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アナテマ  作者: はるた
第四章
122/124

49 終焉

「――生まれたのが全く新しい命だとしても、君は愛することができる?」


 ヴェルディカの言葉の意味を、シャナンはすぐに理解することはできなかった。

 涙を拭うことも忘れたまま顔を上げると、真っ直ぐにこちらを見つめる虹色の瞳がすぐそこにある。


「二つの命の蘇生。それは許されたことではなく、不可能でもある。だが、彼らの魂と体、記憶を受け継いだ第三の命――それをかたちにすることはできるかもしれない」

「それは――一体……」


 尋ねたのはイレイデルだ。


「新たな命を創造するというのですか。しかしそれはいくら聖霊王といえど、不可能なはず……」

「無から有を生み出すわけではない。元々あるネオスという魂、そしてセスという器。二つを一つにする――と言うのが最もわかりやすいだろう」

「そ、それって――」


 驚愕に震えるレムの声だった。


「体はセスだけど中身はネオスってことかよ!?」

「実際はそう単純ではない。ネオスの魂は消えてはいないが、人格や体を形成することができないまでに弱っている。またセスの体も激しく傷付いているし、記憶や魂の名残もある。魂や体の欠損した部分は私の力で補修するが、二つの記憶や魂が入り混じってどうなるか――それは私にもわからない」

「全く新しい命になる……というわけか」


 リュカも驚いているが、表情は厳しい。

 ヴェルディカの言うことが本当に可能だとすれば、それはまさに神の領域だ。しかも、セスとネオスの記憶を受け継ぐ新たな命が誕生してどうなるか見当も付かない。


「シャナン。それでも、君は望むか。生まれる命は、聖霊でも魔人でもない。かつてのルシナのように」

「…………」

「もしかすると、それによって未来に新たな歪みが生まれてしまうかもしれない。その時は――」

「……私がネオスを愛し、正しい道に導こうとしていれば……ルシナと争うことも、歪みを広げることもなかった。そして……セスを巻き込むことも」


 ヴェルディカを遮ったシャナンの声は、強い決意に満ちていた。


「……たとえどのようなかたちであったとしても、私の想いは変わりません」


 ヴェルディカは頷くと、ルシナを見る。


「ルシナ。君はセスとネオスを助けたいと言ったね。君の望んでいたかたちとは違う。成功するかどうかもわからない。けれどこれは、私の力でできる限界のことだ」

「――頼む」


 強く、ルシナは言った。


 セスとネオスを受け継ぐ、第三の命。それは確かに、セスではない。ネオスとも違う。

 けれど、方法はそれしかない。うまくいくかどうかもわからない、それしか。


 誰もが息を呑んで見守る中、ヴェルディカはセスの顔の両脇に手を付き、色を失った唇に口付ける。

 そこから波紋のように光が広がり――やがてセスの体は光に包まれ消えてしまった。


「終わった……のですか?」


 ヴェルディカは深く呼吸をし、胸に手を当てる。


「ひとまず、融合させることはできた。だが馴染むまで時間がかかる。それまでに何か問題が起きるかもしれない」

「まだ、すぐには会うことはできないのですね……」

「自立して存在できるまで、長い時間がかかるかもしれない」

「待ちます。いくらでも」


 強く頷く同胞に、ヴェルディカは微笑みかける。


「――これで、私の使命は終わった。君たちの目的も果たされたはずだ」


 ヴェルディカに手を差し伸べられ、ルシナは立ちあがった。改めて触れる聖霊王の手は、不思議な温かさを感じさせる。


「ありがとう、ヴェルディカ。俺の願いを、叶えてくれて……」


 ヴェルディカは首を振った。


「ルシナ、すまなかった。我々は君を受け入れることができずに、排斥しようとし――結果、大きな歪みを生んだだけでなく、君を苦しめてしまった。そのことは許されることではないが、一族を代表して謝罪させて欲しい」

「許されないことをしたのは俺の方だ。でも今は……」


 そう言ってルシナは仲間たちに視線を向けた後、笑って見せる。


「生きて……ここまで来ることができて、良かったと思ってる」


 そしてゆっくりとヴェルディカへ手を差し伸べた。体には触れず、彼から発せられる光の温かさを感じるように、彼の胸の前で手を漂わせる。


「いるんだな……ここに」


 眩しそうに眼を細め、ヴェルディカと視線を合わせた。


「もし無事に、新しい命として生まれることができたなら……いつか」

「あたしも」


 笑って、リリィはルシナの手を握る。


「会いに、来たい」


 聖霊以外の者を聖地へ招き入れることは、掟に反することではある。しかしヴェルディカは微笑を浮かべ――かすかに頷いたように見えた。


「――レイハ」


 聖霊王は少年の姿をしたかつての同胞へ声を掛ける。


「君にも辛い思いをさせた。君さえその気であるなら、再び聖地に招こう」


 一瞬レイハは驚いたような顔をしたが、すぐに笑って首を振った。


「……ありがたいお言葉です、ヴェルディカ。しかし私はあのままセルドナで暮らします。アル・カミアの聖霊としてではなく、ただ一つの命として……ルシナやリリィたちを見守っていたい」

「そうか。ならば無理に呼び戻しはしない」


 ヴェルディカも満足そうに頷く。


「……では、送り届けよう――君たちの帰るべき場所へ」


 ヴェルディカの後ろにイレイデルとシャナンが控え、ルシナたちはその正面に立つ。


「リリィ。勇敢なる少女よ」


 聖霊王の声は荘厳な響きを持ち、しかし優しく少女へ語りかける。


「君の剣に宿り、君の想いに触れ、たったひと時でも君の眼から世界を視ることができた。君の世界は眩しく輝いていた。その光を私は忘れることはないだろう。だから君も、忘れないで欲しい。これほどまでに瑞々しく逞しい命と逢うことができ――本当に良かった」


 リリィは眩しそうにヴェルディカを見つめ、はにかんだ。


「ヴェルディカ、ありがとう。ずっと見守ってくれて……あなたがいなかったら、途中で諦めてたかもしれない」

「ここまで辿り着いたのは君自身の力だ」


 そして少女の額に口付ける。


「……君へ加護と幸いを、リリィ」


 唇を離したヴェルディカは、ルシナと視線を合わせた。

 言葉は交わさない。互いに頷きあっただけ。それが全てだった。


「さようなら、友よ――」


 白い光。別れを惜しむように差し出された手が、温かい光に包まれる。


 どこまでも深く、優しく、体を包み込む抱擁の光。

 輪郭を失いつつあるヴェルディカの微笑が、段々と遠くなっていく。


 終わったのだ。全て――。


 そして、ここから始まる。新たな未来が開けている。

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