29 別れの時(3)
「ルシナ……」
走ればすぐに追いつく距離だ。なのになぜ、これほどまでに遠く感じられるのだろう。
「もう、いなくなるの?」
ルシナは笑った。今までで一番寂しい微笑だった。
「うん。今までありがとう」
リリィは駆け寄って、ルシナに抱きついた。
「本当に、どうしても行くの……?」
「リリィ……」
「寂しいよ……」
本当は行ってほしくない。行かないでと泣き叫びたい。
でも、そうしたところでルシナが受け入れるはずがないのはわかっていた。
ルシナを拘束する権利などないのだ。
ルシナはそっとリリィの肩に手を掛けた。
「俺も辛いよ」
「…………」
「でも、君は君の生活がある。俺も行かなくちゃならない。君と、俺自身のために」
その通りなのはわかっている。
だが、ルシナと一緒にいたいという気持ちは理屈ではない。
「リリィ、顔を上げて」
リリィは言われた通り、ルシナの胸に埋めていた顔を上げた。
ルシナはリリィの柔らかい前髪をかき分けると、その白い額に口付けた。
悲しくなるほど優しいその感触に、涙が溢れ出すのを抑えられなくなる。
涙が頬を伝って落ちていく。
ルシナは笑ってその涙を拭った。
「そんなに泣くことないだろ。永遠の別れじゃないんだし」
「でもっ!」
このまま離してしまったら、二度と会えなくなってしまう気がする。リリィは腕の力を緩めることができなかった。
ルシナは優しい手つきでリリィの髪を撫でる。
「また、会いに来るよ。約束する」
「絶対に……?」
「うん。だから、笑っていて。俺のことで泣いたりなんかしないでくれ」
「しょうがないじゃない、悲しいんだから」
むすっとしてリリィが言うと、ルシナは微笑んだ。
「絶対に、また君に会いに来るから。その時まで待ってて」
「……約束してね。ずっと待ってるから……」
リリィも微笑んだ。
ルシナは彼女を眩しそうに見つめると、腕を下ろした。
「元気で」
「あなたも」
ルシナは背を向けて歩き出す。
彼の背中が見えなくなるまで──みえなくなっても、リリィはその場を動かなかった。
もう、涙は流れなかった。




