3 招待(2)
レティシアとの約束の日、夕方になってレティシアを乗せたマクドール家の馬車が迎えに来た。
正式な夜会ではないということだったが、それなりに衣服には気を遣わなくてはならない。
リリィが着ているのは、薄い青の膝丈のドレスだった。綺麗に櫛を通して下ろしている金髪には、深い青の花飾りをつけている。
それを見て、同様に着飾ってきたレティシアはため息をついた。
「本当、もったないわ」
「何が?」
「こんなに綺麗なのに、あなたって滅多に社交の場に出ないじゃない」
「面倒臭いんだもの」
普段は化粧などしないが、今は軽く白粉と頬紅を塗り、目元には肌に馴染む茶色のシャドーを付けていて、唇には薄いピンク色の艶がある。今のリリィを見たら、誰が見ても見惚れてしまうだろう。
狭い馬車の中には明るい光が満ちているようだった。
(そういえば……)
リリィはふと思い出した。
(あたしが着飾ったところ、見たいって言ってたな……)
家出した時に、彼がそう言っていたのだ。
(今のあたしを見たらどう思うかな?)
当時は汚れた服を着て、顔も体もろくに洗っておらず、綺麗な服を着て化粧もしている今とはかけ離れた姿だっただろう。
この姿を見たら、驚くだろうか。まるで別人だ、と。
「どうしたの? 何だか楽しそうね。気が進まなさそうだったのに」
不思議がるレティシアに、リリィはにっこりと笑って見せた。
「せっかく行くんだもの、楽しまなきゃね」
* * *
主催のダーモット伯爵は、レティシアの父親であるマクドール子爵と懇意にしている貴族だという。
リリィは伯爵の名を知らなかったが、評議会議員でもあるということだったので、父とは関わりがあるのかもしれないと思った。
ダーモット伯爵家は、ロザリア公爵家ほどではないが大きく、近代的なデザインの屋敷だった。
パーティホールに案内されると、そこはたくさんの招待客で溢れかえり、昼間のような灯りが満ちていた。
「すごい人」
リリィが感嘆の声を上げる。
「ダーモット伯爵家は比較的歴史が浅い、新進の貴族なのよ。先代のダーモット伯爵から勢力を増してきたみたいね」
「へえ……」
その辺りの話にはあまり詳しくないので生返事を返す。
会場の給仕から飲み物を受け取って、二人は人混みの間を歩いた。
「まずは、セス様に挨拶をしないとね」
「ああ、あの……」
「あっ、ほら! あそこにいるわ」
レティシアが指をさす方向には、一際大きな人だかりができていた。
あの中心にセス・ダーモットがいるらしい。
「リリィ、行きましょう!」
「あっ、ちょっと待って!」
人の波をかきわけて、レティシアはぐんぐん進んでいく。レティシアの積極性には時々ついていけないところがある。
あっという間にレティシアは見えなくなってしまった。
「もう、レティったら!」
あの人だかりを目指せばレティシアに辿り着くのだろうが、ぐいぐい人の間を通っていくのはかなり大変そうだった。
どうしようか考えていると、背後から声がかかった。
「何かお困り?」
「!」
ばっと振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。
二十歳くらいの若い女性だ。
濃い紫のイブニングドレスを見にまとい、波打つ豊かな黒髪を垂らしている。明るい色のドレスとアップスタイルの髪型が多いこの場では、その姿は一際目立っていた。
(綺麗な人……)
黒玉の瞳に、妖艶な笑みを浮かべている赤い唇。強い意志を感じさせるすっきり整った顔立ち。彼女は同性のリリィでも見惚れずにはいられないほど美しかった。
「セスに会いたいの?」
艶やかな声で彼女はそう言う。
「ええ、あの、友人があそこにいるんですけど……」
その時、彼女がリリィの顔を突然覗き込んできた。ふわりと花の香りがして、思わず心臓がどきりと高鳴る。
「あなた、もしかしてロザリア公爵家の……」
「は、はい。リリエル・ロザリアです」
すると彼女は嬉しそうににっこりと笑った。
「お会いできて嬉しいわ。私はオディール・ダーモット。セスの姉よ」
「! そうなんですか。こちらこそ、光栄です」
「噂通り、可愛い御嬢さんね」
オディールの動作はちょっとした指の動きから、何から何まで優雅で見惚れずにはいられない。
「良かったら、弟のところまで案内しましょう」
「本当ですか! ありがとうございます」
オディールはくるりと背を向けて、滑らかに歩き出した。
リリィは滅多に履かないハイヒールを履いているのでさっきから足が痛んでいる。オディールも似たような靴を履いていると思われるが、慣れているのだろう。
やがて人だかりの前に着くと、その場にいた人々がオディールに気付き、すっと身を引いて行った。
「セス。お客様よ」
丁度セスはレティシアと話をしているところだった。
二人ともオディールの後ろにいるリリィに気付く。
「リリィ!」
「良かった、レティシア。ぐいぐい先に行っちゃうんだもの!」
「ご、ごめんなさい。ちょっと夢中になちゃって」
セスはリリィと同い年くらいの少年で、なるほど噂されても仕方のない美貌の持ち主だった。
妖艶で大人びたオディールとは違い、セスにはどこか幼さを感じさせる可愛らしい雰囲気がある。きらきらとした大きな榛色の瞳などは無邪気な少年そのものだが、流行りの型にセットされた明るい茶色の髪、身に着けている服などは垢抜けた都会の青年のようでもあった。
「リリエル・ロザリア様よ」
オディールが紹介すると、セスは驚いたように、
「こちらが? お会いできて光栄です、リリエル殿」
人懐っこい笑顔でセスは滑らかな動作でリリィの手を取り、口付けた。
「噂は耳にしていましたが、これほど美しい方だとは……」
「ありがとうございます」
リリィはにっこりと笑ってから、レティシアに向き直る。
「レティ、あなたはまだここにいるでしょ? あたしはちょっと失礼するわ」
「えっ?」
「大丈夫、すぐ戻るから」
こんな人混みの中、熱気にさらされていたら頭がくらくらしてきたのだ。外にでも出て一人でゆっくり涼みたい。
「では、失礼します。オディール様、セス様」
何か言われる前にリリィはさっさとその場を後にした。




