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アナテマ  作者: はるた
第二章
34/124

3 招待(2)




 レティシアとの約束の日、夕方になってレティシアを乗せたマクドール家の馬車が迎えに来た。


 正式な夜会ではないということだったが、それなりに衣服には気を遣わなくてはならない。

 リリィが着ているのは、薄い青の膝丈のドレスだった。綺麗に櫛を通して下ろしている金髪には、深い青の花飾りをつけている。


 それを見て、同様に着飾ってきたレティシアはため息をついた。


「本当、もったないわ」

「何が?」

「こんなに綺麗なのに、あなたって滅多に社交の場に出ないじゃない」

「面倒臭いんだもの」


 普段は化粧などしないが、今は軽く白粉と頬紅を塗り、目元には肌に馴染む茶色のシャドーを付けていて、唇には薄いピンク色の艶がある。今のリリィを見たら、誰が見ても見惚れてしまうだろう。

 狭い馬車の中には明るい光が満ちているようだった。


(そういえば……)


 リリィはふと思い出した。


(あたしが着飾ったところ、見たいって言ってたな……)


 家出した時に、彼がそう言っていたのだ。


(今のあたしを見たらどう思うかな?)


 当時は汚れた服を着て、顔も体もろくに洗っておらず、綺麗な服を着て化粧もしている今とはかけ離れた姿だっただろう。

 この姿を見たら、驚くだろうか。まるで別人だ、と。


「どうしたの? 何だか楽しそうね。気が進まなさそうだったのに」


 不思議がるレティシアに、リリィはにっこりと笑って見せた。


「せっかく行くんだもの、楽しまなきゃね」


   * * *


 主催のダーモット伯爵は、レティシアの父親であるマクドール子爵と懇意にしている貴族だという。

 リリィは伯爵の名を知らなかったが、評議会議員でもあるということだったので、父とは関わりがあるのかもしれないと思った。


 ダーモット伯爵家は、ロザリア公爵家ほどではないが大きく、近代的なデザインの屋敷だった。


 パーティホールに案内されると、そこはたくさんの招待客で溢れかえり、昼間のような灯りが満ちていた。


「すごい人」


 リリィが感嘆の声を上げる。


「ダーモット伯爵家は比較的歴史が浅い、新進の貴族なのよ。先代のダーモット伯爵から勢力を増してきたみたいね」

「へえ……」


 その辺りの話にはあまり詳しくないので生返事を返す。


 会場の給仕から飲み物を受け取って、二人は人混みの間を歩いた。


「まずは、セス様に挨拶をしないとね」

「ああ、あの……」

「あっ、ほら! あそこにいるわ」


 レティシアが指をさす方向には、一際大きな人だかりができていた。

 あの中心にセス・ダーモットがいるらしい。


「リリィ、行きましょう!」

「あっ、ちょっと待って!」


 人の波をかきわけて、レティシアはぐんぐん進んでいく。レティシアの積極性には時々ついていけないところがある。

 あっという間にレティシアは見えなくなってしまった。


「もう、レティったら!」


 あの人だかりを目指せばレティシアに辿り着くのだろうが、ぐいぐい人の間を通っていくのはかなり大変そうだった。

 どうしようか考えていると、背後から声がかかった。


「何かお困り?」

「!」


 ばっと振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。


 二十歳くらいの若い女性だ。

 濃い紫のイブニングドレスを見にまとい、波打つ豊かな黒髪を垂らしている。明るい色のドレスとアップスタイルの髪型が多いこの場では、その姿は一際目立っていた。


(綺麗な人……)


 黒玉の瞳に、妖艶な笑みを浮かべている赤い唇。強い意志を感じさせるすっきり整った顔立ち。彼女は同性のリリィでも見惚れずにはいられないほど美しかった。


「セスに会いたいの?」


 艶やかな声で彼女はそう言う。


「ええ、あの、友人があそこにいるんですけど……」


 その時、彼女がリリィの顔を突然覗き込んできた。ふわりと花の香りがして、思わず心臓がどきりと高鳴る。


「あなた、もしかしてロザリア公爵家の……」

「は、はい。リリエル・ロザリアです」


 すると彼女は嬉しそうににっこりと笑った。


「お会いできて嬉しいわ。私はオディール・ダーモット。セスの姉よ」

「! そうなんですか。こちらこそ、光栄です」

「噂通り、可愛い御嬢さんね」


 オディールの動作はちょっとした指の動きから、何から何まで優雅で見惚れずにはいられない。


「良かったら、弟のところまで案内しましょう」

「本当ですか! ありがとうございます」


 オディールはくるりと背を向けて、滑らかに歩き出した。

 リリィは滅多に履かないハイヒールを履いているのでさっきから足が痛んでいる。オディールも似たような靴を履いていると思われるが、慣れているのだろう。


 やがて人だかりの前に着くと、その場にいた人々がオディールに気付き、すっと身を引いて行った。


「セス。お客様よ」


 丁度セスはレティシアと話をしているところだった。

 二人ともオディールの後ろにいるリリィに気付く。


「リリィ!」

「良かった、レティシア。ぐいぐい先に行っちゃうんだもの!」

「ご、ごめんなさい。ちょっと夢中になちゃって」


 セスはリリィと同い年くらいの少年で、なるほど噂されても仕方のない美貌の持ち主だった。

 妖艶で大人びたオディールとは違い、セスにはどこか幼さを感じさせる可愛らしい雰囲気がある。きらきらとした大きなはしばみ色の瞳などは無邪気な少年そのものだが、流行りの型にセットされた明るい茶色の髪、身に着けている服などは垢抜けた都会の青年のようでもあった。


「リリエル・ロザリア様よ」


 オディールが紹介すると、セスは驚いたように、


「こちらが? お会いできて光栄です、リリエル殿」


 人懐っこい笑顔でセスは滑らかな動作でリリィの手を取り、口付けた。


「噂は耳にしていましたが、これほど美しい方だとは……」

「ありがとうございます」


 リリィはにっこりと笑ってから、レティシアに向き直る。


「レティ、あなたはまだここにいるでしょ? あたしはちょっと失礼するわ」

「えっ?」

「大丈夫、すぐ戻るから」


 こんな人混みの中、熱気にさらされていたら頭がくらくらしてきたのだ。外にでも出て一人でゆっくり涼みたい。


「では、失礼します。オディール様、セス様」


 何か言われる前にリリィはさっさとその場を後にした。

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