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アナテマ  作者: はるた
第二章
49/124

18 罪




 それから一日経っても、ルシナの様子は変だった。


 何を話しかけても生返事を返すだけで、思考に浸っているらしくどこか気が気でない様子だ。


(一体、何があったんだろう……)


 パーティで、オディールと二人で話していた時に急に倒れてから、どうも様子がおかしい。


「別に、心配する必要はないんじゃねえの?」


 レムに相談してみたが、彼女は全く真剣に聞いてくれない。予想はしていたが。


「そう言うと思ったわ……リュカに相談すれば良かった」


 すると椅子にだらしなく座っていたレムががばっと身を乗り出した。その勢いに、正面に座っていたリリィは思わずたじろぐ。


「それは駄目だ!」

「えっ、どうして?」

「駄目なもんは駄目なんだ! いいから、さっさと続きを言え!」

「もういいわよ」

「リュカには聞くな! ていうか話すな!」

「はあ?」


 むきになっているレムはこの上なく幼く、今まで一番少女らしく見えた。


「オレの方が、あいつとずっと一緒にいるんだ。お前なんかに……」


 聴こえるか聴こえないかくらいの小さな声で、レムはぶつぶつと呟いている。

 そんな態度に、ピンとリリィは直感した。


「ねえ、レム……もしかして」

「あ?」

「リュカのこと、す……」

「わーっ!!」


 レムの大声にリリィの声がかき消させる。彼女の顔は真っ赤に染まっていた。


「やっぱり、リュカのこと」

「言うな言うな言うなっ!!」


 そう言ってレムは耳をふさいでしまった。

 少女の思いを知って、抑えきれない笑みがこみ上げてくる。


 レムとリュカは異性ではあるが恋人のような雰囲気が全くなく、男同士の『相棒』、それか兄弟という感じだった。

 まさか、レムがリュカに恋心を抱いていたとは……


「いつから? いつから好きなの?」


 レティシアではないが、このような話を聞くと追及せずにはいられない。

 レムはリリィに背を向けて椅子の上にうずくまっている。


「わかんねえよ……昔っからあいつは兄貴みたいなもんで……だけど、気付いたらそう思ってたんだ」

「レム……」


 細々と告白するレムは、ただの恋する少女だった。今まで見せたどんな表情よりも可愛らしい。

 そんな彼女を見ていると、きゅっと胸を締め付けられるような思いがする。


「でもリュカにとってオレは、ただの妹っていうか……むしろ弟くらいにしか思われてないから」

「そんなことないっ!」


 自分でも驚くくらいの大声でリリィは否定した。


「今はそうでも……きっと伝わるよ! ずっと一途に想い続けていれば……」

「……そう言うお前はどうなんだよ」

「えっ」


 思わぬ被弾である。

 仕返しとばかりに、レムはずいとリリィに詰め寄った。


「お前、ルシナのことはどう思ってんだよ? 好きなのか?」


 好き――。

 改めてその言葉の意味を理解しようとすると、よくわからなくなってくる。

 ルシナのことは確かに好きだ。しかし、それはレムがリュカに抱くようなものと同じなのだろうか。


「……わからない」

「嘘だろ? あんだけいちゃついておいて……」

「いちゃついてなんかないわよ! ルシナのことはすごく好きよ。それは確かだけど……簡単に一言で表せる感情じゃないの」

「はあ? 好きだったなら好きで、それで終わりじゃねえか」


 リリィはため息をついた。


「羨ましいわ、単純――というか、さっぱりしてて」


 好きという言葉はあまりに便利すぎて、どのような姿にも形を変えてしまう。

 ルシナへの気持ちを表すとすれば、確かに『好き』がそうなのだろう。しかし、どこかしっくりと来ない。好きというだけではない、もっと複雑な何かだ。


 改めて考えてみると、本当によくわからなくない。

 自分の気持ちも、ルシナがどう思っているのかも。


   * * * 


 ルシナはただひたすら考えていた。

 これからどうするべきか――。

 当初の役目は果たしたが、ロザリア邸を出て、それからどうする?

 特に行くあてはないが、このままなら確実にネオスに襲われる。あんな次元が違う力の持ち主への対抗策が、どうしても思いつかない。


(そういえば……)


 力を使えぬお前など、ひ弱な存在でしかない。


 ネオスは確かにそう言っていた。


(力……俺にも特殊な力があったのか? ネオスと対等に渡り合えるほどの力が……)


 リュカの話からすれば過去の自分はとんでもない存在だったらしいし、そのような超能力を持っていても不思議ではない――のかもしれないが、魔人族の『能力』は非常に高い身体能力と再生能力だったはずだ。あれから魔人族について自分で調べたが、ネオスのような能力を持っていたなど聞いたことがない。


(人間の歴史に記されていないだけなのかもしれないが……もしかすると、俺だけが持っていた力なのかもしれない)


 とにかく、聖霊族に関しても知らないことが多すぎる。


(リュカに相談してみるか……)


 幸いレムはリリィと一緒にいるようで、リュカは一人だった。


「聞きたいことがあるんだが」

「何だ?」


 部屋にいる時、彼は大抵静かに読書をしている。騒がしいレムとは大違いだ。


「……場所を変えよう」

「なぜその必要がある?」

「リリィやレムに聞かれたくない。説明が面倒だし……」


 リュカは特に何も深くは聞かず、大人しくルシナの言い分に従った。彼の物分りの良さには助けられる。


 二人が向かったのは、ラグディールの酒場だった。

 まだ陽が完全には沈んではいないが、歓楽街は昼も夜も変わらぬにぎやかさである。

 ここならば、周囲の喧騒にかき消されてかえって何も気にせずに話すことができる。


 最初からリュカには全てを話す気でいた。


「オディール・ダーモットは人間じゃなかった」


 いきなりルシナはそう切り出した。


「……何だと?」


 当然ながら、リュカは眉をひそめた。


「俺が狙われてたのは確かだ。でもその首謀者はセスじゃなく、彼の姉――実際は違うが、オディールだったんだ」

「要点を省かずに詳しく説明しろ」

「聖霊族というのを知ってるか?」


 するとリュカは驚いたような顔をした。なぜそれを知っている――とでも言うように。


「……ああ、知っている」

「オディールは自分から、聖霊族のネオスと名乗った」


 リュカは眼を見開いてルシナの話に聞き入っている。


「オディールという者は存在せず、人間たちの記憶を操作して創り出した、俺に首尾よく近付くための架空の存在であると。普通なら、そんな芸当が可能だなんて到底思えないだろう。だが奴は、確かにとんでもない力を持っていたよ。いつの間にか俺は幻覚の中にいて――あの時のことを思い出すだけで、気がおかしくなりそうだ。リリィが来なかったら俺は……殺されてた。――前に君が言ってたよな。俺が暗黒戦争後に行方をくらましたのは、『罪を犯したために神の怒りを買った』からかもしれないと」


 言葉を失っているリュカを、ルシナは真っ直ぐに見つめた。


「聖霊族とは、一体何なんだ? なぜあんな力を持っている? 奴らも亜人の一種なのか?」


 しばらく沈黙してから、リュカはゆっくりと口を開いた。


「聖霊族は……創造神エーゼの一族と呼ばれる種族だ。彼らは太古の昔からエーゼスガルダに存在し、命の育みを見守ってきた存在だと言われている」

「…………」

「亜人でないとは言い切れない。だが、彼らが我々と同じ存在だと言うには、あまりに人智を超越している。亜人というより、神に近い存在なのかもしれん」

「神、ね……」

「彼らはあらゆる自然の力を自在に操り、肉体を持たぬと言われている。――と言うのは、何でも聖霊は魂そのもののみで存在でき、肉体(いれもの)を必要としないらしい。また、服を着替えるように体を変えることも可能だと、そう言われている」


 ネオスが自在に姿を変えていたのはそういうことか。


「肉体を持たないから、身体的な限界がない。つまり、滅びないということだ。体を貫いても、首を刎ねても、核である魂には何の影響もない。魔人も非常に高い再生能力を持っているが、聖霊の場合それとは違う。『死』は存在しない」


 とんでもない存在だとは思っていたが、まさか『死なない』とは……

 それならばネオスに対する対抗策は何もない。こちらがやられる前に始末するという手段は完全に通用しないのだ。


「ただ……たった一人、聖霊族を滅ぼすことができた者がいたという」


 リュカは重々しくその名を口にした。


「魔戦士ルシナ」

「…………」


 ルシナは大きくため息をつき、グラスの中の酒を飲んだ。


「……そいつはつい一日前、その聖霊に殺されそうになったんだけど?」

「だが、それこそが罪だったのではないか?」

「罪……」

「かつて――お前が失った記憶の中で、聖霊を殺したことがあるのではないのか。それによって、ネオスという聖霊は同胞の仇を討つため、お前を襲ったと考えられぬこともない」


 確かに、それは有り得る。

 同胞の魂を奪った。ネオスはルシナの罪をそう言った。

 魂を奪った――つまり殺した――。


「まあ、それもあるかもしれないな……だが心当たりの無い仇討ちで殺されるのはごめんだよ」 

「いや、恐らく殺されはしない」

「……?」

「俺も詳しくは知らないが……聖霊族にはいくつか『掟』があるらしいのだ」

「掟?」


 リュカは頷く。


「一つは下界――つまりヒトの世界に必要以上に干渉してはならないということだ。暗黒戦争の時、聖霊族は全く戦いに参加しなかったのだが、恐らくその掟のためと思われる」

「下界、か。まさに神気取りだな」

「……もう一つは、魂あるものの命を奪ってはならないということらしい」


 とても信じられなかった。あれで、殺す気が全くなかったと?


「殺されなくても、もう二度とあんな体験はしたくないね。それにネオスがその掟を守ってるとは限らないだろう」

「聖霊族における掟は、必ず守るべきものであり、かなりの拘束力を持つと言われている」

「でも、それだったら人間のふりをしていたことは掟に触れるんじゃないか? 人間の記憶を操作して干渉していることになるんだから」

「そこはわからん」


 リュカはきっぱりと言った。


 わかったのは、結局聖霊族は恐るべき存在であり『罪』を犯したルシナを処刑、あるいは何等かの罰を下そうとしているというとこだ。しかも、今の所対抗する術はない。リュカは、聖霊を滅ぼすことができる唯一の存在が『魔戦士ルシナ』だったというが、残念ながら今のルシナにそんな真似はできそうにない。


(やっぱり俺は何かの力を持っていたのか? どうすれば、その力を取り戻すことができる?)


 その時、頭の中にあの光景が蘇った。


 夢の中で会った、過去の自分。

 彼は言っていた。


『強大な力を取り戻したいか?』


(強大な力……聖霊族を滅ぼすことができる力……)

「どうした?」


 急に黙り込んだルシナに、リュカは訝しげに声を掛けた。


「ああ、いや、何でもない」

「リリエルが心配していたぞ。まあ、そんなことがあったのでは無理もないが……」

「とりあえず、色々と考えを練ってみるよ。あまり時間はなさそうだけどな」

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