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アナテマ  作者: はるた
第二章
33/124

2 招待(1)




 豊かな四季が巡るアステニアには、今は暑い夏が訪れている。

 七月ももう終盤になり、太陽がいよいよ灼熱をもたらして天上に昇っていた。


 王都ラグディールの一際目立つロザリア家の館の人々も、その暑さに今にも溶けそうな思いでいた。


「ふう……今日も暑いわね」


 扇子を扇ぎながら言ったのは、マクドール子爵の長女レティシア・マクドールだ。

 赤い巻き毛が健康的な薔薇色の肌に張り付いて、その瑞々しい肌からは玉のような汗が噴き出している。


「しょうがないわよ、夏なんだから」


 リリィはアイスティーをごくりと飲んで言った。

 学校が夏休み中の今、リリィは山のような課題にさえ目を瞑れば、割と充実した生活を送っていた。


 学校の友人であるレティシアを呼んで、優雅な昼下がりのティータイムを送るはず――だったのだが、この暑さではどうもそうはいかない。


「それはそうだけど、本当に溶けちゃいそうなくらい暑いんだもの。夜だって暑いし」

「まあね」


 テーブルに置いてあるクッキーをつまむ。


「これ、レティが作ったんでしょ? すごくおいしいわ」


 レティシアはぱっと顔を輝かせた。


「本当!? 良かった。ちょっと粉っぽくないかしら?」

「ううん、そんなことない」


 おいしそうにクッキーを頬張るリリィを見て、レティシアは満足そうに笑った。

 だが、ふとその顔が探るような色を帯びた。


「な、何よ……」


 レティシアの表情にリリィは戸惑った。


「前から思ってたんだけど、あなたって少し変ったわよね」

「そ、そう?」

「どこがっていうわけでじゃないけど……何となく雰囲気が変わったもの」

「別に、何も変わってないわよ」


 リリィはまたアイスティーを飲んだ。


「いいえ、変わったわ。前より何ていうか、ふんわりした感じになった」


 リリィは苦笑した。


「気のせいよ」


 レティシアはにやりと笑う。


「好きな人でもできたんじゃないの?」

「別に」


 そっけなく答えたが、レティシアは尚も追及する。


「ねえ、誰?」

「だから、そんな人いないわよ」

「もしかして、家出騒ぎの時出会った人とか」


 全く話を聞いていない。


「あのねえ、レティ……」

「ごまかすのはよくないわよ、リリィ。確かに考えてみれば、春休みが終わった後に雰囲気が変わったような気もするわ」


 レティシアの恋愛話好きはいつものことだが、自分がそれの標的にされたことはなかったので、対応に困ってしまう。


 レティシアは急に真面目な顔になった。


「リリィ、思う人がいるってすごく素敵なことよ。あなたは婚約者はいないんでしょ?」

「うん。レティはいるんでしょ?」


 リリィがそう言うと、レティシアは大きくため息をついた。


「顔も知らないのよ。お父様が勝手に決めた結婚なんだもの。学院を卒業したら嫁ぐことになると思うのだけど。だから、自由に恋愛できるってすごく羨ましいわ」

「恋愛してるわけじゃないって言ってるのに」


 レティシアは聞く耳など持たない。


「あなたのお父様って、様々なことに関してとても寛容よね」

「そうなのかな」

「だから、恋愛も思い切りした方がいいと思うわ」


 レティシアはリリィにすり寄った。


「聞かせて頂戴。あなたの心の中にいる人のこと」


 何か言わないと納得しないだろうと思い、リリィは少し息をついてから言った。


「家出した時にね」

「ええ」


 レティシアの愛らしい茶色の瞳がきらきらと輝いている。


「ある男の人に会ったのよ。それで、しばらく一緒にいたんだけど」

「一緒に!?」

「その人のことが忘れられないのは、正直なところ」

「素敵……絶対会いに行くべきよ!」


 リリィは首を振った。


「それは無理。今はどこにいるのかもわからないし……」

「会う約束はしなかったの?」


 リリィはちょっと黙った。


 会う約束などしていないと言ったら嘘だ。彼は必ずまた会いに来ると言ってくれた。

 だが、それは約束と言うにはあまりに拙かった。


 事実、何の連絡もないまま五か月近く経過している。


「その時は絶対に離れるのなんて嫌って思ってたんだけど、最近は割と傍にいなくても、無事に過ごしてくれてさえいればいいと思って来たの」

「あなたはそれでいいの?」


 リリィは寂しげに笑った。


 嘘だった。本当は会いたくて仕方がない。

 でも今はどこで何をしているのかもわからない。もしかしたら遥か遠くの場所へ行ってしまっているのかもしれない。

 恋人でも何でもなく、ただ数日間共に過ごしただけなのに、なぜここまで彼のことを忘れられないのか――いや、だからこそかもしれない。

 過ごした時間は短くても、男性と二人きりで過ごしたのは生まれて初めてだったし、様々なことがあったのだ。


「ねえ、だったら新しい出会いを求めたら?」

「特に出会いは欲しくないんだけど……」

「そんなこと言ってないで、一緒に行きましょうよ」

「どこに?」

「パーティに招待されているのよ。今週末なんだけど」

「今週末は空いてるけど」


 リリィはちょっと考えた。


「パーティか……」

「パーティって言っても、正式な夜会じゃないの。もっとカジュアルなお食事会のようなものよ。しかも、主催のダーモット伯爵家のご長男セス様もいらっしゃるのよ!」

「ああ、ダーモット家のパーティなら、うちにも招待状が届いてたような……」

「だったら尚更行かなくちゃ!」


 すっかり夢見る少女の瞳で、レティシアは手を組んではしゃいでいる。対してリリィは冷めた様子だ。


「それに誰? セス様って」

「社交界で有名な方よ! 私も直接会ったことはないんだけど、すごくハンサムなんだって」

「ふーん」


 興味なさげにリリィは言う。どんな美男子でも、あの人に敵うわけはないと思っていた。

 しかし、レティシアの夢を壊すようなことを言うのは気が進まないので、


「うーん、でもまあ、それならいいかなあ……」

「じゃあ、決まりね!」


 こうして、リリィはパーティに連れられることになったのだ。

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