34 闇に沈む
真っ黒な闇に覆われた夜空の下、ルシナは太い木の枝に座って、その家から漏れる光を見つめていた。
「見付けた……」
誰にともなく呟く。
彼の妖しい光を帯びた紅い瞳は、家の窓の内側にいるものを見据えているのだった。
ルシナは枝を蹴って空中に身を躍らせた。
彼の体が地面に着地する音はいつまで経っても聞こえない。
それもそのはずだった。ルシナの姿は、今の今までいた夜空の下から、木から飛び降りたその瞬間に消えてしまっていたのだから。
* * *
「久しぶりだね」
ルシナは大きく見開かれた琥珀色の瞳に向かって、そう言った。
ルシナは先程まで彼が見つめていた家の内側に、一瞬で移動していたのだった。
「ルシナ……」
この家の主――琥珀の眼をしたレイハは言った。
最後に会った時から、どれほどの時間が流れただろう。
記憶が始まったその時から、一番近くにいた人。あらゆることを教えてくれた人。長い時間を共に過ごした人――。
その人が今、目の前にいる。
ルシナの表情に表れたのは、笑みだった。
その微笑がどのような感情から来るものなのか、彼自身にもわからなかった。
レイハに抱く感情も、昔のような単純なものではない。実際に会ってみて、よくわかった。
「覚えていてくれたとは、嬉しいな」
「……忘れるものか」
レイハの言葉からは苦く重々しい感情の色が窺える。
「それもそうだな」
「なぜ、私の元へ来た?」
ルシナは数歩、座っているレイハへ歩み寄った。
「あんたに会っておきたいと思ったのさ。旅立つ前に」
「何をするつもりだ?」
レイハのその言葉に、ルシナは唇に刻む笑みを更に深くした。
馬鹿げた問いだ。その答えなど、レイハがわからないはずがない。
「わかってるくせに――」
「まさか――」
「まさか、だって? 白々しい言い方をするなよ」
「……本気なのか」
「もう決めたことだ」
黙っているレイハは「やはり」とでも言うような顔をしている。琥珀色の眼の奥には、大きく揺れている光があった。
「俺を殺すか?」
ルシナがしようとしていることが、レイハにとって良いものであるはずがなかった。
仮にも、レイハのかつての同胞を皆殺しにすると言っているのだから。
しかしレイハは首を振った。
「私に、そんな権利はない。君が何をしようと、それを止めることもできない」
「矛盾してるな。一族を捨てたはずなのに、『掟』はまだ守っているのか。それとも償いのつもりか?」
「…………」
ルシナはレイハに背を向けた。
「決意は変わらないのか」
背中に投げかけられたレイハの言葉に、ルシナは即座に答えた。
「愚問だな。今更揺るぐ程度のものなら、最初からこんなことはしない」
「……最後に、教えてくれ」
ルシナは振り向いた。レイハもまた、真っ直ぐにルシナを見ている。
「あの時から、今まで過ごした時の中で――大切なものはできなかったのか。君はまだ何もかも失ったままなのか……守るべきものも、愛するものも」
愛するもの――。
それを聞いたルシナの表情に、翳りが宿ったのをレイハは気付いただろうか?
「一つだけわかったことならあるよ」
一瞬の沈黙を置いてルシナは言った。
「そんなものは、俺が生きるためには邪魔なものでしかないとね」
そう――邪魔だ。
他者に抱く感情など必要ない。全部自分のことだけを考えていれば、それで良い。
ルシナが姿を消した後に、夜風が吹き抜けた。




