28 夢の夜明け(1)
「リリィ!!」
呪縛のような空気から解き放たれたレムは、ルシナの腕に抱かれているリリィに駆け寄った。
まるで生気の感じられないリリィの顔。恐る恐る彼女の頬に触れると、石のような冷たさがひんやりと伝わって来る。シャナンは死んでいるわけではないと言ったが、この感触は死体そのものだ。
「本当に……治るのかよ!?」
聖霊の力はそんなことまで可能にしてしまうのか。シャナンの言葉がどうしても信じられない。本当にリリィを元通りにできるとすれば、まさにそれは神の力だ。
「あのシャナンとかいう聖霊の言うことを信じるしかない」
「けどっ……力を取り戻すなんて、一体どうすれば……」
「心当たりはある」
ルシナはリリィを抱きかかえて立ち上がり、ベッドの上にそっと横たえた。前髪をかきわけて、その額に口付ける。
「――大丈夫。すぐに戻してあげるよ」
「ルシナ」
リュカが呼ぶ。
「これはどうする?」
気絶したセスはリュカにかかえられたままだ。
「どうやらネオスに操られていたらしいな。――君たちの部屋にでも寝かせておいてくれ」
するとすかさずレムが噛み付く。
「何でだよ! 許すっていうのか!」
「そういうわけじゃないよ。でも今はセスに構っている暇はないんだ」
ルシナは部屋を出て行こうとした。
「どこへ行く?」
「寝る」
「は?」
「うまくいけば、それで力を取り戻せるかもしれない」
「馬鹿か、てめえは!?」
呆れて大声を上げるレムを、リュカが制する。
「それが、一番有力な方法なのだな」
「ああ」
「頼んだぞ。いくら完全に死んだわけではないと言っても、この状態が長引けばどうなるかわからん」
「わかってる」
そう言ってルシナは部屋を出て行ってしまった。
* * *
「本当に寝てるぜ、あいつ……」
ルシナの部屋へ様子を見に行ったレムが戻ってきた。
「どういうつもりなんだよ。そう簡単に元に戻るもんなのか?」
「わからん。だが、本人に任せるしかあるまい。我々にできることは、見守るだけだ」
情けないが、その通りだった。
リリィから眼を離すわけにはいかないので、セスはソファに寝かせてある。
「夜明けまでにリリィが戻らなかったら……家族にはどう説明する?」
「正直に言うしかないだろう」
「正直にって……聖霊だのなんだの、信じると思うか?」
「……全てルシナ次第だ」
レムはカーテンを少し開けた。東の空が群青色に変わり始めている。
その時、ソファに寝そべっていたセスがのそりと動いた。深い眠りから覚めたように眼をこすりながら起き上がる。
「気が付いたか」
セスはぼんやりと部屋の風景を眺め、ベッドの上に寝ているリリィを見ると、少し眼を細めた。
「……ルシナは?」
「この部屋にはいない。――ネオスに操られていたようだが、記憶はあるのか?」
「ぼんやりと」
セスはソファから立ち上がって、ベッドに歩み寄ろうとした。
「近付くな!」
レムがセスの前に立ち、胸倉を掴む。
「こうなったのも、元はと言えばてめえがくだらないことをしたせいだ!」
「死んでるのか?」
淡々とした口調でセスは言う。
「死んでねえよ! だからルシナが今……」
「ネオスに交渉でもしてるの?」
「ちっげえよ! いいからてめえは黙ってろ!」
セスを突き飛ばし、リリィを守るようにベッドの前に立つ。
「お前はこれからどうするつもりだ?」
「さあ、ネオスもいなくなっちゃったみたいだし……しばらくセルドナで好き勝手にやろうかな」
「エーゼスガルダに戻らないのか?」
「別に懐かしい場所でもないしね……戻れたって戻れなくたってどうでもいいよ」
そう言うセスの声には、その言葉通り郷愁も何も滲んでいない。
「それに、ルシナが力を取り戻したらエーゼスガルダに戻るんじゃない? セルドナにいたらどうしたってリリィを巻き込まずにはいられないだろうし」
「…………」
「そうなったらエーゼスガルダはルシナと聖霊の戦いで荒れ果てるよ。ネオスの力を見ただろ? あんなでたらめな力を持った奴らが全力でぶつかったら、簡単にエーゼスガルダは焦土と化すだろうね」
レムとリュカは息を呑んだ。確かに、あのネオスは世界さえ滅ぼしてしまえそうな力を持っていると言っても過言ではない。
「それも楽しそうだけど」
セスはくすりと笑った。




