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アナテマ  作者: はるた
第二章
35/124

4 姉弟(1)




 中庭には大きな噴水があり、手入れされた木々や花々が所せましと植えられていた。

 人の姿もなく、リリィは噴水の縁に腰を掛けてほっと息をつく。


 セスの取り巻きたちに目の敵にされるのはごめんだし、あんな眩しい場所にずっといたら眼がしばしばしてきた。

 置いてきたレティシアが少し気に掛かったが、彼女ならうまくやってくれているだろう。


 いつの間にか外はすっかり暗くなっていて、夜空には見事な月が浮かんで、白銀の光を振りまいている。

 その光を全身で浴びるかのように、リリィは目を瞑って大きく伸びをした。


 華やかに彩られたパーティ会場より、こちらの方が余程落ち着く。


 靴も脱いでしまおうと身を屈めた時、突然声が掛かった。


「やあ、こんな所にいたんだね」


 聞き覚えのある声に、リリィははっと身を起こした。

 気配もなくリリィに近付いてきたのは、セスだった。


 甘い微笑を浮かべている彼は、会場でたくさんの令嬢たちの相手をしていた時とは随分と違う。


「セス様……」

「セスでいいよ。何をしているの?」


 そう言ってセスはリリィの隣に座った。


「ちょっと涼んでいたところです」

「ここ、綺麗だよね。僕も気に入ってるんだ」


 初対面といえる相手にこんな風に話されたら、普通ならば馴れ馴れしいと不快だろうが、セスからは不思議とそういう感じは受けない。無邪気な少年と会話しているといった感じだ。


「随分とさっきとは雰囲気が違うのね」


 相手に合わせて、リリィも口調を変えた。


「さっきまでのは自分の立場に合わせた着飾った顔だよ。こっちが素」

「会場にいなくていいの?」

「大丈夫。姉さんがうまくやってくれてるから」


 そう言ってにっこり笑う。親しみやすい好意的な笑みだ。


「それよりも、君に会いたかったんだ」

「……口説いてる?」


 まじまじとセスを見て、リリィは尋ねた。

 セスは面白そうにくすくすと笑う。


「変なこと聞くんだね」

「だって、率直に疑問だったから」

「一応、そのつもりだけど。――まあ、無理かな?」


 セスの表情は笑みに隠されて、何を考えているのか全くわからない。

 ふと、今は遠い彼のことを思い出した。

 セスとは違って常に笑っているような人ではなかったが、大体いつも何事にも興味がなさそうな無表情をしていて、思考が読めなかった。


「君には心にいる人がいるんだろ?」


 急に口説くようなことを言い出したかと思えば、次は何を言っているんだろう。


「ルシナ――だっけ?」

「!?」


 その名を聞いた瞬間、リリィの心臓がどくんと鳴った。

 

 なぜセスがその名を――。


 その疑問を見透かしたかのように、


「ちょっと調べればわかるさ。ロザリア公爵令嬢と家出中に行動していた男。君の家出騒動は公にはならなかったけど、その気になればわかるくらいの範囲だ」

「……それが、何?」


 動揺を抑え、目の前の少年を睨みながら言った。


 するとセスは懐から一枚の紙を取り出して、リリィの目の前に見せた。


 そこに描かれていたのは――。


「ルシナ――!?」


 確かにそれはルシナだった。絵だとしても、見間違えるはずがない。


「これはごく最近描かれた絵さ。この紙の裏側には、いつどこでルシナを目撃したか、情報も書かれている。会いたいだろ? ルシナに。かなりの手掛かりになると思うけど」


 声を失って、リリィは思わずその絵に手を伸ばそうとした。

 しかしセスはぱっと彼女の手の届かない高さに絵を持つ手を上げる。


「ただじゃあげられないな」


 リリィは敵意のこもった視線でセスを睨んだ。


「何が欲しいの? お金?」

「見当外れもいいところだな。そんなものはいらない」

「だったら、何が望みなの」

「君」


 セスは相変わらず天使のような笑顔のままだ。


「君が僕のものになってくれたら、あげてもいいよ」

「……何言ってるの?」

「そのままの意味さ」


 セスの笑顔が段々と邪悪なもののように見えてくる。だがそれさえも、妖しい美しさに思えた。


「いらないわ」


 リリィはきっぱりとそう言った。


「そんなものなくたって自力でどうにかできる。それに、会いに来てくれる約束だってしたもの」

「傍にいなくても見えない絆で結ばれてるってわけ? 妬けるね」


 するとセスは立ち上がり、リリィの目の前にルシナが描かれた紙を差し出した。

 

「あげるよ」

「……ただじゃくれないんじゃなかったの?」

「まあね。でも、こっちの方が面白そうだから」


 リリィを残して、セスは会場の方へ戻って行こうとする。


「――せいぜい頑張ればいいさ。もっともあの人は君のことなんて忘れてるかもしれないけど」

「……どういうこと?」

「あの人の心の中に、特定の誰かがずっと留まり続けることなんて有り得ないからね」


 その口ぶりはあたかもルシナのことを深く知っているかのようだった。


「ルシナを知ってるの――!?」


 しかしセスは答えず、ひらひらと手を振って視界から消えて行った。

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