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アナテマ  作者: はるた
第一章
13/124

12 レムとリュカ



 ルシナと別れてから二時間近く経つ。

 特に集合時間は決めていないが、リリィは一度彼の様子を見に行くことにした。


 館内にいる人の数は多いが、ルシナならすぐに見付けることができる。

 目立つ容姿をしているのはもちろんだが、人混みの中にいても、彼は一人だけ異質な空気をまとっているのだ。


 案の定、ルシナはすぐに見付かった。


 政治関連のコーナーで、椅子に座って本を読んでいる。


「ルシナ!」


 声を掛けると、ルシナは顔を上げた。


「どうかした?」

「ううん、何してるかなって思って。いい本見付かった?」

「ああ。結構楽しいよ。かなりの情報を吸収できた」


 ルシナは本を閉じた。表紙を見ると、それはアステニアの歴史に関する本だった。


「もう帰るのか?」

「読みたい本があったらまだいるつもりだけど……」

「ところでさ、ここを出た後はどこに行く?」

「歩きでフェルマまで向かうつもり。多分ゆっくり行っても三日くらいで着くと思うわ。馬車を使おうかとも思ったんだけど、この間のこともあるし」

「そう……」


 ルシナは立ち上がり、読んでいた本を棚に戻す。


「急にどうしたの?」

「いや、この街はなるべく早く出た方がいいと思ってさ」

「?」

 

 それはそうだが、なぜ急にそんなことを言い出すのかと首を傾げるリリィに、ルシナは微笑みかけた。


「宿に戻ろうか」


   * * *


 図書館を出ると、正面の通りは来た時以上の人混みで溢れ、その間を慌しく憲兵たちが行き交っていた。


「何かあったのかしら?」


 リリィたちの近くに立っていた二人の中年女性が話す声が耳に入ってきた。


「この近くで死体が見付かったらしいよ」

「それでこんなに憲兵がいるのねえ」

「何でも、心臓が無い死体だったんだって。抜き取られて殺されたみたいなのよ」

「心臓が無い!? やだねえ、変質者かしら……」

「本当、物騒になってきたもんだわ」


 その話を聞いて、リリィは身の毛がよだつ思いがした。

 こんな近くでそんな惨劇が起こっていたなんて――。

 嫌でも、自分を狙ってやって来るであろう刺客と繋げてしまう。今度は自分がそのようになるのではないかと――。


 ルシナはリリィの一歩先を歩いている。

 その表情は伺えないが、興味はなさそうだった。彼があらゆることにほとんど興味を示さないのはもう慣れたが。


   * * *


 宿の部屋に戻るや否や、ルシナはベッドに倒れ込んだ。


「どうしたの? 本読んで疲れた?」

「うん。少し……」

「あたし、ちょっと早いけどお風呂行ってくるね」

「わかった」


 リリィが部屋を出た後、静かな部屋の中で、ルシナは天井を見上げた。


 言おうか迷っていた。心臓の無い死体の犯人が自分だと。

 素手で心臓を抜き取って、それを食べた。


 あの時、自分でも何がどうなっているのかわからなかった。馬車でジスパを殺した時と同じだった。

 感覚が置いてけぼりになり、体だけが勝手に動いている。

 気付いたらジャンの心臓を抜き取っていて、気付いたらそれを口に含んでいた。


 自分でもおぞましく思った。

 だが、あの時の柔らかく甘美な味が忘れられない。


(リリィは怒るかな。いや、怖がるだろうな……)


 人間の血肉を啜り、弾丸を頭に受けても死なない自分――化け物以外の何物でもない。


 ジャンが銃を撃った時、よけようと思えばよけられた。撃たれる前に銃を叩き落とすこともできた。

 だが、それをしなかったのは、ある確信があったからだ。


 銃で撃たれても死ぬことはない。


 記憶を失ってから銃で撃たれたことなどないが、なぜかそう思ったのだ。


 ルシナは弾丸が貫通した眉間に指を当ててみた。

 傷跡など全くないし、押しても痛くも何ともない。


 それに、ジャンを殺した後に垣間見た光景。

 あれは失った記憶の断片なのか。


「俺は一体……誰なんだ?」


   * * *


 同刻――多くの客で賑わっているイグリスのある酒場で、二人の客が向かい合いながら呑んでいた。


「おい、リュカ。さっきよお、憲兵共が騒いでたろ? 心臓が無い死体が見つかったらしいぜ」


 一人がぐびぐびと酒を飲みながら言った。


 歳は十代後半程度だろうか。大きな真ん丸の眼が特徴的な少年だ。


 癖のある灰色の髪の中に生えているのは、犬のようにぴんと立った二つの耳。


 明らかに一目で亜人とわかる風貌だが、店内にいる人間の客が彼を気にしている様子はない。


「それがどうかしたか」


 リュカと呼ばれたもう一人が落ち着いた低い声で言う。


 こちらは二十歳そこそこの青年に見えた。彼もまた連れの少年と同じ、異様な風貌である。

 背中の中心の辺りまで伸びた長髪は、青みがかかった鮮やかな緑色だ。冷静な印象を与えている切れ長の瞳は、光り輝く金色だ。


「聞いてみりゃその死体、オレたちと同じロザリアのお嬢様を狙ってた奴らしいぜ。喉潰して声が出ねえようにしてから心臓を取り出すなんざ、普通じゃねえぜ」

「人間の趣味には時に計り知れない場合がある」

「都合よく、お嬢様を追ってきた殺し屋が偶然会った変質者に殺されたってのか? そんな偶然あるもんかよ」

「ではどうだと言うのだ。ロザリアの令嬢が、殺したとでも言うのか」


 灰色の髪の少年は耳をぴくつかせて首を振った。


「頭が固えよなあ、てめえはよ。用心棒だよ。護衛を雇ったに決まってる。そいつは銃を持った相手を難なく殺して、なおかつ変態趣味の危ない奴だってことだ」

「現実味がないな。そのような男を雇うか」

「よく知らねえけどよ、お嬢様ってのは世間知らずなもんだろ。口先に騙されたんじゃねえの」


 青い髪の男――リュカが呆れたようにため息をつく。


「レム。考えてものを言うことだ。お前は考えたことをすぐ口に出すきらいがある」

「何だとっ」


 レムと呼ばれた亜人の少年は鋭い爪を持つ手で机を叩いた。

 置いてあるつまみや酒瓶が跳ねる。


「落ち着け。遥々イグリスまでやって来てお前の大声は聞きたくない」

「てめえが喧嘩腰だからだろ!」


 レムは酒瓶を乱暴に掴んで一気にあおった。


「その辺にしておけ。明日からまた令嬢の行方を探さねばならんのだからな。酒のお陰でお前の鼻が利かなくなったら困る」

「うるせえなあ。こんくらい飲んだって全然問題ないっての」


 リュカは酒を飲み続ける相棒に、やれやれと首を振った。

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