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アナテマ  作者: はるた
第二章
41/124

10 再会(2)




「疑問がいくつかあるんだけど……」


 酔いのせいだけではない激しい頭痛のする頭を押さえながら、レムは隣を歩くルシナに言った。


「いいのかよ? あの子、あのまんまで。自殺とかしちゃうんじゃねえの」

「大丈夫だよ」


 さらりとルシナは言う。


「でも……いくらなんでも、あれは酷すぎねえ? 恋人なんだろ、一応」

「恋人じゃない」

「どうみたってそうだろ」

「違うよ。同居人」

「…………」


 ルシナはただの事実を告げるような口調で淡々と言う。


「なんて奴だ。女の敵の鑑だな」


 憤慨するレムを横目で見やったルシナはぼそりと言った。


「君に女を語られたくないんだが」

「ああ!?」

「いくら性別が女でも、君に乙女心ってやつがあるとは思えないな」

「ば、馬鹿にしやがって!」


 今にも噛み付く勢いのレムを制してリュカは、


「……結婚するのではなかったのか?」


 リュカの言葉に、ルシナは驚いたような呆れたような声を発した。


「はあ? 誰が言ってたんだ、そんなこと」

「ベロニカの店員がだな……」

「誤解だよ。まさか、信じたのか?」

「いや、信じたわけではないのだが……」


 狼狽するリュカに助け舟を出すように、レムが口を出した。


「そういえばさ、リーシャって誰なんだ?」


 ビアンカが口にした名前。リリィと聞き間違えたのかとも思ったが……


「……さあ……知らないな。ただの勘違いじゃないか?」

「……昔の女とか何とか言ってたけど」

「全く、誤解も甚だしいな」


 ルシナは疲れたようにため息をついた。


「何で皆独占欲が強いんだろうね。俺は所有物じゃないのに、傍に置きたがる」

「そりゃあ、お前に惚れてるからだろ。ていうか『皆』って……さっきのあの子、一体何人目なんだよ……この数ヶ月の間に……リリエルが知ったら泣くぜ」

「どうして」


 心から不思議そうに言うルシナに、レムは呆れを通り越して怒りを覚えた。


「あいつはずっとお前に会いたがってたんだぜ。そのお前が、こんな女たらしになっちまってるなんてよ」

「そうかな……そんなに、悲しがるかな」


 その口調が思いのほか深刻そうだったので、レムは面食らった。他人の気持ちなど考えもしない男だと思っていたのに。


「そう思うなら健全に生きろよ」

「そのつもりだったんだけどな」

「あれのどこが健全だよっ!」

「要するに俺は愛玩動物(ペット)なんだよ。餌をもらう代わりに彼女の要求に応える。――等価交換だと思うけど」


 レムは大きく天を仰いだ。リュカも眉間を押さえている。


「だったら、嬢ちゃんにも同じことしてやれよ」

「等価交換?」

「そうじゃねえよ。だからその――お前が、ビアンカって子にしてたみたいなことだよ!」

「それはできない」

「何でだよ」


 ルシナは少し間を置いてから、


「さあ。でも、リリィと寝たくないと思うのは確かだ」

「それって酷いんじゃねえの。要するに女として見てねえってことだろ」

「そうかもしれないけど、そうだとしたらリリィに限ったことじゃない。君の予想通り、何人かの女性にお世話になったけど、彼女たちと自分から進んでそういう行為をしたことはない。全部相手に求められたからだ。拒否する理由もないから、要求を受け入れただけ」

「…………」

「でも、リリィとはそういうことはしたくない。たとえリリィから求められたとしてもね」

「そこがよくわかんねえんだよ。大事に思ってるなら、望みに応えてやろうってのが普通の心理だろうが」

「自分でもわかってないよ。でも、俺にとってリリィは他の人とは違う。理由はわからないけどな」


 レムとリュカが沈黙していると、ルシナは少し笑った。


「早く行こう」


   * * *


 リリィがルシナの捜索を依頼してから、今日で六日目だ。

 ロルカにルシナがいたなら、そろそろラグディールに入っていても良い頃だ。


 あれから、事態は更にまずいことになったのである。


 ヴィンセントはダーモット伯爵に、リリィに婚約者がいる旨を伝えたが、その後またも伯爵の使者がロザリア家にやって来て、伯爵からの手紙を持参したのだ。


 是非その婚約者殿と直接会って話をしたいから、オディールの誕生日パーティにリリィと共に出席して欲しいということだった。


 これでもう後には退けなくなってしまった。

 何が何でもルシナを探し出し、オディールの誕生日に出席しなくてはならない。その日は、もう目前に迫っている。


 無事に見つけ出せるかどうか気が気でなく、学校の課題も手に付かない。元々はかどっていたわけではないが。


 祈るような思いで一人部屋に閉じこもっていた時、ミリアが部屋に入ってきた。


「お嬢様!」

「どうしたの、ミリア」


 慌てて走って来たようで、ミリアは息も絶え絶えだ。


「今、お嬢様がルシナ様の捜索を依頼された方々がいらっしゃって……」

「本当!?」

「ルシナ様もいらっしゃるようです! 旦那様のお部屋に」


 ミリアがそれ以上言う前に、リリィは部屋を飛び出していた。


   * * *


 これほど心躍る気持ちで父の部屋に向かったことはない。

 まさに風のような速さで屋敷を駆け抜け、リリィはノックもなしに、扉に体当たりをするような形でヴィンセントの部屋へ駆け込んだ。


 リリィの登場に驚いているヴィンセント、レム、リュカ、そして――。


「ルシナっ!!」


 実に五ヶ月近く姿を見ていなかった、黒髪の青年にリリィは飛びついていた。


「久しぶり」


 まさに久しぶりに聞くルシナの声は、前と変わらない静かな声。それでも、嬉しさが滲んでいるのはわかる。


「本当に会いたかったんだから!」

「俺も会いたかったよ」

「全然来てくれないんだもの! あたしのことなんか忘れてるかと思った」

「まあ、そこは色々あって。でも、忘れてたわけじゃないから」


 リリィはじろりとルシナを睨んだ。


「本当に?」

「嘘なんかつかないよ」

「じゃあ、後でいっぱい話聞かせてね」

「あー……うん……」


 再会の抱擁を交わしているリリィとルシナに、ヴィンセントは大きく咳払いした。


「リリエル。客人と話している最中に部屋に飛び込んできたことは不問にするから、とにかくルシナ殿から離れなさい」

「あ、はい。ごめんなさい」


 やっとリリィはルシナから離れたが、ぴったりと彼の横に立っている。


「今事情を説明していたところだ。大まかな話はリュカ殿が説明してくださっていたそうだが」


 リリィは不安そうにルシナを見上げた。その視線に気付いたルシナは微笑を返す。


「形式的にお前の婚約者になって頂くという話――承諾してくださった」

「本当に!?」


 リリィの気持ちは、まさに今にも天にも昇っていきそうだった。

 ルシナに会えただけでも嬉しいのに、わがままに付き合ってくれるなんて――。


「うん。俺で役に立てるなら、喜んで」

「良かった……! 断られるんじゃないかって心配してたの」 


 とりあえず、これで結婚の心配はしなくてもよさそうだ。


「じゃあ、俺たちはもう用済みだな」


 やれやれと言う風にレムが言う。


「公爵、俺たちはこれで失礼します」

「いえ、せめてお礼を――」


 引き留めようとしたヴィンセントに、リュカは苦笑して首を振った。

 ヴィンセントは、かつて彼らがリリィの命を狙っていたことを知らない。


「待って! レム、リュカ。まだここにいて欲しいの」

「これ以上ただ働きさせようってのか? 依頼はちゃんと果たしただろうがよ」


 リリィは強く首を振った。


「後で話すわ。あたしの部屋に来て」

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