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アナテマ  作者: はるた
第二章
36/124

5 姉弟(2)




 セスはダーモット伯爵家の子息。ルシナは暗黒大陸にいた魔人。

 接点など、到底どこにも見出せない。

 しかし先程のセスの言葉――二人の繋がりを疑わずにはいられなかった。


(こんな物を渡したりして――一体何を考えてるの?)


 色々と考えを巡らせていると、こちらへ近付いて来る人影に気付いた。


「こんな所にいたのね」


 オディールだった。

 闇の中に佇む彼女は一層美しく、夜の精のようである。


「オディール様」


 リリィは無意識のうちにルシナの似顔絵を隠した。


「今、そこでセスとすれ違ったけれど……ここにいたの?」

「ええ、ついさっきまで。……あの、どうしてここに?」

「セスが急にいなくなったものだから、探していたのよ。どこにいるのかと思ったら、あなたと一緒にいたのね。どんなことを話していたの?」


 リリィは取り繕った笑みを作って答えた。


「他愛のないことです」

「そう?」


 オディールは先程のセスと同じようにリリィの横に座った。ふんわりとした花の香りがする。

 こちらを見つめる彼女の瞳は、視線を合わせるだけで全てを見透かしてしまいそうだ。


 もしかしたら彼女も、ルシナのことを知っているのだろうか。それともセスただ一人しか知らないことなのか――。


「弟が失礼なことをしなかったかしら?」

「いえ……」


 オディールの白い指先がリリィの頬に触れる。ひんやりとした感触だ。

 息がかかるほど間近にオディールの美しい顔がある。花の香りが一層強く漂い、リリィの思考にぼんやりとした霧をかけていく。

 彼女の黒い瞳は視線の糸を引きずり込んでいるかのように、眼を逸らすことを許さない。

 まるで催眠術にかけられたかのようだ。心地良い波に、意識を任せてしまいそうになる――。


 すると突然、オディールの微笑がさっと消えた。

 かすかな驚きと動揺――笑みを消した彼女の顔にはそのような感情が表れているかのように見える。


「……?」


 しかしまたすぐに、余裕のある笑みが戻ってきた。


「リリエルさん。実は私、二週間後に二十歳になるの」


 現実味のある話に、リリィもはっと我に返る。


「そ、そうなんですか。おめでとうございます」

「ありがとう。その時は、私の誕生日祝いに是非招待させて頂くわ」

「はい……楽しみにしています」

「それでは、そろそろ会場に戻った方がいいわ。ご友人が探しているのではなくて?」

「あっ……」


 すっかり忘れていた。

 確かに長い間レティシアを一人きりにするのは悪い。


「では、戻りましょうか」


 立ち上がったオディールの後に続く。


 心なしか、花の香りが薄くなったような気がした。


   * * *


 リリィはオディールと並んで会場に戻った。


 オディールはそこにいるだけで会場中の注目を集めるほど目立つ美女だ。しかし彼女は自分に向けられる視線をまるでないもののように、すたすたと歩いていく。

 見ると会場の中心あたりに、人だかりがあった。


「お父様」


 オディールが言った。


 人だかりの中心にいた人物が、こちらに気付いて歩み寄ってくる。


「やあ、オディール。いないと思ったら、可愛いお嬢様を連れているじゃないか」

「お父様こそ、先程までどこにいらっしゃったんです? 私とセスにお客様のお相手を押し付けて……」


 ということは、彼がオディールとセスの父親――ダーモット伯爵だ。

 伯爵はオディールとセスのどちらにも似ていない、柔らかい雰囲気の男性だった。


 リリィは伯爵に向かって礼をした。


「初めまして」

「リリエル・ロザリア殿ですね。存じ上げていますよ」


 ダーモット伯爵はにっこり笑って言う。


「子供たちの話し相手になって頂いたようで、ありがとうございます」

「いいえ」

「噂には聞いていたが……いやはや、本当にお美しい。息子が会場を放り出してしまうのもわかります」

「父さん」


 いつの間にか伯爵の背後にセスが立っていた。


「放り出したなど……そのようなことはありません」


 先程とは打って変わって、極めて紳士的な口調のセス。

 彼自身が言っていたように、今は伯爵家の一員としての仮面を被っているらしい。


「父君にはいつもお世話になっています」


 そういえば、伯爵はリリィの父と同じ議会の議員だったのだ。


「ロザリア公のご息女とお会いできて、本当に光栄だ。どうでしょう、二週間後にオディールの誕生祝いがあるのだが、是非いらっしゃってください」

「そのお話ならオディール様からお聞きしました。喜んでお邪魔させて頂きます」


 もう一度セスに会って、ルシナとの関係を問い質したいという思いもあった。


「それではリリエル殿、お待ちしていますよ」


 その時、ぱたぱたとレティシアが急ぎ足でやって来た。


「リリィ!」

「レティ、ごめんね」

「もう、ひどいわ! 一人にするなんて」


 レティシアはリリィの周りにいるダーモット伯爵とアレンに気付き、慌ててお辞儀をした。


「ご挨拶が遅れて申し訳ありません、伯爵。レティシア・マクドールと申します」

「おや、マクドール子爵の……リリエル殿とはご友人同士なのですかな?」

「ええ。女学院の同級生です」


 リリィはするりとレティシアの横に並んで、伯爵に向かってにっこり笑った。


「では、私たちはこれで失礼致します」

「え?」

「オディール様にセス様も、ありがとうございました。二週間後を楽しみにしています」


 強引にレティシアの腕を引っ張って連れて行く。


「ちょっと、リリィ! もう帰るの!?」

「だって、もう遅いもの」


 するとレティシアはじっとリリィを睨んだ。


「ねえ、リリィ……一体セス様と二人きりで何をしてたの?」


 リリィははっとした。そういえば、レティシアはセスのファンの一人だったのだ。


「別に、ただちょっと話をしただけ」


 レティシアは拳を握って悔しそうに言う。


「何よそれ! ものすごく羨ましい!」


 そんな羨ましいものでは全くない――。


(皆騙されてるわ……)


 本当に何を考えているのかわからない男だった。

 彼がルシナのことを調べていた理由も、ルシナとの接点もわからない。


 リリィはもやもやとした思いを抱えたまま、ダーモット邸を後にした。

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