1 記憶
「ねえ、ルシナ」
彼女が呼び掛ける。
すぐ隣にある、満ち足りた彼女の横顔。胸に暖かく心地良い感情が湧いてくる。
ああ、これが愛しさだ。ずっと、求めていたもの――。
「ずっと、これからも……一緒にいてくれる?」
優しく彼女の手を握る。すると彼女は照れたように、嬉しそうに笑った。
「あたし……幸せだよ。好きな人と、こんな近くにいれて」
柔らかく暖かい笑顔。それだけで、こんなにも優しい気持ちになれる。
そっと、彼女の柔らかい茶色の髪を撫でた。
「愛してるわ、ルシナ――」
彼女がそう口にした瞬間――紅いものが視界に飛び散った。
彼女の笑顔が消える。
視線を落とした。血に染まった、自分の両手――。
冷たい寒さが体中を支配した。
彼女の紅い眼から、涙が零れ落ちた。白い頬を伝っていく。死を迎えた虚無の白を――。
何か言おうと、彼女の唇が開きかける。しかし、言葉が紡がれるより前に、彼女の体は命を失った冷たい骸に変わっていた。
* * *
「リー……シャ」
体中が嫌な汗に濡れている。荒い呼吸に混じるように、ルシナはその名を口にした。
現実は静かな夜明けを迎える直前だった。
「……夢……だったのか」
恐る恐る、両手を見た。
何も付いていない。しかし、生温かい液体の感触はしっかりと残っている。
「リーシャ……」
もう一度口にして、その名前を咀嚼する。
無意識に口から飛び出した言葉。覚えはない。だが、知っている。体がその名と記憶を、しっかりと覚えている。
「どうしたの?」
隣に寝ている女が眠そうな眼をこすって起き上がろうとした。
上半身を起こしてベッドの上に座っているルシナの素肌に、ねっとりと手をはわせる。
「いや、何でもない」
呼吸を落ち着け、ルシナはその手を何気なく体から離した。
額の汗を拭う。その手が震えていることに気付いた。
「リーシャ……誰なんだ?」
彼女の笑顔、そして自分と同じ色をした瞳が、頭の中に焼き付いて離れなかった。




