エピローグ 再生
聖地の空は、常に青い。
下界のそれとは違う太陽が常に天空の中心に浮かび、白い雲がふわふわと漂っている。
外であっても、下界とは違う。完璧に管理された世界。
「本物の空も、こんなんなのかなあ」
草の上に仰向けで寝転び、ぼそりと呟いた。
下界の空は時間によって色を変えるという。青、赤みを帯びた橙、薄い黒――。
夜空というのは見たことがある。というのも、普段過ごしている部屋の天井がそれを模しているからだ。青みがかった黒、それを埋め尽くす星という光の粒。見慣れたものであるが、美しかった。
許可を得れば宮殿の外に出ることができるので、頻繁にこうして青空を見に来ている。
夜空も好きだが、青空を見ていると不思議と懐かしさのようなものを覚えるのだ。心が安らぐような、そんな気分だった。
「ここにいたのですか、セルム」
柔らかい声がかかる。
すぐ傍に来てセルムを見下ろす女性の顔は、優しい笑みを湛えている。
「君は本当に空が好きですね」
「うん」
シャナンは腰を下ろし、セルムと同じように空を見上げた。
「懐かしいんだ」
セルムの深紅の眼がゆっくりと瞬く。
「……見たいなあ」
そう呟く彼の、白に近い銀色の髪をシャナンは優しく撫でた。
「下界の空……いつか見たい。シャナン、行ってもいい?」
「今はまだだめ。君がもっと大きくなったら、ヴェルディカに訊いてみましょう」
少年は嬉しそうに頷いた。
立ち上がり、背伸びをする。
「会いたい、なあ」
誰に、とはシャナンは訊かない。シャナンにはわかっていた。
セルムが生まれる原因ともなったアル・カミアでの一件。その時聖地を訪れた、彼ら。あれから過ぎた時間はまだわずかだ。
自分の命の元となった二人の記憶を、セルムがどれだけ受け継いでいるのかはわからない。『前世』での詳細な体験を話したことはないが、時折その時のことを覚えていなければ知り得ないようなことを、セルムは口にする。
そして、重なる。眼が、表情が、仕草が――。
恐らく彼らがセルムを見ても、そう思うだろう。あの魔人の少年と重ねて。
「……会えますよ。約束しましたから」
シャナンも、見て欲しかった。
今のセルムの姿を。力強く生きているこの命を。
セルムは頷き、青い空を見ている。
どこまでも続くような澄んだ青が、鮮やかな瞳に映っていた。
これにて、アナテマは完結となります。
ここまで読んでくださった方々、本当にありがとうございました!
活動報告に後書き(という名のただの反省文)を載せているので、よろしければご覧ください。