表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アナテマ  作者: はるた
第二章
60/124

29 夢の夜明け(2)




 肌を撫でていく生温かい風を感じて、ゆっくりと眼を開く。

 頭上に広がるのは雲が立ち込める灰色の空。そして目の前には果てしなく続く黒い大地――。


「……どうやら、成功みたいだな」


 仰向けに土の上に横たわっていたルシナは立ち上がった。


 以前、過去の自分と出会った場所。あれから二度とこの夢を見ることはなかったが、力を取り戻したいと願う心が届いたのか、前と全く同じ所に来ることができた。


「久しぶりだな」


 背後から声が掛かる。

 振り向くと、前と同じくそこには長い髪をなびかせた血塗れの男が立っていた。


「また来ると思っていたよ。力が欲しくなったか?」


 ルシナは立ち上がり、自分と同じ顔の青年と向き合った。


「力を得れば、同時に記憶も戻る。何も知らずに過ごせる日々は終わるんだ」

「……ああ。失ったものを取り戻す時が来たみたいだ」

「いいのか? 力が戻れば、聖霊と戦うことになる。奴らに負ければ、心を失ったまま永久にアル・カミアの牢獄に囚われるんだぞ」

「奴らを滅ぼせと言ったのはお前だろう。それに俺は大人しく捕まる気はない。最後まで醜く足掻いてやるさ」


 もう一人のルシナは唇の端を吊り上げる。魔人の本性を剥き出しにした邪悪な微笑み。

 『魔戦士』とはよく言ったものだ。目の前の男を眺めながら、まるで他人事のようにルシナは思った。


「自分を犠牲にするほど、あの女が大切なのか? それほどまでに失うのが怖いか? なぜそこまで――」


 言い終わる前に、ルシナは片手で青年の首を掴んだ。鋭い爪が彼の白い肌に食い込む。ルシナの紅い眼は鮮やかに煌めき、刃のように研ぎ澄まされた視線を目の前の男に投げかけている。


「つべこべ言わずに、さっさと力をよこせ。お前と無駄な話をしている時間はないんだ」


 それを聞くと、もう一人のルシナは一層笑みを深くした。恐れや動揺といった感情は微塵も感じさせない。むしろ心から嬉しそうに――楽しげに笑っている。その瞳には狂気の光があった。


「全てを知れば、あの女を愛することもできなくなる。また、お前自身の手で失うかもしれないんだぞ。ただの破壊者に戻ってもいいのか?」

「よく喋るな。……そんなのはどうでもいい。リリィを死なせたくない。それだけだ」

「――いいだろう――」


 血で濡れた彼の両手が、首を掴んでいるルシナの腕を掴む。彼に触れられた場所から、闇が一気に広がるかのような感覚が全身に走った。


「己の全てを知るがいい」


   * * *


 沈黙が張りつめる部屋の中で、痺れを切らしたレムは床を蹴って立ち上がった。


「おっせえよ! いつまで寝てんだあいつ!」

「静かにしろ、レム。まだそれほど時間は経っていないぞ」

「だって! このままリリィが死んじまったら……」


 レムはベッドの上に横たわるリリィを見つめ、冷たい手を握った。


「ルシナ……早く……!」


 時間が経てば経つほど、リリィが死へ近付いて行っているような気がする。開かれない彼女の瞳――助けることができるのはルシナだけだ。

 

 その時――静けさの中に、ドアの開く音がゆっくりと聞こえた。

 三人の視線が一斉にドアへ集まる。


 そこに立っていたのはルシナだった。

 しかし、リュカは彼が漂わせている違和感に、最初に気付いた。


 深紅の瞳、漆黒の髪――この世のものとは思えない美貌は、確かにルシナだった。

 だが、何かが違う。

 彼をまとう空気がこの空間からは切り離されているかのような異彩を放ち、神々しくも妖しい気配が満ちている。それは、ネオスが現れた時とよく似ていた。

 次に気付いたのは、その髪の長さだった。

 一見するとわからなかったが、後ろ髪が腰に届くほど長い。先程までの彼は短髪だったはずだ。この短時間でここまで伸びたというのか?


「ル、シナ……」


 その超然とした姿は、リュカの記憶の中、かつて戦場を血で染めた魔戦士そのものだった。


「外に出ていてくれるか」


 やけに響く声でルシナは言う。


「リリィと、二人にして欲しい」


 聞きたいことが山程あった。今すぐにでも問い質したかった。しかし、ルシナの有無を言わさぬ威圧感に、レムでさえ戸惑いながらも無言で部屋を出ようとした。


「思い出したのか」


 セスが尋ねた。口元には微笑を浮かべたまま。

 ややあって、ルシナは答える。


「ああ。全部、何もかも思い出したよ」

「そう。良かったね」


 セスは皮肉に笑った。


「いや、残念だと言うべきか。これで再び苦しみの日々が始まるんだからね」


 セスはそう言い残し、部屋の外へ出て行った。

 ルシナは無言でその背中を見送る。


「ルシナ……」


 リュカは不安げにルシナを見た。窓から吹き込んでくる涼しい風が、ルシナの長い黒髪を揺らす。

 ルシナは言葉は何も発さずに、ただ静かに微笑(わら)った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ