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アナテマ  作者: はるた
第二章
32/124

1 記憶




「ねえ、ルシナ」


 彼女が呼び掛ける。

 すぐ隣にある、満ち足りた彼女の横顔。胸に暖かく心地良い感情が湧いてくる。

 ああ、これが愛しさだ。ずっと、求めていたもの――。


「ずっと、これからも……一緒にいてくれる?」


 優しく彼女の手を握る。すると彼女は照れたように、嬉しそうに笑った。


「あたし……幸せだよ。好きな人と、こんな近くにいれて」


 柔らかく暖かい笑顔。それだけで、こんなにも優しい気持ちになれる。

 そっと、彼女の柔らかい茶色の髪を撫でた。


「愛してるわ、ルシナ――」


 彼女がそう口にした瞬間――紅いものが視界に飛び散った。

 彼女の笑顔が消える。

 視線を落とした。血に染まった、自分の両手――。


 冷たい寒さが体中を支配した。

 彼女の紅い眼から、涙が零れ落ちた。白い頬を伝っていく。死を迎えた虚無の白を――。


 何か言おうと、彼女の唇が開きかける。しかし、言葉が紡がれるより前に、彼女の体は命を失った冷たい骸に変わっていた。


   * * *


「リー……シャ」


 体中が嫌な汗に濡れている。荒い呼吸に混じるように、ルシナはその名を口にした。

 現実は静かな夜明けを迎える直前だった。


「……夢……だったのか」


 恐る恐る、両手を見た。

 何も付いていない。しかし、生温かい液体の感触はしっかりと残っている。


「リーシャ……」


 もう一度口にして、その名前を咀嚼する。

 無意識に口から飛び出した言葉。覚えはない。だが、知っている。体がその名と記憶を、しっかりと覚えている。


「どうしたの?」


 隣に寝ている女が眠そうな眼をこすって起き上がろうとした。

 上半身を起こしてベッドの上に座っているルシナの素肌に、ねっとりと手をはわせる。


「いや、何でもない」


 呼吸を落ち着け、ルシナはその手を何気なく体から離した。

 額の汗を拭う。その手が震えていることに気付いた。


「リーシャ……誰なんだ?」


 彼女の笑顔、そして自分と同じ色をした瞳が、頭の中に焼き付いて離れなかった。

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