7 依頼(1)
星々が浮かぶ黒い空の下、眠らない街には昼のような灯りが灯って、多くの人々で賑わっている。
その街のとある酒場に、リリィは一人でいた。
リリィは目立つ金髪をターバンで包み、少年のような恰好をして酒を飲んでいる。
可愛らしい青い眼をした美少年が一人でごくごく酒を飲んでいるというのは、その酒場の中でもかなり目立つ光景だったが、皆それぞれの話や酒に夢中で、声を掛けるものはいなかった。
そんな彼女に近付く人影が二つ。
「何の用だ」
リリィがいるテーブルの横に立ち、彼はそう言った。
「意外と早かったのね」
「そっちが呼び出したんだろ」
不満気に言ったのは灰色の髪と眼を持つ少女――口調と男っぽい恰好のせいで少年にしか見えないが――だ。癖のある髪からは、犬を思わせる二本の耳がぴんと伸びている。
「『人探しを依頼したい。八月一日午後八時にミルタの酒場クレイズにて待つ』――」
もう一人――緑がかった青い髪に金色の眼という目立つ風貌の青年が、手紙と思われる紙を出してリリィの目の前に突き付けた。
「とにかく座ったら? あたしが奢るから」
リリィは至って上機嫌であるが、レムとリュカは苦い表情だ。
「嫌な予感しかしねえよ」
レムはぼやきながら渋々リリィの正面に座った。リュカもレムの隣に座る。
「で、何の用だ?」
「そこに書いた通りよ。人を探してほしいの」
「オレたちゃ、何でも屋じゃねえんだぞ」
「わかってるわよ。本業は殺し屋なんでしょ」
リリィの言葉にレムは気を悪くした様子で、
「殺しを専門にしてるわけじゃねえよ」
「だったら何なのよ」
「報酬次第で仕事は選ぶさ」
「要するに何でも屋じゃない」
大きく息を吸って何かを言おうとしたレムを制し、リュカが切り出した。
「本題に入ろう。誰の捜索だ?」
「ルシナ」
さらりと言ったリリィに、二人は絶句した。ある程度は予想していたことだったが……
「あのなあ、嬢ちゃん」
いらつきながらレムが言う。
「世話になった男に会いたい気持ちはわかるけどよ、手掛かりも何もない奴をどうやって探せって言うんだ?」
「よく我々に依頼しようという気持ちになったものだな。俺たちはお前を殺そうとしていたのだぞ」
リリィは肩をすくめた。
「昔の話でしょ。今のあたしを殺したって何のメリットもないし」
「なぜ今になってルシナの捜索を?」
ルシナを探す理由を、全て隠さず説明した。セスに婚約を申し込まれたこと、それを断るためにルシナが必要だということ――。
理由を聞いてもリュカとレムは渋い顔だ。
「……なぜわざわざ俺たちに? 父親の力を使えば良いだろう」
「あなたたちが一番頼れそうだったから。父の手は一切借りないことにしたの。――それに、手掛かりならあるわ」
レムとリュカは驚いたように眼を見開いた。
リリィは持っていた鞄から、一枚の紙を取り出す。――ルシナの絵だ。
「七月二十日に、ルシナはロルカという街にいたらしいの」
「ロルカ……」
リュカには心当たりがあるようだ。
「ラグディールからは遠いが、行くのが難しい場所ではないな」
「一週間と少しくらいで探し出せる?」
「おいおい、無理言うなよ。ここからロルカまで二日、ラグディールに連れて行くまで三日! 二日で居場所を突き止められるとは思えねえぜ」
口出しをしたレムをリリィはじろりと睨んだ。
「あたしはリュカと話をしてるの。あんたは黙ってて。子犬みたいにキャンキャン吠えないでよ」
「て、てめえっ! ちょっと優しくすりゃいい気になりやがって! それにオレは狼だっ!!」
拳を握りしめるレムを完全に無視して、リリィはリュカに向き直る。
リュカは絵の裏側を見ている。
「酒場ベロニカ……さすがにそこまでは知らんな。ロルカはそこまで大きい街ではないから、探せないことはないだろうが」
「本当!?」
リリィの顔がぱっと輝く。
しかしそこでまたもレムが横から入ってきた。
「ちょっと待てよ。まだ依頼を受けるかなんて決まってねえんだぜ」
途端にリリィの明るい笑顔は消えて鋭く青い瞳が光る。
「いくら欲しいのよ?」
レムが答えようとした瞬間、リュカの声がそれを遮った。
「報酬はいらん」
「はあっ!?」
「いいだろう、リリエル。その依頼お受けする」
「何言ってんだよ、せっかくいいカモが来たってのに! おい、リュカ……まさかこいつに絆されてんじゃねえだろうな!」
「数ヶ月前のことはすまないと思っている」
「馬鹿! あれは仕事だったんだから、すまないも何もねえよ!」
レムは人一倍大きな声で叫んでいるが、そこにいないも同然だった。
「いいのよ、もう。それより依頼を受けてくれてありがとう」
「おいっ、オレの話を聞け!」
「では、翌朝から俺たちはロルカへ向かう。ルシナを見付けたらすぐに手紙を送る」
「てめえら、無視すんな!」
リリィはリュカに向かってにっこり笑った。
「うん、よろしくね! 待ってる」
* * *
リリィは待たせている馬車に乗り込んだ。
馬車には付添いで来てくれたミリアがいる。彼女は若干おろおろしながら、リリィを出迎えた。
馬車が動きだし、ゆっくりと速度を増していく。
「お嬢様! 大丈夫でしたか?」
「大丈夫よ。心配ないって言ったじゃない」
「でも、あんな柄の悪い場所にお一人で行くなんて……いくらルシナ様を探すためとはいえ」
「ロザリアに来る前はあんな場所に行くなんて日常茶飯事だったわ。家出した時もあそこの酒場には行ったことあるし」
ミリアはお転婆な主人に、呆れ半分で首を振った。
「旦那様が知られたら、何とおっしゃるか……」
「あたしがこういうことをするくらい、あの人はわかってるわよ」
リリィは真っ暗な窓の外を見つめた。
きっと、あの二人はうまくやってくれる。そんな期待とルシナに会えるという嬉しさが彼女の胸を躍らせていた。




