30 再び、そして……(2)
鉛のような瞼を持ち上げると、酷くぼやけた景色が映った。
何度か瞬きをし、ようやく視界がはっきりとしてくる。
(天井……家の中か)
大きく息を吸うと、懐かしい匂いが鼻孔をくすぐった。
「……起きたか」
安堵したような声。これだけは、昔から変わらない。自分の声より高く少年らしいものになったのは、いつからだろう?
「体の調子はどうだ?」
ゆっくりと拳を握ってみた。四肢に重さが残るが、どうやら体に不自由はないらしい。不思議と体の奥底はすっきりとしてさえいた。
「……ここ最近では、間違いなく一番いい」
頭を内側から叩いていたような頭痛は消え失せ、意識もはっきりしている。
どうせなら記憶ごと消えてしまっていれば良かったのに。しかしその願いは叶わなかったようだ。
「ついさっきまで死にかかっていた」
「……よく覚えてない」
体を起こそうとしたが、おかしいほど力が入らなかった。
ルシナは諦めてしばらく体を横たえていることにした。
首だけ動かして、ベッドの傍らに座っている少年を見る。
初めて会った時は、明らかに自分より年上の容姿だった少年。見た目の変わらない彼を、いつの間にか追い抜いていた。
「……あの子……」
そう言った声はかすれていた。
「俺の他にもいたはずだ。あの子は……?」
「……無事だよ。今は外に出てる。後の二人も、眠っているだけだ」
それを聞くと、なぜか自然と息が零れた。ずっと胸につかえていた不安事が取れたように。
「……会わないつもりか」
レイハの言葉に、ルシナはしばらく黙っていた。
が、やがて小さく声を吐き出す。
「今更……どんな話をしろって言うんだ。俺は……あの子の傍にいない方が良い」
レイハは何も言わなかった。
手元の閉じられた本の表紙に視線を漂わせている。その唇は、かすかに震えているようだった。
「……いいのか。それで、本当に」
今度はルシナが黙る。
レイハの声は小さく、掠れていた。
レイハは苦渋に満ちた眼を上げて、無表情のまま横たわるルシナを見た。
その視線は真っ直ぐにルシナを見ることは、できていなかった。真実から眼を逸らそうとしているかのように。現実を嘘だと認めたい――そう思っているようでもある。
「もしお前が望むなら――リリィを連れて、二人でどこか遠くへ隠れて暮らすこともできる。あの子はお前と生きる道を選ぶだろう。セルドナでなくとも、暮らせる場所はいくらでもある。私が協力して、お前たちの身を聖霊族から隠す。そして彼らに簡単に見つからないような場所で――」
「ネオスから逃れられる場所なんて、この世のどこにもない」
「……エーゼスガルダから遠く離れれば、ネオスもそう自由に行動はできない。不干渉の掟を守らざるを得ないだろう。万が一ネオスがお前を捜しに来たとしても、私が必ず阻止する。今度こそ――守ってみせる」
ルシナの視線はぼんやりと宙を彷徨っている。
「私は……お前の願いを叶えたい。幸せに過ごして欲しいんだ。残された時間を――」
少年の唇が何か言葉を紡ごうとして止まる。
しばしの沈黙の後、レイハは一つ呼吸をしてから、
「さっき、お前の体に触れた時……わかった」
「…………」
「……わかっているんだろう」
ルシナは何も言わない。ただその表情、眼の光は現実を受け入れた者のそれだった。
「お前はもう――」