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アナテマ  作者: はるた
第四章
116/124

43 誓いと決意

「どきたまえ、イレイデル。侵入者を排除するのが我々の使命だ」


 悠然と笑みを浮かべるシーヴィスは、曲者たちを守るかのように立ちふさがる黒狼を見下ろす。

 しかしイレイデルが鋭い獣の眼をシーヴィスから外すことはない。


「断る」

「ならば兄も裏切者として排除させてもらおう。――こやつ等を玉座の間へ転送させたのは、兄か?」

「私ではない。だが私と同じく、背信者を快く思わないのが長老の中にもいるということだ」

「背信者?」


 嘲るように、シーヴィスは唇の端を吊り上げる。


「まさかその背信者とは、私のことではあるまいな」

「白々しい台詞を。貴様は背信者の筆頭だ。エーゼの掟を堂々と破るような者が同族だとは、嘆かわしい」

「私は我が聖地と一族を守ろうとしているだけだ」

「ネオスという破壊の化身を使って、か」

「破壊の化身? ネオスは我らの救世主だ。彼の力は凄まじい。あるいはヴェルディカさえ凌駕するやもしれぬ。いずれは聖地の守護さえ司るだろう」


 陶然とした響きさえ感じさせる、シーヴィスの声。

 耐え切れず、シャナンはイレイデルの前に出ていた。


「もう――お止め下さい!」


 悲痛な叫びだった。


「確かにネオスは……エーゼに最も愛されたと言っても良い力を持った聖霊です。でも、それは彼自身が望んだことではありません。彼はまだ我らからすれば遥かに幼い――生まれたばかりの幼子です。なのに誰も、彼自身を認めようとはしなかった。力ばかりを重視して、私でさえ彼と真正面から向き合うことはしなかった。強大な力を持ったが故に、ただそれだけで……」


 しかしシーヴィスは冷淡に遮る。


「そなたもレイハに毒されたようだな、シャナン。聖霊に人間と同じような感情はいらぬ。エーゼから賜ったこの力こそ、我らが下界の管理者たる証――存在を証明する全てだ」


 管理――。


 確かに聖霊は、ヒトとはいえないかもしれない。神の選民と呼ばれるのに、相応しい存在なのかもしれない。


「ふざけんな……」


 低く唸るようにそう言ったレムの拳は、震えていた。


「何が……管理だ。オレたちは管理なんかされる存在じゃない!」


 シーヴィスがそれまで一瞥もしなかった獣人の少女に、初めて視線を向けた。


「レム――」


 レムをいさめようとしたリュカだったが、それ以上続けることはできなかった。いや、続けなかったのだ。

 状況を更に悪化させるとわかってはいても、リュカもレムと同じことを思っていたからだ。


 強い意志の宿るレムの瞳は、何かを言いかけたような相棒の顔をじっと見た。

 言葉はない。けれど、言おうとしたことはわかる。

 リュカは頷いた。


「戯言を、不遜な侵入者どもが――」


 ざわり、と体中を怖気だたせるような風が走る。

 イレイデルは身構えたが――。


「!?」


 目の前に閃いた光に、思わず眼を閉じた。


     * * *


「――っ、こ、れは……」


 悠然と佇んでいたシーヴィス。

 その体を――背後から、光の筋が真っ直ぐに彼の腹部を貫いていた。


 その場にいた誰もが――イレイデルさえ――すぐに状況を理解することはできなかった。


 シーヴィスの輪郭がぼやける。それがぐらりと崩れたかと思うと、彼の背後に立っていた者の姿があらわになった。


「リリィ!!」


 レムの表情が歓喜に震える。


 突如として姿を現したリリィの両手には、剣が握られている。光を帯びた刀身がシーヴィスの体を貫いたのだった。


 リリィは緊張した顔付きのまま大きく息を吐き、剣を鞘に収めた。


 レイハはわずかな違和感を覚えた。リリィの剣、レイハがリリィに与えたもの――しかし何かが違う。

 白銀の美しい刃は更なる光を帯び、より一層輝いている。それだけでない――リリィの体を包んでいるように感じられる、何かの気配。それは剣から発せられているようだった。


「間に合った、みたいね」

「リリィ、無事だったのか! 良かった……!」


 レムは駆け寄ってリリィを抱きしめる。

 リリィも笑って親友の背に手を回した。


「心配させてごめんね、レム」


 リュカも安堵したが、驚きも隠せなかった。


「殺した――のか?」


 リリィは首を振る。


「ううん。ちょっと驚かせただけ。回復される前に――」

「リリィ、ルシナは? セスも……どこに、いるんだ」


 震える声で、レイハは尋ねた。

 リリィはすぐには答えない。


「ルシナは……ここには、いない。私を逃がして、残ったわ」

「……!!」

「セスは……」


 長い沈黙が続いた。

 誰もがその言葉の続きを待ち――そして、悟った。


「まさか……」


 レムの眼が揺れる。


「言ってくれよ……リリィ。セスは、どうなったんだ!?」

「……セスは……」


 リリィはそれ以上、語らなかった。震える唇を噛みしめてうつむく。

 その沈黙がレム、リュカ、レイハ――彼らの背後で見守る二人の聖霊にも、事実を悟らせた。


「……そんな、嘘だろ……?」


 最悪の結末を脳裏に描いたレムの声は、ひどく震えている。

 リュカとレイハは、何も言葉を発することができなかった。


「助けられなかった……」


 リリィの眼から涙が溢れる。しかし、少女はすぐにそれを拭った。


「あたしはルシナに頼まれたの。あなたたちを助けるように。ネオスと二人で、決着を付けるために……」


 ぎゅっと剣の柄を握り締める。


 そしてイレイデルとシャナン、二人の聖霊の方を見た。


「来て、頂けますか。あなたたちも」


 シャナンはすぐに頷いた。


「私の力では、もう“扉”を開くことはできませんが」

「この剣があれば、繋げることができるわ」


 イレイデルはリリィの腰にある剣を見て、眼を細めた。


「その剣……宿っているのはレイハの力だけではないな」

「はい。ある人が……助けてくれたんです」


 イレイデルはそれ以上追及しなかった。

 レイハが尋ねる。


「……イレイデル、どうして来てくれたんだ。玉座の間にいたのでは……」

「シーヴィスが動く気配がしたのでな。ヴェルディカが現れぬ今……私にできることはシーヴィスや奴の配下にいる聖霊を妨害することくらいだが……お前たちに死なれては困るのだ。聖地を血で濡らすことは私とて本意ではない。それに、同族に掟破りをさせるわけにもいかぬ」

「――ありがとう」


 そう言って頭を下げるかつての同胞を、黒狼は紺碧の瞳でじっと見ていた。


「行こう――」


 覚悟を決めたリリィの眼。焦りと恐怖から、震えそうになる決意を気力だけで支えながら、壁に剣を突き立てる。

 音もなく剣は吸い込まれ、“扉”が開かれた。

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