息を吹きかけた。

 宙に舞った金糸のような髪が光を帯びる。その光は段々と大きくなって、人の形ほどになった。


「――!!」


 信じられない光景だった。

 レイハが息を吹きかけたリリィの髪は、今ここにいるリリィと全く同じ姿に変わったのだ。服の汚れ、髪の乱れさえ全く同じ、鏡の中のようなリリィがそこに立っている。


「これは君の複製だ。魂はないが、記憶も人格もそのまま与えている。本物の君と同じように動く、いわば精巧な人形だ。聖霊のように魂を視る力が無ければ、これが偽物だと気付くものはいない。君が戻るまで、この複製を君の身代わりとしよう。それでご家族も心配はしないだろう」

「ほとんど反則技だな……」


 感嘆を通りこして呆れたようにリュカが言う。


「ただ、エーゼスガルダで君が死んだ場合――複製を維持することはできない。本体の魂がなければ、人形も消えてしまうからね。聖霊の力を以てしても、死者の蘇生は不可能だ。必ず生きて戻って、もう一度ご家族に会うのだよ」

「はい。ありがとうございます、レイハ」

「礼には及ばない。協力すると決めた以上、できる限りのことはさせてもらう」


 レイハがリリィの『人形』に手をかざすと、一瞬で光を帯びたそれは跡形もなく消えてしまった。リリィの行方を捜しているであろうロザリア家へレイハが送ったのだ


「ルシナの力を再び封じるには……どうすればいいのかな。ルシナは自分の力を封じることはできないの?」


 そうすれば聖霊にルシナを捕える理由はなくなる。ネオスら過激派は納得しないだろうが、大多数の意見を無下にはできまい。


「ルシナは自分の力を制御しきれていない。故にそれが毒のように作用しているのだ。封印ができるのは、ヴェルディカとネオスだけ。ネオスを除けばヴェルディカただ一人」

「じゃあヴェルディカを説得すればいいのね!?」

「それは無理だ」


 レイハはきっぱりと言った。


「ヴェルディカはアル・カミアの最深部にいて、一族の者でさえ容易に会うことはできない。ルシナの『処刑』を止めるようネオスを説得する方が余程現実的だよ」

「でもそれしか……」

「ルシナの力は非常に不安定だ。記憶喪失に伴って力を失ったように、何らかの拍子に力が封印されることもあるかもしれない。可能性は低いけれどね」


 封印の可能性と方法は無いに等しいということだ。

 しかし力を持つ限り、ルシナは聖霊に追われ続ける。何とか方法を見出さねば――。

 するとセスが言った。


「それよりも宝玉をルシナに奪われないようにするべきじゃない? あの人がアル・カミアに攻め込んだら元も子もないんだし。力の封印どうこうはその後でいいよ」


 確かにそれも一理ある。


「そう……ね」

「レイハ、早速エーゼスガルダに送ってくれよ」


 セスは立ち上がった。


「ここで話している時間ももったいないよ」

「セス……言っておくが、リリィたちの邪魔はするな」

「わかってるよ。信用無いな」


 リリィはちくりと胸が痛むのを感じた。

 リーシャ――ルシナに殺されたセスの姉。そしてルシナの最愛の人。

 ルシナが嫌いなことと姉の死は無関係だとセスは言っていたが、根本にそれが理由としてないはずがない。


 ルシナは今でもリーシャを愛しているのだろうか――。

 いや、愛していないはずがない。ルシナの心からリーシャの影が離れることは永遠にないのだろう。


(関係ない、よね……ルシナがたとえ誰を好きでも、あたしがルシナを想うことは自由なんだから……)


 改めて思い知った感情。それを抑えることはしない。たとえルシナに拒否されても――。

 そしてルシナを助ける。必ずルシナの力を封印する方法を見付けて。ただそれだけだ。


   * * *


「覚悟はいいか?」


 家の外に出て、リリィ、レム、リュカ、セスの四人はレイハと向かい合った。


「とっくにできてるわ」

「今更後戻りもできん」

「オレらの故郷を壊させはしねーよ! んでもって、必ずリリィとルシナを会わせてやる!」

「僕は楽しみで仕方ないよ。今までの人生の中で一番おもしろいことが起きそうなんだからね」


 四人の顔を順に眺めて、少年の姿をした聖霊は微笑した。

 そしてリリィの正面に立つ。


「リリィ……ルシナに会ったら、伝えてくれ。出会ってから今まで、お前のことを考えない時はなかったと――ずっと、愛していると」

「必ず伝えるわ」


 リリィの力強い頷きを確認してから、レイハはリリィの両頬に触れ、背伸びをしてその額に口付けをした。


「汝に大いなる加護があるように」

「――ありがとう」


 レイハの体が光を帯びる。琥珀の双眸も金色の光をまとい始めた。

 レイハの瞳が光って見えたのは、力を使っているせいだけではなかった。


「ルシナを、頼む」


 震えるその声を最後に、視界を眩い光が覆って何も聴こえなくなった。

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