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アナテマ  作者: はるた
第四章
111/124

38 光が堕ちる時(1)

「リリィ、大丈夫か?」

「うん。平気」


 ルシナに手を引かれ、リリィは真っ暗な空間を走っていた。

 音の無い世界――互いの息遣いがよく聞こえる。リリィよりかなり荒いルシナの吐息が、残酷なほどはっきりと耳に届いてくる。

 強く手を握った。ルシナも応える。

 言葉で体調を気遣いはしなかった。気遣った所でヴェルディカに会えなければ結果は同じ。ルシナは確実に死ぬのだから。


「すぐには着かないのね」

「もしかしたら他の聖霊に干渉されてるのかもしれない。ネオスの罠かも……」


 シャナンが開いた“扉”の向こうは、すぐにネオスの空間へ繋がっているわけではなかった。上下左右も確かでない、どこまでも真っ暗な空間が広がっていたのだ。

 一人だったらどこへ進めばいいのか、自分がどこに立っているのかさえわからなかっただろう。けれど自分の右手を握るルシナの左手が、しっかりと方向を指し示してくれる。恐怖や不安は感じなかった。


「良かったのか、レイハたちと待ってなくて」

「……私も、セスとちゃんと話したいから」


 セスがいつからネオスへ心を傾けていたのかはわからない。もしかしたら最初から裏切るつもりでついてきたのか――そう疑ったこともあった。

 しかし真摯な瞳でリリィへ想いを伝えたセスは、嘘をついているとは思えなかったのだ。

 聞きたい。あの時の言葉は嘘だったのか、それとも……


 その時だった。

 ルシナがふと立ち止まる。


「どうしたの?」

「いや……」


 手を握るルシナの体温が、先程よりも冷たくなった気がした。


「……?」


 ルシナはリリィと向かい合い頬に触れる。

 指先でなぞるような感触に、無意識に寒気を感じた。


「っ!」

「怖いの?」


 暗闇の中、深紅の双眸がやけに光って見える。時折それは紫にゆらめいて……


「!! そんなっ……いつから」

「全く学習しないね、君は。そろそろこの手法にも飽きが来ないか?」


 ルシナの顔のまま、唇が不敵な笑みを形作る。その瞳ははっきりとした闇色に変化していた。


「ネオス――!!」

「この姿で会うのは二度目だな。恋人の見分けもつかないのか」

「ルシナはどこなの!?」

「心配しなくても、この空間に入ったルシナは本物だ。途中でちょっと意識をいじって私がすり替わったがな」


 強い力でリリィの手首を握る。

 何度同じことを繰り返すのだろう――情けなくて、悔しくて涙が出てきそうだった。

 どうやってもネオスのこの力に対抗することはできない。危険を覚悟で飛び込んだが、まんまと罠にはまった。

 自分に対する怒りが、ふつふつと沸き立つ。


「…………」

「抵抗しないのか? あの時はあんなに泣きわめいていたのに」

「丁度いいわ」


 低く、リリィは言った。


「あたしを人質にでもなんでもすればいい。とにかくセスの所へ連れて行って」

「……ほう。今私はお前を殺すこともできるぞ。それに、ルシナの心配はいいのか?」

「ルシナを苦しめたいなら、目の前であたしを殺すのが一番良い方法でしょ。あなたの性格上、こんなつまらない終わらせ方はしないはずだわ」

「はっ、つまらないと来たか! なるほど、よくわかっているじゃないか」


 片手でリリィの顎を掴み、上を向かせる。


「余興は終わった。これから始まるのは、喜劇か、悲劇か……じっくり見るがいい」


 急に視界が開けた。


 暗黒の空間が一瞬にして消えて、頭上には美しい星空、足元には柔らかい草地が広がる。


「ここは……」


 外ではなかった。夜空は半球の形をしていて、円形の部屋の壁と天井の役割を果たしているのだ。涼やかな空気が漂っているが、やはり屋外の風とは少し違う。

 ここが部屋の中であるということはにわかには信じ難いが、ここも聖霊の力で造られた空間なのだろう。


「!!」


 部屋の中にはルシナがいた。青白い顔を汗で濡らし、辺りを見回している。


(ルシナ! あたしはここに――)


 叫ぼうとしたが、声が出ない。


「無駄だ。動くこともできない」


 と、ネオスがリリィの背後から囁く。


「どういうこと!?」

「私の力で、お前の存在を認識できないように隠している。確かにお前は生身のままこの空間にいるが、奴ら(・・)からは見えないわけさ。声を出しても、届かない」

「奴ら――?」


 微笑を浮かべるネオスが部屋の中のある一点を指差す。

 その先には――。


「セス!!」


 セスは草の上に横たわっているようだ。ここからでは意識があるのかないのか判断できないが――。


「何をする気なの!?」

「黙って見ていろ」


 不敵に唇を吊り上げ、ネオスは消えてしまった。


「何――? 一体……」


 ネオスの言われた通り、体は全く動かない。

 ただ心臓が不吉な鼓動を刻んでいる。


     * * *


 唐突に暗黒の空間を抜けたかと思うと、頭上に広がったのは星空。そして足が踏みしめているのも、柔らかな草だった。


「リリィ、抜けたぞ――」


 ルシナは荒い息をつきながら振り向く。


「――リリィ?」


 背後には誰もいなかった。

 そんな馬鹿な。

 今の今まで手を繋いでいたはずだ。左手には彼女の体温が残っている。それなのに星空の下へ出た途端、リリィの体は幻のように消えてしまったのだ。


「リリィ!」


 呼ぶが、答えはない。


(くそっ!! 気付かないなんて……ネオスの仕業か)


 日を経るごと、いや、わずかな時間を経るごとにあらゆる能力が落ちているのがわかる。確実に終わりが近づいているのが、嫌と言うほど実感できる。


 鼓動と動揺を抑えながら、辺りの風景を見渡す。

 見惚れるほど美しい空間だった。半球形の夜空に、さわさわと揺れる丈の短い草地。涼やかな風も吹いている。


「――!!」


 ルシナの視線が留まった。草の上に横たわる人影を認めたからだ。


「セス!!」


 確かにそれは、セスだった。走り寄ってそのすぐ傍にしゃがみこむ。


「セス、しっかりしろ」


 仰向けに横たわるセスは、固く瞼を閉じている。唇も顔色にも血の気が失せていた。

 癒しの力を使おうと、セスの額に手を当たる。――すると。


「! 気付いたか」


 わずかにセスは瞼を開けたのだ。何度か瞬きをして、その瞳がルシナに焦点を合わせる。


「ルシナ……」


 声は掠れている。


 顔色が悪いだけでなく、かなり痩せたようだった。長い間何も口にしていないのだろう。


「……あんたを待ってたんだ」


 セスはゆっくりと起き上がった。

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