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アナテマ  作者: はるた
第二章
65/124

34 闇に沈む

 



 真っ黒な闇に覆われた夜空の下、ルシナは太い木の枝に座って、その家から漏れる光を見つめていた。


「見付けた……」


 誰にともなく呟く。

 彼の妖しい光を帯びた紅い瞳は、家の窓の内側にいるものを見据えているのだった。


 ルシナは枝を蹴って空中に身を躍らせた。


 彼の体が地面に着地する音はいつまで経っても聞こえない。

 それもそのはずだった。ルシナの姿は、今の今までいた夜空の下から、木から飛び降りたその瞬間に消えてしまっていたのだから。


   * * *


「久しぶりだね」


 ルシナは大きく見開かれた琥珀色の瞳に向かって、そう言った。


 ルシナは先程まで彼が見つめていた家の内側に、一瞬で移動していたのだった。


「ルシナ……」


 この家の主――琥珀の眼をしたレイハは言った。


 最後に会った時から、どれほどの時間が流れただろう。

 記憶が始まったその時から、一番近くにいた人。あらゆることを教えてくれた人。長い時間を共に過ごした人――。


 その人が今、目の前にいる。


 ルシナの表情に表れたのは、笑みだった。

 その微笑がどのような感情から来るものなのか、彼自身にもわからなかった。

 レイハに抱く感情も、昔のような単純なものではない。実際に会ってみて、よくわかった。


「覚えていてくれたとは、嬉しいな」

「……忘れるものか」


 レイハの言葉からは苦く重々しい感情の色が窺える。


「それもそうだな」

「なぜ、私の元へ来た?」


 ルシナは数歩、座っているレイハへ歩み寄った。


「あんたに会っておきたいと思ったのさ。旅立つ前に」

「何をするつもりだ?」


 レイハのその言葉に、ルシナは唇に刻む笑みを更に深くした。

 馬鹿げた問いだ。その答えなど、レイハがわからないはずがない。


「わかってるくせに――」

「まさか――」

「まさか、だって? 白々しい言い方をするなよ」

「……本気なのか」

「もう決めたことだ」


 黙っているレイハは「やはり」とでも言うような顔をしている。琥珀色の眼の奥には、大きく揺れている光があった。


「俺を殺すか?」


 ルシナがしようとしていることが、レイハにとって良いものであるはずがなかった。

 仮にも、レイハのかつての同胞を皆殺しにすると言っているのだから。


 しかしレイハは首を振った。


「私に、そんな権利はない。君が何をしようと、それを止めることもできない」

「矛盾してるな。一族を捨てたはずなのに、『掟』はまだ守っているのか。それとも償いのつもりか?」

「…………」


 ルシナはレイハに背を向けた。


「決意は変わらないのか」


 背中に投げかけられたレイハの言葉に、ルシナは即座に答えた。


「愚問だな。今更揺るぐ程度のものなら、最初からこんなことはしない」

「……最後に、教えてくれ」


 ルシナは振り向いた。レイハもまた、真っ直ぐにルシナを見ている。


「あの時から、今まで過ごした時の中で――大切なものはできなかったのか。君はまだ何もかも失ったままなのか……守るべきものも、愛するものも」


 愛するもの――。


 それを聞いたルシナの表情に、翳りが宿ったのをレイハは気付いただろうか?


「一つだけわかったことならあるよ」


 一瞬の沈黙を置いてルシナは言った。


「そんなものは、俺が生きるためには邪魔なものでしかないとね」


 そう――邪魔だ。

 他者に抱く感情など必要ない。全部自分のことだけを考えていれば、それで良い。


 ルシナが姿を消した後に、夜風が吹き抜けた。

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